第57話 潮海雨音の独白 1
—— 副会長の進藤先輩だ。
—— あー、あの人マジで優しかったな。こないだ学食で食券無くして落ち込んでたら、一番高い定食奢ってくれた。
—— 俺もこないだすげー世話になった。部活で厳しい先輩と揉めた時、全然関係ないのに間に入ってくれたんだよな。
クラスの男子達のそんな声を盗み聞きし、突然目の前に現れた随分と整った顔立ちの先輩について、思い出す。
僕が今回の大会でデータをとった人間の中に、その名前はきちんとあった。というか、調べる前から知っていた。有名だから。
進藤鉄馬。特進クラス3年。生徒会副会長。
スポーツ推薦入学してきたアホどもの集まる特進クラスにいながら、学力もトップクラスという稀有な存在だ。品行方正で教師、生徒に関わらず受けが良い。ついでに某人気モデルの弟という噂がある。
まぁ、有り体に言うと、陰キャぼっちな僕の嫌いなタイプというわけなのだが、成瀬と潮海の重たい表情は何か別の側面を物語っているようだった。
そんな風に考えたところで僕は思考を止めた。
昼飯を食べ終わったからだ。おねむの時間である。
昼休憩が終わるまでは眠りたい。食後という状態がさらに眠気を加速させていた。
◆◇◆◇
「やぁ、燐コーハイ。ご無沙汰」
人付きの良さとノリの良さを伺わせる笑顔。
私はこの人の笑顔が昔から嫌いだ。
中学一年生の冬。ほんの少しの期間、深くかかわることになってしまったこの男。
「もう一度聞くっすよ。なんの用っすか?」
燐の珍しく苛立ったような厳しい声。
その一面を知っている私でも少し身が強張るほどのそれに、
「おぉ、ピリピリしてどうした?話聞こうか?」
進藤鉄馬という男は普段の燐のように戯けて見せる。
「……」
「はは、その様子を見るに、その後、多少は苦労してくれたのかな」
黙って視線をさらに鋭くする燐を見ても、この人は自分のペースで会話を進める。
「おかげさまで」
「なら、君の質問に答えよう。もう、君自身に用はないんだな」
「……は?」
かと思いきや、突然感情を乗せない声で会話を切り、訝しむ燐を置いて進藤先輩は、私の方を向いた。
「雨音」
「……馴れ馴れしく名前で呼ばないでください」
これほど名前を呼ばれるだけで不快感を伴う相手は私にはいない。
その昔、進藤鉄馬は、私、潮海雨音に告白してきた。
相手に関わらず、恋愛感情というものを抱いたことのなかった私は、当然それを断った。
けれど当時の私は未熟だった。
容姿も能力も優れ、幼馴染として最も長い付き合いである成瀬燐を断り文句として、自分の都合で引き合いに出してしまったのだ。
進藤先輩の校内での評判の良さは折り紙付きだったし、今思えば、理由もなしに告白を断ることを無意識に恐れたのだと思う。
進藤先輩はその時、少し照れたように人好きのする笑みを浮かべ、穏便に引き下がったように見えた。
けれど、違った。
私のせいで、燐は彼の標的にされてしまったのだ。
燐は進藤先輩に当時の彼女を奪われた上、当時の二年生、三年生を中心に悪評を広められていた。
私は燐に謝りながらも、燐の汚名の返上のため、自身の学校内での影響力を強くする努力することにした。それがきっかけというわけでもないけれど、モデルという仕事を始める決心をしたのもその頃だった。
モデルになった私が、その時から人気のあった進藤悟にすぐ目をつけられたのは、その弟である彼と関わったのが原因だと思う。
結局、進藤先輩が校内にいる間に、私の努力が実を結ぶことは決してなかった。
幸い、当時も三年生だった進藤先輩はすぐに卒業して行き、私達の学年、ひいては修斗やひおりんを含む私達自身が学校の中心になっていったことでいつしか、居心地の悪さは消えていった。
「あーごめんごめん。で、雨音。知ってるかもしれないけど、オレも今回バレーに参加しててね、次の試合、燐のチームと当たるんだ」
俗物的な言動の多い彼の兄と違い、この人が決して自分のペースを崩さないことを私は知っている。だから燐と同じように、一度諦めて先を促す。
「……それが?」
「オレと燐さ、試合で勝った方が君に告白することになってるんだ」
クラスがざわついた。
また、そういう話。自分の容姿が人目をひくことは理解しているけれど、高校生になってからは特にひどい。
加えて私は中学時代にこの人の告白を断っている。
当時のことと、現状が関連しているであろうことは明白だった。
「そんな話に覚えはないっすけど……」
燐の睨みつけるような表情は、進藤先輩の言葉の意味を探っている。燐も何も知らないようね。
「あー悪いね。これ秘密だったのに、場所をもう少し考えればよかった」
「そんなことをして……私が受け入れると思ってるんですか?」
「そうだね。どんな状況を演出をしたところで、決めるのは雨音だから、オレに決定権はない」
「なら……」
「君たちも、この高校にはとっくになれた頃だ。この大会での活躍もあって、オレの周りの人間も、君たちの名前を知らないような奴は滅多にいない」
「……」
「雨音。君さ、この高校にきてから、何人に告白された?何人断った?その後、どうだい?」
進藤先輩の言わんとしていることを悟り、背筋に嫌な汗が流れた。
高校生にもなれば、成熟のスピードに関わらず、どんな子も異性というものを意識しているものだ。
当然、中学の頃よりも色恋にまつわる話題や出来事は増え、それは私自身も例外ではない。
そしてふと、最近になって気づいたのだ。
様々な男子からの告白を断り続ける女子というのが同性からどう見えるのか。
私はこれでも環境の変化には敏感な方だ。女子特有の陰口の雰囲気や、態度の小さな変化に全く気づかないわけじゃない。自分のことを本当に好いてくれている相手とそうじゃない相手の判別くらいついているつもり。
「たぶん、そろそろ頃合いになってるだろう?予兆くらいはもうあると思う」
「……まさか……」
そんな言葉が私の思考を繋いだ。
告白を断り続ければ、他の女子からよく思われることはない。
そしてそれは相手の人気やいわゆるスクールカーストの高さによって上下するわけで、人気者の告白を断るということには、リスクが伴うものなのだ。
無論、それが怖いから告白を受けるなんてことは決してするつもりはないけれど。
この進藤鉄馬という男は校内での影響力が強く、多くの生徒から慕われる存在だ。
そんな彼からの告白を、球技大会の結果や燐というライバルがいたことを仄めかされた状態で私が断ったら、どうなるか。
この男は自分自身の影響力に加え、そこにドラマ性を与えた状態で、私に告白を断らせることで、私の校内での印象を大きく下げ、既にばら撒かれたガソリンに火をつけようと考えているのだ。
あるいは、それを脅しに無理矢理にでも告白を受けさせようとしている。
「なんて狡猾なのよ……」
戦慄するところで、こちらを意に介さぬような甘い声が聞こえる。
「つき……三咲くん、もうごちそうさまなの?お野菜ももう少し食べた方が……」
大好きなひおりんの声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます