第52話 コソ練 1

「その顔晒してるってことは、彼女さんも一緒か?」


「一緒じゃないし、彼女じゃねぇっつたろ」


開口一番、僕の心を刺激するようなワードチョイスをしてくる成瀬に思わず声が漏れた。


成瀬はそんな僕の様子に心底嬉しそうに笑うものだから、ほんとにどうしようもない。たぶんこいつはドエムだ。


「……」


一方で、僕をじっと見つめて黙ったままの潮海に成瀬が言及する。


「はは、随分驚いてるみたいだな雨音。もしかしてこいつが誰かわからないか?」


「そんなわけないでしょ。私はただ、こんなにはっきり三咲の顔を見たのが初めてで……」


「……なるほど?ほんとのこいつについて知ってるってのは確かだったか。しかし、顔に関しちゃ、普段からかなりしっかりこいつを見てないと気づけないと思ったけどな?」


「み、見てなくてもそれくらいわかるわよ……同じ顔なんだから当たり前でしょ」


「ほー。じゃあ、この姿の三咲を見たのが初めてで……なんなんだよ?」


「さっきからそのニヤニヤ……すごく不愉快ね。頬を張ってもいいかしら?コンパスで」


「怖えって。張るじゃなくて刺してるだろ。刺す勢いを具体的に想像させないでくれ。からかって悪かったよ」


人の顔をじろじろと見て好き勝手言いやがって。痴話喧嘩なら他所でやればいいものを。なにしに来たんだこいつら。


「……二人とも何の用事?」


「お、またすぐ戻るかと思ったが、今は演技はなしなんだな」


「それだけ練習に集中してたんでしょ。こういうときは本音で喋るのよこいつ」


「へぇ。随分詳しいな雨音」


「別に……ひおりんと同じ目するからすぐにわかるだけよ……」


「どうでもいい話してないで質問に答えろよ」


「……ほんと実は尊大な喋りすりよなお前。別にいいけど。俺たち整備委員だからさ、球技大会までは普段使わないここの掃除をしなきゃいけなくてな」


「ま、そんなところよ。燐も私も部活の途中で思い出して、さっきちょうど鉢合わせたところよ」


なるほど、委員会。そういえばそんなものもあった。


本来委員会は強制的にどこかに所属させられるものだが、僕はどこにも属していない。


委員決めのときに黙って最後までどこにも立候補しなかったら、なぜかそのままホームルームが終わったから。


だから、僕は校内で恐らく唯一の無所属者、つまりエリート。


帰宅部エースは伊達ではないのだ。


「まさかあなたがこんなところでコソコソ練習してるとは思わなかったけれど。相変わらず陰湿というかなんというか」


「い、陰湿……」


言ってくれる。この傷ついた心の慰謝料をどう払ってもらおうか。氷織にチクってやろうかな。


「雨音のやつは拗ねてるだけだから気にすんなよ」


「……拗ねてないわよ」


「はいはい。でもま、水臭いとは思うなぁ。大会練習の時に俺たちと素直にやってくれりゃよかったのに。もしかして……他の連中に見られるのが恥ずかしかったのか?」


頭の弱い奴らだ。他の連中と同じ時間に同じことをしていてはどうやってもアドバンテージを取ることができないとなぜ気づけないのか。


一日で唯一の貴重なデータ収集ができる大会練習の時間を無駄にするわけにはいかないだろが。


「あら、そうだったの三咲?」


成瀬の腹の立つ笑みに、潮海が同調して僕に顔を近づけてくる。


「……うっぜ」


「は?」


「よしいい感じだ雨音。そのまま勢いで練習に付き合うことを了承させるぞ」


「別に私は……裏でコソコソされるのが気に入らないだけで……」


「だから俺らが練習に付き合ってコソ練じゃなくそうぜって話だろ?」


「まぁ……それでもいいけれど。鈍臭いこいつがマシな動きができるようになれば、勝率も上がるし」


「勝手に話を進めんな。僕はまだ何も言ってない」


「なんだよ、そんなに俺と練習するの嫌なのか?教えられること、けっこうあると思うけどな。部活のことなら、委員会の仕事ってことになってるからこのままサボっても問題ないし」


「……だからまだ何も言ってないだろ。教えてくれるっていうなら……教えてよ」


ちょうど動画を使った練習法につまずきを感じていたところだ。


サッカー部のくせに他スポーツにも万能なタイプの成瀬がが教えてくれるというのならありがたい話だ。


こいつに教えを請いたくないというプライドはあるが、もともと目的のためならそんなものいくらでも捨てる腹づもりだ。


「お、おう。そ、そうか、ならいいんだが……お前ってほんとによくわかんねーな。なんか一瞬めんどくさい女と話してる気分になったぞ」


成瀬が微妙な顔をすると、潮海が勝ち誇ったようにこちらに一歩距離を詰めてくる。


「なーに三咲。本当は私達と練習したかったのね?少しは可愛げがあるじゃないの」


だから僕は一歩距離を置いて言う。


「いや……成瀬だけで十分だしお前は別にいい」


「なっ!この私が一緒にしてあげるって言ってるんだから黙って聞きなさいよ!」


「だって……うるさいし」


潮海もバレー部のエースにだって匹敵するくらいうまいのはわかるけど、性別的な観点から見て、成瀬に及ぶことはないだろうし。


「癇癪起こしたらあなたの方がうるさいくせに……」


「あ?」


「なに、やるの?」


「おい、やめてくれよ。お前ら二人ってそういう感じなのかよ。ここでもストッパーしなきゃならんのか俺は」


呆れ顔の成瀬を無視して潮海が言葉を続けてくる。


「あなた覚えてるわよね。この前した約束。私のいうことなんでも一つ聞くんじゃなかったかしら?大人しく私と練習しなさ……じゃなくて練習したいって言いなさい!」


「……それは……」


確かに氷織のついでとか言って自分も乗っかってきやがったんだったか。ふざけた言い分だったが約束は約束。


約束を破るのは……嫌いだ。


「……れ……練習したい……です」


なにも食べてないのに、嫌な味が口の中に広がる

。苦虫を噛み潰すような味とはこんな感じだろうか。


「はい、よく言えたわね。えらいわよ。仕方ないから一緒に練習してあげるわ。仕方なくね」


「……」


機嫌良さそうな笑みとあやすような口調に腹が立ったので、僕はスッと屈んで潮海の靴紐を引っ張り、その蝶結びを解くことで仕返ししておいた。


「あ!くだらない悪戯してんじゃないわよもう!あなたほんとに高校生なの?」


腹が立つと身体が勝手に動くのだからしょうがないのだ。相手が片方の靴紐を結んでいる間にもう片方の靴紐を解くというハメ技をキめてやらないだけ感謝してほしいものだ。


「くく、雨音のやつなんか活き活きしてんなぁ。ま、よくわかんねぇがとりあえず決まりだ。ある程度までは数は多い方が練習の効率もいいしな」


「三咲!付き合ってあげるんだからあなたもここの掃除手伝いなさい!」


そんな感じで、潮海の理不尽な言い分に僕が大人しく従った後、気持ち的には複雑なコソ練が始まったのだった。

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