第50話 大会練習
一週間ほどかけて、球技大会における全校生徒の出場種目が決まると、うちの高校では放課後から1時間ほど、その種目の練習を強制させられる。
部活動に勤しむ生徒も、「大会練習」と呼ばれるこれをこなしてから本来の部活動をスタートすることになる。
この時期は普段使いされる第一、第二体育館、武道場などに加えて、旧体育館などの古い設備までが球技大会の種目のためだけに解禁される。
成瀬とともにバレーボールに出場することになった僕は、今日も練習場所として割り当てられた、旧体育館へと足を運んでいた。
バレーボールは、バスケ、フットサルに並んで、優勝した時にクラスに入る得点が最も大きい競技の一つだ。
この三つの競技のうち、男女ともに二つ以上優勝得点を勝ち取ることができれば、卓球やバドミントンと言った他の競技を全て落としても、よほどのことがなければ、総合一位は堅いものとなるだろう。
総合一位を本気で狙うなら、これらの競技に最強戦力である成瀬、逆巻、潮海、氷織の投入は必須だから、成瀬が僕と同じ競技に出るというのなら僕もこれらの競技を避けることはできないのだ。
僕は運動が得意なわけではないし、みんなが見てるところで醜態を晒しながら練習するのはごめんだ。
下手くそなのを笑われるだけならまだしも、ぼっちが張り切り出したときのあの独特の空気感とともに送られる視線がとんでもなく嫌なのだ。
張り切ろうが張り切るまいが、所詮ぼっちには学校行事における快適な居場所などない。
まぁそもそも、一緒に練習してくれる相手もいないわけだが。
などと卑屈なことを考えて、旧体育館の壁際の座っていると、話しかけにくるお節介が二人。
「おーい三咲。お前も来いって。せっかく同じの出るんだし、一緒にやろうぜ」
「三咲!あなたがあんまり運動得意じゃないのはわかってるけど、ちょっとくらいは頑張りなさいよ。テスト前はあんなに頑張ってたじゃないの。少しくらいなら教えてあげるから」
「……」
成瀬と潮海。潮海も女子の方のバレーに出場するらしい。氷織がバスケで、逆巻は結局フットサルに出るんだっけか。
個人競技に出るとか言ってたくせに、誰かさんの安い挑発に乗るとは間抜けな奴だ。
バスケやフットサルは第一体育館に割り当てられているので二人の姿はここにはなかった。
「三咲?」
「ちょっと、無視するんじゃないわよ」
「あ……ご、ごめん。か、考え事してて」
うるさい連中だ。お前らとやったって僕は足を引っ張るだけだ。嫌な視線が集まるのだって目に見えてる。そんな効率の悪いことを僕はするつもりはない。
——成瀬くんも潮海さんも、人よすぎじゃないか?あんなよくわかんないやつかまう必要あんのかな。
——ほんとそれ。ああいうのがいると、せっかくの行事が盛り下がるし、放っておけばいいのに。
成瀬と潮海が引っ張ってくる他の生徒の陰口に自分のことながら激しく同意しつつ、気になった生徒の観察記録を携帯のメモアプリにコツコツ刻んでいく。
スポーツにおいて敵情視察は基本だが、運動ができない僕にとってはこの基本が最も太い生命線となる。
今日までにこの放課後の時間を使ってデータを集めているのは、特進クラスの生徒を筆頭に、各運動部の部長やエース級など僕のようなやつでも噂を盗み聞きできる程度には運動が得意なことで有名な生徒達だ。
だが、風の噂に頼るようなリストアップでは効率が悪いし、そもそも、運動ができるらしい生徒の名前を聞いても、そいつが何の種目に出るかを知るのは僕にとっては簡単ではない。
調べが必要な生徒をもっと正確にリストアップするには、球技大会の出場種目に合わせた名簿が欲しいところなのだが……
「ねぇ。燐くんもあまちもそんなのにかまってないでさ、あたしとかみんなと練習しようよ」
「あ、るいるい」
思索に耽っていると、松原が見覚えのないインナーカラーの入った派手髪女子二人を取り巻きに連れて現れた。
「るいこー、こいつ誰?」
「そんなことどーでもいい。成瀬くーん、私のサーブちょっと見てほしいんだけど」
「なっ、抜け駆けすんなし」
旧体育館ではバレーとバドミントンの練習が行われており、その手に持つラケットを見るに、松原は後者の練習をしていたようだ。
成瀬に早速色目を使う取り巻き二人の派手髪女子は他クラスの生徒だろうか。
当たり前のように他クラスの生徒とつるむとはさすがギャル。
「燐くんもあまちもわかると思うけどさ、そういうやつってどうせ行事とか真面目にやる気ないでしょ。時間割くだけ無駄だって」
松原の言うことは正しい。
けれど……僕のようなやつだって別に、こういう行事を楽しみたくないわけじゃない。
無条件にたくさんの友達に囲まれて、誰に嫌われることもなく、ただ無邪気に楽しむことができるなら、誰だってそうする。
ただ、誰もがお前のように明るく、自信たっぷりに振る舞い、多くに認められ、常に周りに誰かがいるような陽キャリア充になれるわけじゃないのだ。
「……まぁ、そうかもしれないわね」
「確かにどこのクラスに何人かいるもんなぁ、そういうの」
リア充筆頭たる潮海と成瀬も松原達の言うことに特に反論はないようだったが、どうしてか微妙な顔で僕を見つめていた。
こっち見んなカスどもが。
とまぁ、今はそんなことはどうでもいい。ちょうどお前に用があったんだ松原。
「あ、あの……ま、松原さん」
「うわ、喋ったし」
んだとこの声デカ女。数の子くっつけたみたいなネイルしやがって。
そら陰キャだって喋るわ。
てめーらのそうゆうレッテル貼りが僕らを苦しめるとなぜわからない。
「じ、実行委員のま、松原さんは……だ、誰がどの種目に出るかの……し、資料とか持ってるよね?」
各クラスから一名選出される実行委員は、大会の運営に必要なため、そういう用紙か何かを持っているはずだった。
球技大会当日までの一ヶ月間で、情報収集が必要な敵に効率良く的を絞るため、僕はそのデータが欲しかった。
「はぁ?それがなに?アンタがそんなの見たってどうしようもないっしょ?つーか意味わかんないしキモい」
そんなクソデカい爪つけたってどうしようもないっしょ?つーか、意味わかんねーし。とんがりコーンでもつけとけばよくない?あとキモいっていう方がキモいから。
などと思っても、どうしてか口に出てこないのが僕という男である。
「ご、ごめん……」
くそが、お前みたいなアホこそ見たってどうしようもないだろが。
大人しく頭脳明晰な僕にデータを託せばいいものを……。
氷織に時間があったら松原からデータをもらっておくようメッセージで頼んでおくか。カーストトップの彼女の言うことならこいつも聞くだろうし。
どうせリストアップは氷織にも手伝ってもらおうと思ってたしちょうどいいや。
「ねぇ、どこ見て謝ってんの?」
「ご、ごめ……」
うるせぇな。今気になってる生徒の動きがちょっと見づらいから50センチくらい横にずれろ、アホギャルが。
「はぁ。別にいーけどさ、燐くんとかあまちの手を煩わせるのだけはサがるからやめてって感じ」
平謝りする僕に、取り巻き女子がクスクスと笑っている一方で、松原は呆れたようにそう告げると、成瀬と潮海の方を向いた。
「二人とも早くこっち戻ってきてよね。二人と練習したいって子、他にもたくさんいるから」
それだけ告げて松原は取り巻きと共に練習に戻っていった。
「はは、瑠衣子のやつ、なかなかキツい言い方してったな。傷ついたか三咲?」
ニヤニヤと揶揄うようにそう言う成瀬になぜか潮海が呆れ顔で答える。
「そんなわけないでしょ。こいつずっと練習風景と携帯しか見てなかったもの。少しは言い返すなりなんなり真面目に喋ったらいいじゃないの。るいるいに失礼でしょ?」
この状況で僕が怒られる理不尽さに文句を沸かせる暇もなく、観察していた生徒の情報を整理するため、僕の頭は回転していた。
右利き。サーブの成功率は現状およそ7割。
今日の打ち込みは右手前と右奥だけ。打つ前に視線を送っていた方向とほぼ一致。クロスに打つのは嫌いっぽい?
「ふむ……」
顎に手をやって、考えるのポーズをしつつ、アプリに気づいたことをメモしていると、
「三咲くん。何してるの?」
「うわっ」
突然背後から、顔をぴったりと寄せてきた金髪の少女につい、驚きの声が漏れた。
「ひ……あ、有栖川さん……な、なんでここに」
「あ、ひおりん。どうしたのよ?バスケは第一体育館で練習でしょ?」
「えーっとね。三咲くんがぎゅーしにきてって連絡くれたから。ぎゅーってしにきてあげたの。ねー?」
そんなことは一切頼んでないのだが。
松原に関する頼みについては時間が空いた時でいいと送ったはずだが、恐らくそのメッセージを見て速攻でこちらに向かってきたのだろう。
早いに越したことはないのでありがたいといえばありがたいが。
「は、はぁ?じょ、冗談でしょ!?」
「うん」
「……」
氷織がからかうようににこりと笑うと、潮海がじとっとした目で氷織の頬をつねっていた。
そんな光景に成瀬が笑って言う。
「はは、動揺しすぎだろ。だいぶわかりやすい嘘だと思ったけどな」
「……燐にはわからないわよ」
そっぽを向いて漏らされた呟きを成瀬は見逃さなかった。
「ほー……雨音。ずっと気になってたんだが、どうしてお前は最近三咲に構うんだ?クラスで孤立してるやつの世話を焼く
「ふん……悪かったわね。ひおりんみたいに完璧じゃなくて」
「いや、純粋な疑問だって。お前の上ばっかり見てるところ、俺はすげー好きだぜ?」
「そういうのいいから」
「……お前と有栖川はさすがに固いよなぁ」
あしらうようにそう言われた成瀬はつまらなそうに頭を掻いた後、目つきを変えた。
「で?質問には答えてくれよ。面白いことだけは逃す気ないぜ?さっきも瑠衣子に色々言われた三咲に対して、哀れみや心配じゃなく、もどかしさを感じてるように見えたぜ?」
成瀬の力の入った声音にはさすがの潮海もあしらうことはできず、目を逸らして口を開いた。
「……それは……あいつがムカつくから……借りも……あるし」
「……へぇ……」
満足したように成瀬が考え込むのを見て、潮海が今度はこっちの番と言わんばかりに詰め寄る。
「燐こそ、随分三咲ををかまってる気がするわ。ふふ、もしかして、以前にあの駄々っ子の機嫌でも損ねたのかしら?」
「駄々っ子……ねぇ。くく、雨音、もしかしてお前もか?」
「え……本当にこれが通じるとは思ってなかったんだけれど。私とひおりん以外にも相手がいるなんてとんだビッチね」
「俺の語彙じゃ突っ込みきれない情報をどうも。しかしなるほど……有栖川もか……なんか色んな疑問が解決してきた気がするぜ。くくっ、やっぱりあいつには興味が尽きないなぁ」
「ふん……生意気なだけよ」
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