第56話 球技大会 3

試合のインターバルに入ったのか、松原瑠衣子が、彼女の応援に来ていたクラスメイト達の間を抜けて、ズカズカとこちらに歩んでくる。


「……燐くん。どうしてアタシに最初に話しかけてくれないわけ?アタシの応援に来てくれたと思ったのに」


僕らの前で腕を組むと、口を尖らせて松原は言った。


「はは。俺は好きなものを最後まで取っておくタイプだからな。てか俺らもすぐ試合だし」


飄々と答える成瀬に、松原はわざとらしくふくれた後、僕の方を指差した。


「……ソイツ」


指差してくるな腹立つ。


「あの時の男の子でしょ。ホントに見つけてたんだ」


「意外としおらしいな瑠衣子。見つけたら言いたいことがたくさんあったんだろ?」


「そ、それは……そーだけど……いたっ」


いつまでも僕を指差したままの松原に腹が立ったので、僕はその手をはたき落として、意味もなく指を差し返す。


「なに?僕に言いたいことがあるなら言えよ。ビビってんの?」


「なっ、そーいうんじゃないし。てか何その指!なんで差し返してくるわけ?意味わかんないし!やっぱり綺麗な顔してちょームカつくんですけど!」


「そう。じゃあ僕から聞くけど。試合は順調?」


僕が先ほどしたように松原が指を下ろさせようとしてくるので、その瞬間に手を引っ込め、僕は必要な情報を聞き出すことにする。


「……くっ……い、今のところは五分五分って感じだけど……」


「勝てそう?」


「わかんない……」


「ふむ……。ポイントを取られる時は相手のサーブで決められてることが多い?」


現在の松原の相手も氷織のチェックリストに入っていたので一応データは取ってある。


本当なら僕のデータをもとに氷織を介した方が、松原は素直にアドバイスを受け入れるのだろうが、氷織は現在女子バスケットに出場中だった。


「なんなの……あんた……アキネ◯ター?」


「るせぇよ早く答えろ」


流行りのランプの魔人のことなどどうでもいいので、バッサリ切って回答を急かす。


あまりに会話が進まないようなら、成瀬を介するという、僕のプライドに傷がつきまくる手段を講じるしかなくなる。


「……相手の子……ピンサーブとショートサーブがうまくて。不意にくるから……」


松原は言い訳するように視線を逸らしていたが、そこが相手の強みなのだ、苦戦して当然だ。


「なら、レシーブの時は多少過剰なくらいネット近くで構えておけばいいよ」


「は?それじゃロングサーブ打たれて終わるんですけど」


「彼女はロングサーブだけが苦手なんだ。返せないほどスレスレのロングサーブはそうそうこない。なんならサーブ自体普通にミスる」


「なんでそんなことがアンタにわかるわけ?」


「だまれ。ピンサーブを打ったらその後は必ずお前のバックハンド側に球がくる。ショートサーブを打ったらその次は必ずフォアハンド側だ。負けたくなきゃこれだけ覚えろ。いいな?」


「えっと……はい」


強引に言い含めると、松原は意外と素直に頷いたが、直後に気まずそうな顔をつくった。


「な、なに、燐くん」


成瀬が含みを持ったうざい笑みを浮かべていたからだ。


「いや、意外と押しに弱かったんだなぁと」


「お、押されてないし!からかうだけならあっち行ってくれる!?燐くんたちもすぐ試合なんしょ!?つーかアンタはさっさと名前教えてよ!」


「時間だ。さっさといこう成瀬」


「へいへい。おおせのままに」


「ちょっ、無視すんなし!」


ムキになる松原を成瀬とともにスルーし、踵を返すことにする。結果がどうなるか確証があるわけじゃないが、ここで僕ができることは終わったからだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



午前の間に旧体育館にて行われた僕らのクラスの男子バレーの試合は2試合。


しかし、組み合わせの引きが強かったのもあってか、蓋を開けてみれば最初に見た逆巻の試合と同じく成瀬の圧倒的な個人技で二戦とも難なく勝利。


残すは準決勝と決勝のみとなった。


午後の部の試合進捗はどの競技もそんなもので、うちのクラスで現在勝ち進んでいるのは、女子のバレーとバスケ。男子がフットサルとバレー。


バドミントンは男女共に残った。


その他の競技は午前の時点で敗北し、順位決定戦が残るのみとなった。


半分以上の競技が未だに優勝の可能性を残しているので、総合一位を取れる可能性は十分にある。


ただし、一つ問題があった。


—— 逆巻くん、怪我したって、大丈夫かな


—— 今のところ結構順調でうちのクラス総合優勝狙えるかもって思ってたのに


____ 特進クラスは全学年まだどこも負けてないってさ。やばない?


現在は昼休憩に入っており、全校生徒が自教室へと戻り、昼食をとっているのだが、うちのクラスの生徒の面持ちは暗め。ついでに女子が半分以上教室から消えている。


午前中の間に最もオーディエンスが集まった試合は、フットサルの準決勝。


一年のうちのクラスと三年の特進クラスによる試合だった。


結果的には逆巻の力でうちのクラスが辛勝するという快挙を成し遂げたが、その試合で逆巻が足に怪我を負ってしまった。


「三年のくそったれな先輩方も、面白いことしてくれんなぁ」


そんな教室内でも成瀬はそう言っていつも通り笑っていた。


「笑ってる場合じゃないわよ燐。あなたも試合は見たでしょ。相手のチーム、自分達が不利になった途端、修斗に執拗にラフプレーを仕掛けているように見えた」


「かもな……。雨音、お前はいいのか、修斗の様子を見に保健室まで行かなくて」


「それはまぁ……あんだけたくさんの女子がいたらね。これ以上増えても迷惑でしょ」


「ま、明らかに見舞いの人数じゃないしな」


「あなたこそいいの?修斗の様子を見に行かなくて」


「……必要ないだろ。あの試合の後、そんなことより自分の試合に集中しろって目でこっちを見てたからな」


「はぁ、男子ってそうやってすぐかっこつけるんだから、ねー?」


「はは、別にいいだろ。男同士はそういうもんなんだよ、なぁ?」


成瀬と潮海が昼食の弁当を囲むスペースには、潮海に連れられた氷織と、成瀬に連れられた、僕。


「ん?えーっと、そうなの?つ……三咲くん」


「知らね」


潮海に寄り掛かられた氷織が聞いてくるので、成瀬に肩を組まれた僕は適当に答えた。


なぜか成瀬と潮海の要望で教室の床で昼食を囲んでいるのでそれぞれの距離がやたら近いのだ。


陽キャは床座りで飯を食いたがる傾向がある気がするが、このためなんだろうか。


クラスでこいつらと群れたら目立って面倒だと思っていたが、多少絡んできたクラスメイト達からは、他クラスから遊びに来た成瀬の新しいツレ、という謎の解釈をしているようであまり気にされなかった。


「次は何にする?唐揚げ?たこさん?」


「……玉子」


「はーい、どうぞ」


購買に行ったら何故かクソお姉さん、もとい、先日霧夜ねぇの友達と発覚した綾乃さんがいなかったので、僕は昼飯が用意できず、自分のを分けると言って聞かない氷織の弁当をやむなく食していた。


氷織に食べさせてもらうという行為の謎を解きたければ、「有栖川氷織 世話焼き」でググれカス。


まぁ実際のところ、準決勝はいよいよ僕の所属する成瀬チームのバレーも三年の特進クラスとぶち当たるうえ、逆巻の怪我という想定外を織り込んで、データの整理と総合一位を取るための勝ち数の計算をしておきたいから、敢えて氷織を止めることをしなかったのである。


飯を食ったら少しでも睡眠を取りたいので、食べている間にタスクは済ませておきたいのだ。


「「……」」


今日は氷織と話す度にぴーぴーとうるさかった成瀬と潮海は、ついには無言の視線圧をかけてくるだけに留まるようになったらしい。


「おい雨音。俺にも今のやってくれ」


「……やるわけないでしょ。その辺の女の子にでも頼んであげなさい」


「生憎、その辺の女子とやらはほとんど修斗のとこに行っちまったのさ」


「あらそう。じゃああなたが私が食べるのを手伝う?」


「ほー、そりゃ悪くないかもな」


怪我人の代わりに他の選手を投入することは球技大会のルール上認められているが、逆巻の代わりになるやつなどそうはいない。


唯一互角なのは今隣にいる成瀬。


「お口汚れてきたね。ふきふきするね」


「ん……拭いたら飲み物とって」


「あ、ごめんね。じゃあ先にジュース、どうぞ?」


しかし、サッカー部のこいつをフットサルに投入することは、現在所属の部活と同じ種目に参加することはできないというルール上、認められない。


うちのクラスのフットサルは決勝で2年の特進クラスと当たる予定だが、確実に敗退すると見た方がいいだろう。となると……


「……悪い雨音。俺もう無理だわ」


「安心しなさい私もよ」


「同時にいくか?」


「ええ」


「おーけー。せーのでいくぞ。……せーの……」


「「おまえら(あなたたち)!!」」


「んぐっ、けほっ」


いきなり成瀬と潮海が同時に声を上げたので、思考に耽っていた僕は、つい咽せてしまった。


なんだこいつら。


「だ、大丈夫?」


氷織が背中をさすってくれるが、そこにすかさず潮海の言葉が飛んでくる。


「さっきから私のひおりんを召使いみたいに扱うんじゃないわよ三咲!」


別にお前のじゃねぇだろ。


「お前のおかげでクラスの男たちが俺に向ける感情が少し理解できたぜ。つーかそんだけされて遠慮しないのもよくわかんねぇんだけどさ……やっぱお前普通じゃないよな」


僕にも僕の事情があるというのに、うるさい連中だ。


「大体、あなた今のクラスの状況わかってるの?バレーの試合も燐に任せっきりであんまり動こうとしないし。体調があんまり良くないんでしょ?だから勉強と運動は違うって言ったのよ!」


確かに体調はあまり良くないけど。しかしこいつ僕の動きなんてよく見てやがるなぁ。


そんな感じで盛り上がっていると、クラスの視線がこちらに集まるが、その瞬間にガラリと開いた教室の扉に一同の視線は奪われていった。


「うぃー、邪魔しまーす。んと、一年一組ってここであってるかな?」


見たことあるような、見慣れない顔立ちの美男子だった。ネクタイの色ですぐにうちの三年の生徒だと分かる。


生憎と今うちのクラスにはあまり女子がいないが、普段ならもう少し黄色い声が聞こえていたかもしれない。


「……何の用っすか。……進藤センパイ?」


そんな突然の来訪者の問いに最初に答えたのは、聞いたことのないほど鋭い声。


この学校にいないはずの人物を僕に想像させたその声が、成瀬燐のものだと理解するのには一瞬を要した。








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