第43話 置き土産

「……大声で別の曲を歌って揺さぶり……いや、もういっそ直接操作の邪魔をしてやろうか……」


結局、音ゲーで勝負を挑んでみたのだが、普通の対戦ゲームよりも圧倒的な敗北をきっした僕が不貞腐れつつ、次に勝つための作戦をメモっていると、


「つきくん……最近……学校はどう?」


何が気になったのか今度は僕のデスク回りの掃除を始めた氷織がそんなことを聞いてくる。


「母さんみたいなこと聞いてこないでよ。いつも通り学校なんてクソだよ」


友達いない奴が学校を好きになんてなれるはずもない。


「そっか……」


学校が嫌いなのは今に始まったことではないので、予定調和の如く答えてしまったが、氷織が少し残念そうな声を漏らすので、調子が狂う。


「あぁ……その……氷織が仲良くしてくれるから……最近はあんまり行きたくないとか……思わなくは……なったけど」


「ほ、ほんと?良かった……辛いことあったら……いつでも私に……言ってね」


「ん……でも……それはお前もだからね」


そんな風に言ってくれるのは嬉しいから、僕もその嬉しいを返さずにはいられないのだと思う。


「氷織は最近どうなの?他の連中との遊びはうまくやれてるの?」


「うん……つきくんが……本当の私と……たくさんお話してくれるし……私が何回メッセージ送っても……すぐに見て……かまってくれる……から」


「そう。じゃあ久々に手首チェック。見せて」


最近はこうして思い至ったときに、氷織が常に袖を余らせて隠している手首をチェックしている。


彼女の身体を案じているというのが建前だが、本当のところ僕の知らないところで彼女が病んでいるとしたらそれが途轍もなく不愉快だというだけである。病むなら常に僕の前だけにして欲しい。


傷の詳細を一つ一つ問いただせば、好きでもないものを好きなフリをしてしまったとか、楽しくないのにたくさん笑ってる自分が気持ち悪いとか、嘘ばかりで自分がわからなくなってしまったとか、全てが既に僕とのメッセージアプリで垂れ流されてる内容のことだとわかる。


かといって急に僕の家に来たかと思ったら意外とけろっとしていたりして、困惑することもあるので、こうしてまとめ精算のようなことを始めてみたのだ。


「ゃん……」


僕が手首を少し強引に取ると、いつも氷織は変な声を漏らすが、彼女の手首の情報量は、それを上回るので、気にしたことはない。


だが、今回はむしろその情報が少ないと言う情報に逆に困惑してしまった。


「あれ……最近はもしかして0回?」


「え……えへへ。つきくんのプレゼント……嬉しくて……そのこと考えてたら……とっても調子が良かったの」


「そ、そう……。だ、だからって毎週プレゼントしたりとかしないからね」


「ん……今度は私が返す番……。今日は、つきくんが……前からやりたがってたこと……してあげる」


「何それ?」


「お医者さんごっこ……してあげる」


「僕がいつそんなことしたいなんて言った?あ?」


「え……?前にマホヤミの新しく出てきた……高校生でお医者さんのミオザくんが……かっこいいって……」


「そ……それは……言ったけど」


「私の手首チェックするようになったのも……それから……だったし」


完全に図星だった。氷織もマホヤミを追っているのはわかっていたが、まさかここまで的確に心理を言い当てられるなんて。


「き、気づいてたんなら言ってよ……」


かっこいいキャラの真似をしている時は自分もかっこよくなったような気分になれて大好きだが、その元ネタが割れた途端にこんなにも恥ずかしくなるのはどうしてなんだろう。


「ごめんね……可愛いかったから……」


「くそが。すぐ僕を馬鹿にしやがって」


「怒らないで?ほら……聴診器」


「どっから持ってきたんだよこんなもん」


「私のお家に……あった」


「あっそ。別にお医者さんごっこなんてしないから、持ち帰ってどうぞ」


「……しないの?」


「しないよ。お前胸大きいから絶対どきどきさせられるの目に見えてるもん」


ぼくがいくつラノベのお約束展開を見てきていると思っているのだ。そりゃそういう展開は好きだけど、自分がそうなるなんて考えたら恥ずかしすぎる。


「あ……うぅ。つきくん……悪い子。えっちなこと……考えちゃったの?」


「考えてないよ。まだ……」


「んぅ……変なの」


氷織が少し拗ねながら、僕の言い草を揶揄うようにそう呟いた。


「ど、どっちにしろそろそろ今日は時間だし、帰りなよ」


妙な空気に耐えられず、そう言うと、氷織が時計を確認し、小さく声を漏らす。


「……もうこんな時間……だね。つきくんのお母さん帰ってくるまで……いい子にしてないと……だめだよ」


「わかってるよ。誰目線なんだお前は」


保育園の先生みたいなことを言い出す氷織に突っ込みつつ、彼女を廊下へ促すため、自室の扉を開けてやろうとしたが、怪我に響くから見送りはいらないと言われてしまった。


しかし、僕の部屋を出ようとした氷織が、扉の前で不可解な声を漏らす


「あれ……?」


「どうしたの……?」


「ドアが……開かないの……」


「え……」


なんだ、どうなってる?僕の部屋のドアには鍵とかついてない。ごく普通のドアノブのレバーハンドルを下ろして開くタイプだ。


開かないなんてことは起こり得ない。


氷織の様子を見るに正確に言えば扉が開かないと言うよりは、そのドアノブが下がらないと言う状態のようだ。


ドアノブが下がらないってことは反対側に何か障害物があるのだろう。


「……外側からドアノブのギリギリのところまで箱か何かが積んであるんだと思う」


「え……でも……そんなこと誰も……」


そんな氷織の疑問に答えるかのように、僕の携帯がメッセージの通知音を伝えてくる。


『(霧夜ねぇ)ひおちゃんのこと、お母さんにもさっさと伝えて、外堀埋めちゃった方がいいよ』


霧夜ねぇからのそんなメッセージだった。


「余計なことを……」


そうか、大人しく母さんが帰ってくるまで待って、氷織のことを自分で話せってのか。くっそ、一緒に秘密を共有してくれるって信じてたのに。あのマザコンめ。


まごついている間に、一階から玄関がガチャリと開く音がした。


「ただいま〜」


母さんの声が僅かにここまで聞こえた。僕の所在を確認するべく、階段を登ってくる音が聞こえる。


「つーちゃん?部屋にいるの?」


「ま、まずい……ひ、氷織、とりあえず、どっか隠れて」


「ど、どこかって……」


「早く!」


「う……うん。つきくんの……べ、ベッドの中でも……いい?」


「どこでもいいよ!はやくはやく」


僕が急かすと氷織がそっと僕のベッドの中に潜り込んだ。


「つーちゃーん?あら、何かしらこの箱」


母さんが部屋の外の障害物に気を取られている間に、軽く氷織と作戦の擦り合わせをする。


「僕がうまく母さん誤魔化すから、隙を見て氷織はバレないように出ていって」


「すん……」


「氷織……聞いてんの?」


「……ぅん」


氷織の返事が微妙なのは布団の中が息苦しいからだろうか。申し訳ないが我慢してもらうしかない。


「あら、つーちゃん?どうしたの部屋の中で突っ立って」


母さんが変わらずノックもなく部屋に入ってきた。


「リ、リハビリ的な?ちょっと足痛くて」


「あら、大丈夫なの?病院行く?」


「だ、大丈夫だよ。軽く捻っただけだし、処置はしてあるから。多少は歩けるし」


「ならいいけど……ちょっとでもおかしいと思ったらすぐ言うのよ?」


「わかってるよ」


足に関しては本当に特に問題はないので、適当に流しておく。今はとにかく普段通りの流れに持っていくことが最優先だ。


「それで……なんだか外に色々積んであったけど……」


「霧夜ねぇが帰ってきて僕に悪戯して出てったんだ。助かったよ」


「あら、まだあなたたちそんな遊びしてるの?いい加減やめなさいな」


「う、うん。ご飯作るでしょ?下降りようよ」


とりあえずこれで、日常通りの流れに持っていけるはずだったが、


「んー」


「ちょ、なんで部屋入ってくんの?」


なぜか母さんは僕の声を話半分に、スタスタと部屋に入ってくる。


「なんでって、つーちゃんの部屋もお掃除とかしないとだし」


あーくそ、今日は掃除したい日か。間の悪い。


だが、それでも問題ない。


「だ、大丈夫だよ。綺麗になってるだろ」


最近は氷織がちょこちょこ掃除してくれるので、ゴミがないのを言い訳に母さんを部屋から追い出すことができるのだ。


「……確かに最近綺麗にしてるのよね。つーちゃんお掃除なんて自分でできないはずなのに」


「僕だって掃除くらいするさ。ほら早く下降りようってば。今僕一人じゃちょっと厳しいんだから」


手すりに腹ばいになればこのくらい余裕だが。


「あらあらそうね……」


母さんは疑問の抜けきらない顔だったが、そんな感じでどうにか言葉を重ねると、僕の言うことを聞くことを優先してくれた。


このまま、母さんに夕飯を作ってもらえれば、その間に氷織が抜け出してくれるはずだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『(三咲)氷織、今ならバレずに出れると思う。うまく抜け出せそう?』


母さんが本格的に夕食の準備に取り掛かかったのを見計らい、氷織にメッセージを送った。


しかし、いつもなら瞬間的に既読をつける氷織が、珍しく数分も未読状態だ。


くそ、なんかモヤモヤするな。何してんだあいつ。

メッセージアプリとホーム画面を無駄に行き来してモヤリティをぶつけていると、僕の様子をじっと見ていたのか、母さんが声をかけてくる。


「つーちゃん。最近ママに何か隠し事してる?」


母さんは喋り方はアホそうだが地味に頭は回るタイプだ。ご飯の支度というルーティンをなぞることで冷静に考え事でもしやがったか。厄介な。


「してないよ」


なるべく自然に否定するが、疑い始めるとかなりめんどくさいのがうちの母親の特性である。


「絶対してる。最近ちょっと色々様子がおかしいと思ってたのよ。朝起こしてもあんまりグズらなくなったし。携帯電話いじる時間も増えてるし。ママが帰ってくるとちょっとせかせかしてることも多くなったわよね?」


「うるさい」


とにかく一蹴して、会話をぶった斬る方向で作戦を固めるが、母さんは少し僕の言葉に傷つくような素振りをして、なおも言葉を続ける。


「ま、まさか……新しいママでもつくったの!?」


「つくるか!頭おかしい疑い方してんじゃねぇ!」


「ママの何が不満なの!?」


「不満なんか一つもないわ!黙れ!」


「あら嬉しい!じゃあ、ママのこと大好きなつーちゃんなら正直に話せるはずよね?」


「むり」


「「……」」


急に機嫌を悪くしたり良くしたりを繰り返しながら、ふざけたことを言ってくる母さんの言葉を蹴り飛ばし続けていると、数秒謎の沈黙が起き、


「うわ〜ん。つーちゃんのバカ!」


母さんが袖を濡らして二階へ続く階段を登っていった。


「あ!ちょっ、なんで二階に……」


「どうせお部屋に何かあるに決まってるんだから。ママ、自分で見つけちゃうからね!」


「や、やめてよっ。おい!……くそ」


母さんの突発的行動に遅れて反応し、手すりに頼りつつ、ゆっくりと僕も二階へ母さんを追いかける。


だ、大丈夫だよな?


隙はしっかり作った。返信はなかったけど、きっと氷織はもう僕の家を出ているはず。


そう願いつつ、自室の扉を開く。


「……」


部屋には僕のベッドの前で呆然としている母さんと、


「……んぅ」


僕の掛け布団をもみくちゃに抱きしめて安らかにに眠る氷織の姿があった。


「つーちゃん……た、大変。う、生まれたてのつーちゃんと同じくらい可愛い女の子がっ……つーちゃんの大事なお布団に……」


あー、終わったわ僕。

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