第54話 球技大会 1


別に隠しているつもりもなかったが、放課後のコソ練について氷織に白状させられ、そこに次の日から成瀬、潮海に加えて、氷織がなぜか加わるという事態が発生したが、それ以外は特に滞りなく日々は過ぎていき、その日を迎えた。


授業がないため、鞄の空き具合に身を軽くし、イベント特有の空気もあいまって、皆が足取り軽く登校してくる。


教室の机の中は早朝にして、放課後のようにどれもすっからかん。


—— 授業ないのサイコーじゃない?


—— わかる〜。でもなんか大会本番って感じでちょっと緊張してきた。


—— それもわかる〜。


誰も自分の席に着くこともなく、思い思いの場所で雑談に花を咲かせている。皆、同じ種目に出る同士である程度固まっているようだ。


「いよいよ球技大会当日でーす。今日は保護者の方も来校されますから、中央階段の方はなるべく使わずに……」


ホームルームにやってきた担任教師も普段と違い、そんな生徒を諌めることもなく、連絡事項を伝えていた。


—— ねぇ、みてあれ。


—— あぁ。まぁいいじゃん。あの子いつもあんな感じじゃん。


そんな教室内で一人、自分の席で瞼を擦り、陽キャの視線を受けながらぐったりしている男がいた。



僕だった。



学校行事当日の朝における僕はいつもこんな感じで、僕はお前らと違って浮き足立ってません、別に興味ありません、かったりぃ〜、というムーブをしている。


しかし、今日の僕は違った。


本当にクッソ眠いし有り得ないくらい肉体的にも精神的にも疲れているのだ。


こんなちょっとした時間で少しでも休んでおきたく、背中を丸めていると、そこを叩いてくる奴が一人。


「みーさき。なにぐったりしてんだよ。同じ種目出るんだからしっかりしてくれよな」


成瀬の言葉に答える気力もなく、僕が顔を伏せていると、


「おーい。無視すんなって生意気小僧〜、俺とコソ練しまくってたの皆んなにバラしちまうぜ?」


耳元で成瀬がそんな風に言ってくる。ここ最近、放課後は一緒の時間が多かったせいか、一段と馴れ馴れしくなったものだ。


成瀬に関しては多少大人びているところがあるし、こういう鬱陶しい絡みはしてくるタイプじゃないと認識しているが、やはりイベントの空気に多少浮かれているといったところだろうか。


「りんりん!だめ!疲れてる三咲くんにちょっかいかけないで!」


成瀬の絡みに耐えていると、トップ陽の気を纏った氷織がバスケ出場者で固まっていた女子の集まりから抜けてきて止めに入ってくれた。


「お、おぅ。お前がそんな怒るか。どうせすぐ試合だぜ?」


「そ、そうだけど、休んでるのにかわいそうだよ」


「かわいそう……ねぇ」


「な、なに?」


「こら燐。ひおりんにいじわるしたら私が許さないわよ!」


「今度はお前かよ雨音……。別に何もしてないだろめんどくせー。ったく、三咲がいるといつも俺が悪者にされる気がするんだが……気のせいか?俺は少しこいつの士気をあげてやろうとしただけだって」


「言い訳は聞きたくないわ」


「おーい修斗!こいつらどうにかしてくれよ」


「るせぇぞ燐。こっちも作戦の最終確認で忙しんだよ」


成瀬が逆巻に助けを求めるが、逆巻はずいぶんと勝ちにこだわってるらしく、フットサルに出るメンバーに色々言い含めているようだった。


その負けずの心意気は認めてやらんでもないと感心していると、潮海が僕の顔を覗き込んでくる。


「あら、三咲あなた、ずいぶんと顔色悪いわね。まるでテスト前のひおりん……ってまさか……!」


「ぐぇ……」


潮海が僕の身体を引っ張り上げ先ほどの成瀬と同じように耳元で会話を仕掛けてくる。


(ちょっとあなた……こないだのテストみたいに今日までずっと寝てなかったとかいうんじゃないでしょうね……最近授業中もよく寝て先生に怒られてばかりだったけど……深夜も練習してたとか……)


(……だったら何?)


(バカ!スポーツと勉強は違うのよ!ちゃんと休まなきゃ大した動きができるわけないじゃないの!)


(……知らねぇよそんなの。その他大勢に当てはまることが僕に当てはまるとは限らねぇだろ。人間は一人一人全て違う生き物なんだ)


睡眠不足や諸々の疲労からくる余裕のなさ故か、今日は随分と僕の舌が言うことを聞くらしいと今気づいた。


「何言ってるの……あなた。何があなたをそうまで……狂ってるわ」


「あまち……離れて」


絶句する潮海から、先程と違い、ただならぬ雰囲気を纏った氷織が再び僕を守ってくれる。


「きゃ……ひ、ひおりん?わ、悪かったわよ……そんな強く引っ張らないでちょうだい」


「三咲くん疲れてるみたいだから少しでも休ませてあげよ、ね」


「お、おい、雨音。有栖川のやつなんか気が立ってないか?」


「そ、そんなこと……なくもない……わね」


成瀬と潮海の言う通り、氷織は少し気が立っているのかも知れない。僕への過保護に普段より明らかに我慢が利かなくっている。


親から与えられる課題というものに、やはり氷織は相当に気負いがあるのだろう。


「氷織。ありがと。僕は大丈夫だから」


立ち上がり、言いながら氷織の頭を軽く撫でてやった。


「……え?ぁ……う、うん。えへへ」


氷織の戸惑いながらも嬉しそうな様子を眺めていると、


「「は?」」


数秒の間隙に全ての感情を盗まれたかのような、重なる疑問の声が遅れて聞こえた。


やばい。疲労で色々抑えが利かなくなっているのは僕の方だったか。


個人プレイのテストと違って今日は誰とも話さない、話しかけられないと言うことはまず有り得ない。


教室内が浮ついていたおかげで、ほとんど潮海と成瀬に見られるだけで済んだみたいだったが、今日は特に色々気をつけようと思いました。



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