第45話 嵐が去って


「つーちゃんのことで知りたいことがあったらなんでも聞いてちょうだいね!」


「ぜひ……お願い……します」


二人のアルバム鑑賞中、なぜかリビングのダイニングテーブルの横に座らせられた僕が小っ恥ずかしさから目を背けるために、必死でソシャゲの周回をしていると、いつの間にやら二人は連絡先を交換してしまった。


三咲家のアルバムを眺め始めると、氷織は母さんの長ったらしい話にも困惑するどころか、目を輝かせて細かく質問していくものだから二人はすっかり打ち解けてしまったのだ。


そしてそのタイミングで、母さんの携帯に電話がかかってきた。


「あら……仕事先からね。どうしてこのタイミングなのかしらねぇ」


母さんはにこにこしながらそれだけわかれば十分と言わんばかりに、電話に出ることもなく、ぶつんと切ってしまった。


「ちょ……母さん」


「いいのよ。緊急の用事で、どうせ一度職場に出向かなくちゃなのはわかってるし。二度手間になるもの。家でお仕事の話なんてしたくないわ」


さすがにまずいだろと嗜めてみるが、母さんは吐き捨てるようにそう言った。


「だからつーちゃんごめんね。ママ、ちょっ〜と職場に戻らないといけなくなっちゃったから」


「それは気にしなくていいし、お疲れ様だけど……あれはそのままでいいの?」


時刻は既に夜の8時。こんな時間に呼び出しをくらいながらも一応仕事はしっかりやるらしい母さんを労いつつ、僕が指差したのは台所の方だ。


母さんが夕飯を作っている途中で氷織のことがばれてしまったため、切りかけだったり、水に浸したままだったりの具材やらが、シンクに散乱していた。


「あー、ひーちゃんに夢中ですっかり忘れてたわねぇ。つーちゃんはお料理できないし……」


結局この場の全員が夕飯を食べ損なっている状態である。母さんは出先でどうにかするのだろうけど。


僕は氷織の分も含めて、何か出前でもしておくか、あるいは……


「……」


ちらりと氷織の方を見ると、既にこちらを向いていた彼女が優しく微笑んだ。


そして母さんに向き直って言う。


「あの……私が作っても……いいですか?」


「あら!ひーちゃんお料理できるの?」


「当たり前だろ。氷織の料理は見ただけで美味しいのがわかるし、匂いを嗅いだら幸せが入ってきて、食べたりなんかしたらもう……」


「あらぁ?なーんでつーちゃんがそんな自慢気に答えるのよ?」


「え……?あぁ……」


確かになんで僕がイキってんだろ。つい、言葉が溢れてしまった。


「つきくん……う、嬉しいけど……恥ずかしい。あんまり……言わないで?」


「……ごめんてば……」


氷織がもじもじとそんな風に追い討ちをかけてくるから、僕は自分の失態を反省するのだった。


「好き嫌いばっかりのつーちゃんがここまでいうなんて……あ、もしかして最近、たまにうちに置いてある料理って……」


「……と、とりあえず安心して仕事行っていいから。頑張って母さん」


そして母さんが無駄に頭を回すもんだから、僕は力づくで見送り体制に入ったが、母さんは玄関に出る寸前に氷織に向き直った。


「ひーちゃん」


「はい……?」


「ひーちゃんがいたら、私すっごく安心よ。家のもの、なんでも好きなだけ使ってくれていいから、月夜のこと、お願いね」


「……はい!ゆらさんの分もちゃんと……作って……おくので」


「あらあら!ありがとうひーちゃん!私お仕事頑張ってくるわ!!行ってきます二人とも!!」


氷織をみて、霧夜ねぇも母さんも同じように安心だと言うような態度をとる。


そんなにも僕は二人から見て誰かがついてないと不安になるような男だったらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……やっと静かになった」


「……楽しかったね?」


心底疲れたように息を吐くつきくんに、私はそんな風に声をかけてみた。


「僕は恥かいただけなんだけど。せっかく今まで頑張って隠してたのに……霧夜ねぇには今度めちゃくちゃ文句言ってやる」


「つきくんの家は……楽しそうでいいな」


つきくんはむっとしていたけれど、私は本心からそう思った。


つきくんのお姉さんはとっても美人さんだったし、ゆらさんは少し子供っぽくて可愛らしい、つきくんの納得のお母さんって感じの人だった。


今度つきくんのママになったりお姉ちゃんになる時は参考にしなくちゃ。


昔のつきくんの可愛い写真もたくさん見れて幸せだったな。


お姉さんは今はあんまり家にいないみたいだけど、あんな二人の間につきくんがいて、きっと毎日幸せなお家だったんだろうな。


私のお家じゃ絶対見られない光景だから、つい憧れが言葉に乗ってしまう。


「まーた羨ましがってんのか。母さんも霧夜ねぇも、氷織がいたから楽しそうだっただけだよ。また楽しみたきゃ何回でも会えばいい」


つきくんはそんな風にすぐに嬉しいことを言ってくれるけれど、やっぱりちょっと不満そうなお顔。


学校嫌いのつきくんからしたら、学校での私を羨ましいとか思ったり……するのかな。


わがままさんに見えちゃったのかも。


「……いいの?」


そんなことを考えて、遠慮がちに聞いてみるけれど、


「いやだよ?僕が恥かくだけだし」


つきくんからはいつもそんな風に想定できない言葉が返ってきてびっくりしちゃう。


「えと……どっち?」


「僕がいないとこならいいよ。また揶揄われるのはもうごめんだからね」


「じゃ、じゃあつきくんには……内緒?」


「なんでだよ!僕がいないとこでコソコソすんな!」


「ど、どうしたら……いいの?……わがまま……なんだから」


私よりもつきくんはわがままさんだった。


つきくんの言葉に振り回されて、私は困った顔をしてしまうけれど、そんな風に私を困らせてくれるところも大好きなの。


梯子をかけたり外したり、いつも感情を乗せて話すつきくんは、矛盾ばっかりなのに、真っ直ぐで心地いい。


本当の私とお話してくれるだけでとっても嬉しいけど、きっとこんな風に楽しくて嬉しい会話ができる男の子は学校中探してもいない。


人気者の逆巻くんや成瀬くんにだって絶対できない。


だから他の女の子にはつきくんの魅力に気づかれないようにしなくちゃいけない。


「うるさいなー。別になんでもいいけどさ……」


どうやら、つきくんが言いたかったことは別のところにあるようだった。


つきくんが言い淀んでるってことは、言うのが恥ずかしいことなのかな。


遠回しにずっとそれを伝えたかったみたいだけど、私は気づいてあげられなかったのかも。


「……僕は……氷織と二人の方が楽しいんだけど」


「……!!」


つきくんのことをわかってあげられなくて、気持ちが沈みそうになっていたところだったのに、吹き飛んでしまった。


この言葉の意味は、どういう……ことなんだろう。


二人で一緒にいるのが一番楽しいんだから、何も羨ましがる必要なんかないでしょって、そう言いたいの?


ずっと一緒にいてくれるの?


それとも単純に私がお姉さんやゆらさんと楽しそうにしちゃったからちょっぴり拗ねちゃってたのかな。


わからない。だめ。嬉しい。ずるい。可愛い。好き。


「……うぅ。そ、そっか……ごめんね?」


好き好き。早く私のものになって。早く私を欲しがって。


つきくんのこれは私だけに向けられる感情なの。私だけのものに決まってるの。


「いいよ」


「……!な、何が?」


「は?」


「あ……ううん。な、なんでも……ない」


つきくんは私が謝ったからなんでもないようにそう答えただけなのに。変なこと……考えちゃった。


だめ、早く何か行動しないと、何か変になっちゃう。


「あ、あの……私……ご飯作ってあげるね。ゆらさんにも……頼まれちゃったし」


「ん……ありがとう。氷織の料理食べられるのは嬉しいから、楽しみにしてる」


「う、うん……頑張るね?」


いつも裏腹な態度ばかり取るくせに、こういうことは素直にはっきり言えちゃうの……ほんとにずるい。


つきくんのお世話ができる幸せを飲み込みながら、お料理のことに思考を移していく。


台所のシンクに既に用意されているものや、まな板の上に置かれているもの、少し手がつけられている食材を見て、ゆらさんが何を作ろうとしていたのかはすぐにわかった。


それ以前にわかりやすく、カレーの素の箱が置いてあったから。


カレー。


つきくんは子供舌なところがあるから、カレーが好きそうなイメージもあるけど、たぶんどちらかというと好き、くらいのお料理だと思う。


見せてもらったアルバムにカレーを食べてる写真があったけど、そんなお顔だった気がしたから。


(嫌いなお野菜とかは……省いて食べたりしそう……だけど)


さすがはつきくんのお母さんと言うべきか、シンクの上にはうずらの卵やマッシュルーム、お肉が多く準備されていて、お野菜は添え物程度の量しか切られていない。


玉ねぎは必須だと思うけど……用意されてない。


つきくんが嫌がるものは私もあんまり入れないようにしてあげたいけど……好き嫌いばっかりなのはつきくんの体によくない。


どうしたらつきくんに美味しいって思ってもらえるかな。


玉ねぎは、極小の浅く細かい切り込みを入れて、横から削ぎ取ってあげたものならつきくんは食べられる。


入れすぎないように注意してあげなくちゃだけど。


お肉はカレー用のお肉が用意してあるけど、たぶん焼肉用のお肉とかを入れた方が、つきくんの好きな味になる気がする。


ローリエとかは……さすがにないかな。


つきくんが葉っぱ入ってるって怒るかもしれない。でも、つきくんは頭がいいからそれくらい知ってるかも。


今回はゆらさんにも頼まれてるし、冷蔵庫の中もある程度思い切って使っちゃっていいのかな。


冷蔵庫の中を確かめながら、うまくアレンジに使えそうなものを取り出していき、準備を終え、取り掛かろうと、邪魔になる髪を結い上げようとして、


「……」


やめる。


手を洗って、少しだけお野菜を切った後、声を出してみる。


「あの……つきくん……ちょっときて」


「足痛いからやだ」


「あぅ……」


そ、そうだった。無理させちゃだめ。私のばか。


「なに?」


そう思ったのに、気づくとつきくんは不思議そうな顔でこちらまで来てくれていた。


やっぱりつきくんはずるい。これだけで嬉しくなっちゃう私はおかしいのかな。


「えっとね……また、髪の毛結ぶの……忘れちゃったの」


「またかよ……」


「あ……あとエプロンも……」


無理させちゃだめなのに、今は甘えたい気持ちが勝ってしまう。


ごめんねつきくん。無理しないでね。


「わかったよ。全部してあげるから待ってろ」


「えへへ……ありがとう」


つきくん。嘘ついちゃってるのも本当にごめんね。でも、こういう嘘だけは許してほしいな?





今日もたくさん……日記が書けそう。

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