第40話 思わぬ気がかり
——うちの女神様二人は優しすぎるんだ。
——俺の二大天使を好き勝手に利用しやがって。
——イタタタ、あ、足が、足が痛い気がするな。
——コロス。
氷織と潮海に支えられて教室に戻った僕がクラスメイトからどう見られたか、みなまでいう必要はなかろう。
席から動くこともできず、僕は放課後までの時間を死刑囚よろしく、顔を伏せて待ち続けた。
そして現在。
ようやく放課後に至るのだが、一つ問題がある。
帰宅の困難という問題である。
こういう時、普通なら親なり親戚なりが迎えに来てくれるものなのだろうが、生憎僕の母さんは仕事。父さんは連絡がつかないどころかどの辺りにいるかすら不明だ。
姉に車で迎えに来てもらえないかと、何度か電話をしてみたが、当然出やしない。
一応メッセージも入れてみたが姉は一日以内に既読がつくような人間ではないので恐らく無駄に終わるだろう。
すぐに動ける親戚もいない。
さて、どうするか。
他のクラスメイトの手を借りるにしても、ほとんど話したこともない僕のような陰キャのお願いなど誰も聞いてくれないだろうし、聞いてくれたとしてもめちゃくちゃ気まずくなるに決まってる。
僕だって願い下げだ。
そんなことを考えていると教室内でいやでも耳に入る声が複数。
「おーい修斗。今日サッカー部うちのグラウンドで練習試合だから助っ人入ってくれよ。二軍チームの面子が足りてないんだ」
「あー、今日はバスケ部に呼ばれてるから無理だ。じゃあな」
「げ、マジかよ」
「燐くーん、試合応援行くからさー、終わったらちょっと校内であの子達探して見ようよ」
「お、瑠衣子。今日も行くかー。つっても俺は男の方は既に見つけてるけどな」
「え!?そうなの?何組!?」
「はは、まだ秘密だ」
「えー、なんでよ?あのムカつく奴、絶対躾けてやんないと気が済まないんだけど!」
「だってお前そっち見つけたら、女子の方一緒に探してくれないだろ?男だけで女子探し回ってたら色々不都合なんだよ。瑠衣子だけが女子の方を見つけた時に俺に隠されても困るしなぁ」
「そ、そんなことしないけど……じゃーあの綺麗な女の子見つけたら、そいつのこと絶対教えてもらうからねー」
成瀬と松原が言ってるのはもしかしなくても僕と氷織のことだろう。
いつの間にか松原の奴にここまで目をつけられていたのか僕は。成瀬の奴がいつまで隠してくれるかもわからないし、また憂鬱なことが増えた。せめて氷織のことだけはバレないようにしなければ。
逆巻が教室を後にし、続いて成瀬と松原がいなくなると、今度は氷織と潮海の声がよく聞こえる。
「あまち、私今日は……」
「わかってるわ。どうせ三咲を送っていくとか言うんでしょ」
「あれ?怒らないの?」
「ま、あの足じゃ一人で帰るのは大変そうだものね。私は陸上部に顔出してくるわ。るいるいはさぼるみたいだけど」
てっきり氷織が僕に構うのを阻止してくるかと思ったが、案外潮海も僕の足を気遣ってくれているらしい。
「三咲、私に逆らうのは勝手だけど、ひおりんの言うことはよく聞くのよ。ひおりんに変なことしたら許さないから」
最後尾の僕の席の背後を通る瞬間にそう言い残して、潮海が教室から出た。
ということでこのままだと僕は氷織の助けを経て帰宅することになるわけなのだが、当然少数ではあるが、残った教室内の人間達の注目を浴びてしまうわけである。
助けてくれるのはとてもありがたいし、感謝しなければならないことだ。こういうときにたった一人でも、学校で頼れる存在がいるということは僕にとっては奇跡のようなことで、本当は嬉しい。
けれど、氷織がいるから大丈夫……氷織さえいれば……そんな風に考えちゃ……ダメだから。
僕はどうにかして氷織の手を借りずに帰宅する方法を検討していた。
結局無駄になってしまいそうだが。
氷織は潮海が帰るのを見届けると、僕の方に寄ってくる。
「少しだけ……待っててね」
それだけ一瞬囁くと、氷織は教室から出ていってしまった。
すると、今度は別の意味で教室内の少ない視線が僕に注目が集まる。
それは、ついに女神にも見捨てられたのかと哀れみを含んだようなものにも感じられた。
そんな中で少し太った少年、氷織が確か細川くんとか言ってたか。彼と視線がぶつかるが、気まずそうに逸らされる。
彼は数人の友達らしき人間に呼ばれ、僕のことなんか見なかったかのように少し嬉しそうな顔をしながら教室を出て行った。
彼もただの被害者だし、助けてやったろお前、みたいなことは特に思わない。
けど……彼も気の合う奴といる時はあんな顔をするのか。ぼっちの僕なんかに構わず、自分の居場所を守る方がよほど重要で正しいことだ、頑張って欲しい。
そして数分もしないうちに、僕を放置しておくことに対する引け目かその類いの何かから逃れるように、残っていた生徒達も次々と教室から出て行った。
「……」
僕ってガチでぼっちなんだなぁ、なんて軽くしみじみしつつ、部活動に勤しむ快活な声をBGMに、ぼーっと日が傾くのを眺めていると、しばらくして、静寂の支配する教室の扉が開かれた。
「お待たせ……。帰ろ?」
あかねさす教室内によく映える艶やかな黒髪。
現実離れした美貌を持つ、薄紅の瞳の少女。
その姿に、僕は言い知れぬ安心感を覚えてしまい、
「うん……」
素直にそんな風に答えてしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
姿を変えた氷織と共に校舎を出た。
氷織のビジュアルの良さはどうやっても人目はひいてしまうが、誰も本当の彼女のことは知らないし、表の氷織と比較すれば些細なものだった。
成瀬や松原に見られたら厄介だが、あいつらが行動するのは部活終わりみたいだし今は大丈夫だろう。
「おんぶしてあげるって……言ってるのに」
「恥ずかしいって……言ってるよね?」
少し口をすぼめる氷織の手を借りつつ、僕は歩いているのだが、これはこれで、いい匂いはするし何か柔らかい豊満なのが時々当たるしでかなり心臓に悪いといえば悪い。
このまま、家までとなると心臓保たなそうだなと思っていると、校門前に車が止まっていることに気づく。
「……なんだろうね」
そんな氷織の呟きに頷きつつ、様子を見ると、車内と車外に若い女性が一人ずつ。
車窓越しで何か話しているようだった。
特に僕らには関係ないだろうと、そのまま通り過ぎようとしたのだが、
「あ……月夜?」
車内の女性からそんな風に名前を呼ばれ、僕と氷織は立ち止まらざるを得ないのだった。
聞き覚えのある声によくよく目を凝らせば、その姿は僕のよく知るものだと気づく。
「霧夜ねぇ……」
何を考えているかわからないようでその実何も考えてなさそうな、大きな瞳。頭にはサングラスが乗っかっていた。
三咲霧夜。実の姉である。
もしや僕の連絡に気づいて迎えに来てくれたのだろうか。
「学校終わったとこ?お姉ちゃん家まで乗せてってあげようか?」
「僕のメッセージ気づいてたなら、返信してよ」
「……ん?メッセージ……?あ、うん。気づいてた気づいてた。返信ね。お姉ちゃんうっかりしてたよ」
このめんどくさいと思ったら適当にハッタリかまして流そうとする姉らしい反応、どうやら僕のメッセージを見たわけではなさそうだ。
「あれ……じゃあなんでここにいるの?」
「ちょっとバイト終わりの友達を遊びに誘おうかなって。ね、綾乃?」
「霧夜の嘘を指摘せずそのまま会話を進めるなんて、さすが姉弟だ。先週のお昼ぶりくらいかな、菓子パン好きのボク?」
車の外から姉と話をしていた、姉の友達らしい女性が、馴れ馴れしく手を振ってくる。
誰だお前。
先週のお昼?こんな人と会った覚えなんかない。
お昼に僕が会う人間なんてクラスメイトと……あとは、購買の……
「あ……購買の」
クソお姉さん。勝手に僕をぼっち認定してくる生意気な人だ。週に何回かは会っているはずなのに、普段つけている三角巾がなかったから気づくのに時間がかかってしまった。霧夜ねぇの友達だったのか。
くそ、度々僕を見透かしたような言動してくることがあるなぁとは思ってたがそういうことか。僕を霧夜ねぇの弟と知ってて黙ってたのか。
「察しが良い子は好きだぞ。そ、購買の美人お姉さん、綾乃さんだ。君のお姉さんの友達でもある」
そんな風に自己紹介してくるクソお姉さん。
そして、
「ねぇ月夜、さっきからお姉ちゃん、あなたがテレビでも見ないような可愛い女の子とくっついてる幻覚が見えるんだけど……」
先ほどから目を見開いて黙ったままの氷織について、霧夜ねぇがついに言及した。
「え……?それまずいね。病院行く?」
「うーん、おくすり手帳とってくるのめんどくさい……」
普段なら速攻でバカ言うなと姉のテキトーさを正すところなのだが、今回は氷織のことをバレるのが嫌でついノリを合わせて誤魔化そうと悪あがきしてしまう。
「お前たちは普段からそんな虚実混ざったまま会話をしているのか?黒髪の美少女なら私にも見えてるぞ」
しかし、そんな購買のお姉さんの突っ込みが入り、誤魔化しきれない。
「ふむぅ……霧夜から話はよく聞いてたし、学校での様子を見ても友達はいないものと思ってたが……意外と隅におけないなぁ」
購買のお姉さんの感心と疑いの混ざった声を避けるように視線を逸らすと、
「……つきくんのお姉さん……美人さんだね?」
今度は黙っていた氷織が僕の方を向いてそんな風に呟いてくるのだった。
「ということで、弟になんかすごいことが起こってるみたいなので予定変更。月夜も何か怪我してるみたいだし、私はこの二人を連れてお家に帰ります。今日の遊びはなしで。ごめんね綾乃」
「連絡も寄越さず突然現れたお前の誘いをまだ承諾してもいなかったぞ。ほんとテキトーなお姉ちゃんで困るものだね、ボク?」
「はぁ……」
確かに勝手な姉だとは思うが、思わぬところで霧夜ねぇと氷織を会わせてしまったことが気がかりだ。
「私にはまたお昼ご飯を買う時にたくさん話を聞かせてもらうとしようかな?それじゃ」
それだけ僕に告げると、氷織に軽くウィンクを決めて綾乃さんは去っていった。
もう購買でパン買うのもやめようかな。
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