第55話 球技大会 2


「オラァ!」


——逆巻くーん!かっこいいよぉー!


——まじでやばくない!?圧倒的なんだけど!


僕らのクラスで最初に試合の順番が回ってきたのはフットサル。


第二体育館にて、逆巻が獅子奮迅の活躍で、華麗にスタートダッシュを決めていた。


逆巻に黄色い声援を浴びせる集団からある程度離れた位置で、観衆とは温度差のある様子でいるのは逆巻と長年の付き合いであり、対等な関係を築いている潮海と成瀬だけだ。


「さすが修斗ね。あの調子ならしばらく負けは無さそう」


「ま、特進クラスと当たるまではそうだろうな。今はそんなことよりも……」


「あ、つき……三咲くん、じっとしてなきゃだめ」


「くすぐったい。適当でいいから早くして」


そこからさらに離れた位置にいるのが僕と氷織。


「なぁ雨音。有栖川って男子の髪の毛の世話までしてやるよう奴なのか?そういうの見たことあるか?」


「……あるわけないじゃない。そんなことまでするような子じゃないって、燐だってわかってるでしょ」


「だよなぁ……。おまけに、相手はいつもクラスで縮こまってる陰キャときてる」


「私たちはある程度本性を知ってるとはいえ……」


「時間の問題だろうけど……クラスの連中には見せられない光景だよな」


僕の試合が始まる前に、氷織が僕の髪の毛を整えると言って聞かなかったので好きにやらせている状態だ。激しい運動において僕の髪の毛は多少邪魔になる長さなので、気を遣ってくれたのだろうし、実際それは助かっている。


だが、いつも通りヘアピンで適当に髪の毛の邪魔な部分を止めてくれるだけだと思ったのだが、なぜか今回は整髪料に加え、わざわざコンセントのある壁際まで移動して、ヘアアイロンまで使ってくる始末だ。


氷織曰く、ある程度のオシャレ女子ならこの程度常備しているのが普通らしい。成瀬と逆巻もこれらを常に鞄に入れてるとか。意味わからん。


つーかこんなもん僕に使ってどうするというのか。



疲れと眠気で先に僕が氷織にいつも通りの態度をとってしまったせいなのだろう。


彼女も嬉々として距離を近づけてきていた。


ある程度は抑えて欲しいのが本音だが、先ほどの自分のことを棚に上げるわけにもいかず、あまり文句も言えないのだった。


「んだよ。こっち見んな」


そんなことを考えつつ、潮海と成瀬の視線がイラッときたので、そこには文句をつけておく。


「有栖川にがっつり世話してもらっておきながらなぜか威張いばり倒してるこのガキ……どう思う?」


「だから燐がしっかり話を聞き出しなさいよ。主になんでひおりんとこんなに仲がいいのかについて」


「そういうの問い詰めるのはお前の仕事だろ」


「……何度も試したわよ。生意気言って私の言うことなんて聞きやしないんだからこいつ」


「俺の言うことだって聞かないぞ。うるさい黙れの一点張りだ。ほんと変な奴だよ」


潮海と成瀬の会話にそのうちしっかり説明しなきゃいけない時がくるのだろうと面倒に思っていると、


「はい、終わったよ」


そんな言葉と共に氷織の手が止まった。


「ふふ、すっごく綺麗になったよ。鏡見る?」


「見ない。視界が開けばそれでいいし。ありがと」


立ち上がると、成瀬が手を上げて近づいてくる。


「三咲ー、終わったんならそろそろ俺たちも……ほぉ」


「なに?」


「ふむ……有栖川がセットしたせいか、中性的な部分が引き立たせられてる感じか……。おい三咲ちょっとそっち向け」


「いやだ。僕に命令すんな」


「ほんと本音だと人の言うこと聞かないなお前。いいからほれ。お前の今の見た目のレベルがわかるぜ?」


強引に成瀬に首を動かされ、潮海とばっちり目が合った。


「どうだ雨音」


「……こっち向くんじゃないわよ」


なぜかボソッと呟いてそっぽを向いた潮海をみて、成瀬が満足げに言う。


「な?」


「なにがだよ」


潮海に嫌われてるのはわかっているが、それを僕に確認させてなにがしたいんだこいつ。


「ひ、ひおりん。女子のバスケも第一体育館でしょ。バレーもそっちだから一緒に行きましょ」


「あ、うん。三咲くんもりんりんも頑張ってねー」


潮海が焦ったように氷織とともに去っていくのを見届け、僕らも男子のバレーの会場である旧体育館に向かうべきところだが……。


「三咲?どうした?俺たちも行こうぜ」


「いや……」



◆◇◆◇◆◇



僕と成瀬が出場するバレーの試合までかろうじて余っていた時間を使い、向かったのは武道場。


現時刻においては既に男子のバドミントンと女子のバドミントンの試合が行われている場所。


「別にお前はついてこなくてもよかったけど」


先に行ってろと言ったのに何故かついてきた成瀬に向かって言うと、


「ついてきたっていいだろ?お前が試合に遅れでもしたら困るし。なんか面白そうだし」


なんでもないようにそう返ってきた。こいつの面白いことに対する執着もなかなかのものだ。


「しかし、バドミントンっていうと今は……男子は吉田の試合と……あぁ、女子は瑠衣子の試合か。吉田に関しちゃ、初戦の引きがだいぶ弱かったみたいだし、ありゃたぶん勝てないと思うぜ?」


「知ってる。だからきた」


フットサルの初戦は想定通り逆巻のおかげで圧倒的。特進クラスと当たるまでは、放っておいても逆巻のゴリ押しで勝ち進むだろう。


初戦から危ういのはここ、武道場で行われているバドミントンだ。


当然だが、どうやっても勝てる見込みのない試合には、どれだけ敵のデータを取ろうが無駄だ。赤子がプロの選手に勝つことは不可能。


けど、そうじゃない伸び代のある対戦カードも多く存在する。


例えばクラスにおいて僕の隣の席の吉田。初戦さえ乗り切れば、対戦カード的に準決までは確実な組み合わせになっている。初戦に勝てるかどうかでその後の結果が大きく変わる。


ここは狙い目だ。


「クソ!」


武道場に着くと、感情の乗った声でラケットを地面に叩きつける吉田の姿が。


「あー、やっぱやられてら。うっす吉田、荒れてるなぁ。ちょっと落ち着けよ」


「あぁ?……成瀬か……。なんだよ、俺を笑いにでもきたのかよ」


「そんな性格悪いと思われてんのか俺は。俺だって自分のクラスが負けてんのは気分良くないって。頑張って勝ってくれよ」


「無茶言うなよ。相手は……」


「二年三組の前沢。中学卒業までずっとバド部だった奴で、この大会で内申点稼ぐためだけにバド部に入らなかったような奴」


吉田の相手は事前にデータを収集をしていた選手の一人。必要な情報はしっかり記憶している。


「その通り……って、成瀬、この人は?」


「くくっ。わからないか。そうだろうなぁ」


成瀬が楽しそうに笑うと、吉田が恨めしそうに言う。


「何だよその笑い。あんまりこういうやつとか逆巻みたいなのとお前がセットで行動しないでくれ……」


「ん?なんでだ?」


「そりゃ……女子の目が……」


—— あ、見て!あれ一年の成瀬くんだ。


—— へぇ、あれが成瀬くんなんだ。初めて見たけどほんとに顔かっこいいね。じゃあ隣の綺麗な顔した子が逆巻くんかな?私あっちのがタイプかも。


——え?あんた逆巻くんの顔も知らないの?あれは違うよ。でも確かにあれは……


「はは、どうもー」


相変わらずどこでも視線を集める成瀬が手慣れた様子で愛想を振りまくと黄色い声が返ってきていた。


機嫌悪そうな吉田には共感を覚えざるを得ないが、僕は成瀬を無視して会話を進めることにする。


「吉田。今のスコアは?」


「えぇ、いきなり呼び捨て?俺あんたの名前も知らないのに……」


「いいから答えろよ」


「い、今ちょうど1ゲーム取られたところだ」


「よし、まだ全然間に合う。今から僕の言うことをよく聞け。聞かなきゃ殺してやる」


「く、口悪くないか……?」


いつもの態度からして、吉田が僕の言うことを簡単に聞くとは思えなかったため、最悪ぶん殴る覚悟もしていたが、案外素直に聞いてくれたのはラッキーだ。


データ収集に抜かりはない。前に出てくるタイミングと、ドロップショットを打つ時の癖などは完璧にデータをとってある。


僕が教えるのはその癖の全てと、それを誘発する方法と、それを読み切った時に確実に得点するために打つべきコース。


「……わかったか?」


「……それ……本当なのか?」


「口答えするな。勝ちたきゃ僕の言うことを聞け」


「わ、わかったって……」


渋々と言った様子で吉田が試合に出ていくのを見送ると、いつの間にやらファンサを終えたらしい成瀬が声をかけてきた。


「お前……なんで吉田の相手にそんなに詳しいんだ?」


僕と吉田の会話はしっかり聞いていたようだ。


「そりゃ調べたからさ」


「調べたってお前……。まぁいいか。それよりあれ……なんとかしてくんね?」


成瀬が困ったように笑って指差したのはこちらを険しい顔でじっと見ている女子バドミントンの出場選手。


松原瑠衣子だった。

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