第49話 始動

家で色々あってから数日。


放課前のホームルームにて、時迫りし球技大会について、担任の女教師から通達がなされた。


「最後は来月の球技大会についてですね。希望種目の用紙は実行委員の松原さんが持ってるから、決まった人からどんどん報告していってくださいねー」


「せんせー。未だにあたしが実行委員なのに納得いきませーん」


「はーい、くじ引きなんだから文句言わないでくださいねー松原さん」


松原瑠衣子に全てを任せ、担任教師が先に教室を出て行くと同時に、皆、球技大会について話し始めた。


「おい燐。何の種目に出るよ?同じやつに出るだろ?」


「やるかー。所属部活と同じ競技には出れないからなー。どうするか」


早速、逆巻と成瀬がつるんで会話を始めると、そこにズカズカ潮海が踏み込んでいく。


「ちょっと。一人いれば十分一位狙えるあなた達が同じ種目なんて許されるわけないでしょ。クラスの総合成績で優勝が決まるんだから」


「るせぇな。俺らが勝ったって他の雑魚が見合う働きするとは限らねぇんだからいいだろ」


「んー、まぁ、部活の先輩の話じゃ優勝は例年通りならスポ薦集めた特進クラスが持っていくって話だしなぁ」


成瀬の言う通り、うちにはスポーツ推薦で入ってきた学生を一箇所に集めているクラスがある。うちの高校は区内でも偏差値がトップクラスのため、運動だけで高校に入ってきたようなバカは、確実に勉強についてこれないからだ。


その点、逆巻と成瀬はそっちのルートをわざわざ蹴って入学してきているという噂だ。


ある意味さらなるバカとも言えるが、まぁその辺は認めてやらないでもない。


「貴方達だってできるんなら勝ちたいでしょ?わざわざ可能性を潰すことないじゃないの」


「まぁそりゃそうだが、雨音。そうなるとお前も有栖川と組むのは禁止だぜ?」


「は?何でそうなるのよ。私とひおりんはニコイチなんだから。勝手なこと言わないでちょうだい」


「おい燐。こいつ頭おかしいぞ」


「やめとけ修斗。突っ込むとまたうるせーぞ?」


「……何か言ったかしら?」


「だめだよあまち。今回は私達も別れて、しっかりクラスが勝てるようにしなくちゃ」


潮海の理不尽な物言いに、逆巻と成瀬が呆れていると、そこに氷織が入って潮海をたしなめた。


その声は存外真剣で、少しだけ潮海が気圧される。その意味を潮海達が知る由はない。


「……うぅ。わ、わかってるわよ。軽い冗談じゃないの」


「はは、今回は珍しく雨音の方が怒られたな」


「りんりんとさかまもこっそり組んだりしたらだめだからね」


「はいはい」


そんな氷織の忠言に、成瀬はひらひらと手を振って受け流し、逆巻は舌打ちと共に、事前に配布された種目の一覧が載っている用紙を黙って睨んでいた。


「うーん、しかし、修斗と組まないってなると面白みがなぁ……行事はちゃんと楽しみたいし……」


成瀬は少し考え込んだ後、ふっとこちらに視線を向けて、


「三咲ー、俺お前と同じの出るわ」


なんでもないようにそんなことを言ってくる。


球技大会など、真面目に出るつもりはなかったのに、あわよくば球技大会の欠席を勝ち取るきっかけにしようと思っていた足の怪我はあっさり完治してしまった。


そうでなくても、普段ならクラスの余り物競技に細々と参加して一回戦負けの後にどこかで自由に時間を潰す算段を立てるところ。成瀬と組むなど以ての外。


けれど、今回は事情が違った。


こんなクソみたいな学校行事に本気で取り組まなければならない理由ができてしまったから。


『(氷織)つきくん……一緒に……頑張ろうね』


そんなメッセージアプリの最新の通知を見つつ、考える。


球技大会で総合一位獲得を狙うにあたって、僕のような戦力の低いやつと最強戦力の成瀬が組むのは効率がいい。


クラスメイト達の少し訝しむような視線を無視して、答える。


「い、いいよ、い、一緒に……出よう」


「ほぉ……嫌がられるかとも思ったが……本当にいいんだな?」


成瀬が気を遣うように、小声でそう聞いてくるが、しっかりと頷いておいた。


「燐、お前はそんなやつの何が気に入ったんだ?いままでそういうタイプに深入りしたことなんてねぇはずだろ」


「うーん、まぁ、そうなんだが……顔が気に入ってな」


ニヤリと冗談っぽく答えた成瀬に逆巻は吐き捨てるように、言う。


「ふん……答える気がねぇならいいさ。だったら俺は邪魔の入らねぇ個人競技に出る」


「なっ、修斗。あなたは集団競技で優勝を狙いなさいよ。クラスに入る得点も大きいし、その方が運動できない人を引っ張れるでしょう」


「足手まといがいたんじゃ特進共に勝てるかわかんねぇだろ。その点、俺一人ならまず負けはねぇからな」


「さかま……」


「有栖川、そう何度もこの俺に命令できると思ってんなよ?俺の方が実力が上なのに、足を引っ張れて負けたんじゃ気が済まないからな」


潮海の言葉を強めに封殺した逆巻は氷織の声も聞き入れる気はないようだった。


逆巻の野郎。氷織が大変な時になんて自分勝手な奴だ全く。


「勝てるかわかんない戦いするからおもしれーんだろ臆病者が。勝手な理由でこっちの邪魔してんじゃねーぞタコ」


総合一位狙うのなら逆巻が集団競技に出ないわけにはいかない。誰かあのバカを説得してほしいものだ。


「……あぁ?」


逆巻の冷たく凄むような声音に、周囲が静まり、クラスの多くがびくっと肩を跳ねさせた。


ちなみに僕の肩はびくびくっと跳ねていた。


あいつまじ怖い。


誰だ逆巻を怒らせたアホは。


「ぷはっ……」


その中でもいつも通り豪胆に噴き出すのは成瀬一人だけ……に見えたが、


「ふっ……」


潮海がなぜか僕の方を見て、小さく笑っていた。


僕がびくびくと周囲を確認する様子を見て、成瀬はさらに笑みを深め、潮海はクスッと吹き出してた。


腹立つなこいつら、ボコボコにしてやりたい。


「おい燐。今喋ったのお前か?」


「くくっ、俺の声にっ、聞こっ……聞こえたか?」


「いや……だがお前ぐらいしか……」


逆巻が教室を見回すが、誰も目を合わせようとしない。


唯一、僕の隣の席の吉田がアホ面で逆巻を見ていたせいで、無駄にメンチを切られていて、かわいそうだった。


僕はといえば、突然送られてきた氷織からのメッセージの意味を考えるのに忙しかった。


『(氷織)つきくんが一緒なら……私……安心……だね。でも……危ないことは……だめ』


そりゃ氷織の手伝いをすると約束はしたが、まだ僕は作戦を練っているところで何もできていないというのに。気の早い奴だ。


「誰が粋がってんのか知らねぇが……俺がビビってるっつったか?名乗りもしねぇ真の臆病者のテメェと一緒にすんなよ?」


逆巻は目を細めてそう言い放つと、クラスメイトに囲まれ出場競技の申告を受けていた松原の方に向かった。

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