第39話 二人の肩
勝手に様子を見に来たらしい潮海は、僕と氷織を見て、ひとしきり騒ぎ立てた後、理不尽なことを言ってくる。
「で?弁明があるなら聞いてもいいわよ。受け入れはしないけど」
弁明などない。僕は悪くない。僕の半生において自分が悪かったことなど一度たりともないからだ。だけどこういう時、この世界ではこう言っておかなければならないのだと、大人な僕は知っている。
「あ、ありません。す、全て僕が悪いです」
「ふん、どうだか。本当にそう思ってるか怪しいところね」
なんて疑り深い奴だ。僕の言い訳しないこの高潔さを理解しないとは。
「三咲あなた、自分が何したかちゃんとわかってるの?さっきの光景が広まったら、学校のほとんどが敵になるわよ」
「ち、違うのあまち、私が悪いの!」
「ひおりん、無理して庇うことないのよ?三咲があなたの優しさにつけ込んだんじゃないの?」
「ほんとに、つ......三咲くんは悪くないんだよー」
氷織が僕の前に出て、身振り手振りを加えて曖昧な説明をするが、潮海は未だに口をすぼめている。
「ストレッチねぇ.......」
今更だが、ストレッチは介抱にしても過剰だ。訝しんで当然だろう。
「だとしても、三咲が何かしたっていうのは確かな気がするのだけど」
「そ、それはその、私が........」
氷織はそこも詳しく説明しようとするが、上手く言葉が出てこないようで、潮海が諦めたようにため息を吐いて言う。
「ひおりんが気にしてないのはわかったけど、せめて何か、相応の行動で反省を示してもらわないと私は納得できないわ」
何でお前を納得させなあかんのじゃ。本人が僕は悪くないって言ってるだろが。
とはいえ、女子のカースト最強の一角を担うこいつにあることないこと言いふらされては困る。
「そ、相応の行動って例えば?」
「そうね……三咲が私とひおりんの言うことを何でも一つ聞くとか」
潮海がふざけたことを言った瞬間、先ほどまで僕を庇っていたはずの氷織が顔色を変えて僕の方に向き直る。
「三咲くん、反省は大事だよ!」
「なっ、おま」
なんて露骨な奴だ。
そんなに僕を奴隷にしたいのか。一体どんな要求をする気なのだ。いや、それ以前に、
「ど、どうして……し、潮海さんの言うことまで……」
「べ、別にいいじゃないついでよついで。私だって迷惑したんだから」
ついでだと……?お前に僕が何の迷惑をかけたよ。
カレーの福神漬けみたいなノリで僕を奴隷化する権利を獲得しようとしやがって、このハイエナ女め。
「……とにかくそういうことよ。わかったわね三咲」
「は、はい……」
覚えとけよくそが。
「三咲」
「な、なに?」
なんだよまだなんかあんのか。
「その.......なんというか。あなたが他人を助けるために動いたってのは今回もちゃんと見てたから」
「は?」
なんだこれ。こいつが僕を褒めるなんて珍しい。槍でも降るのか?
「あ、私も見てたからね!三咲くん」
それは知ってるけど。
「さ、次の授業がはじまるわ。見たところ処置は済んだのよね?一人で歩けそうなの?」
痛みは多少和らいでるし、一人で歩くのも不可能ではない気がするが、正直、誰かの肩くらいは借りたいところだ。
「無茶言っちゃだめだよあまち。私がおんぶしていく」
「なんでそうなるのよ。あなた、三咲に対して女の子としてのガードが緩すぎるわ。ひおりんらしくもない。いくら人畜無害そうにしてたって、こいつのそれが猫被りなのは知ってるでしょ?」
だから、猫かぶってるとかじゃねーって何回言ったらわかんだこいつは。
あぁいや、一回も言ったことないかもな。
しかし、困った。優等生の潮海まで現れたんじゃ、保健室でサボろう作戦はもはや実行不可能だろう。
大人しく、この二人と教室に戻らねばならないわけだが、どう転んでもクラスの連中の視線攻撃を喰らいそうなのが憂鬱だ。
せめておんぶされて教室入場くらいは避けたいところだ。
「猫さんは可愛いよ!ほら!」
潮海の言葉に、ズレた返しをしながら氷織が体操服のポケットから文庫本を取り出した。
その表面には見覚えしかないブックカバーが付けられていた。
「またそれ?体育の時まで手放さないのね?最近は珍しく朝から読書なんかしてると思ったら、中身じゃなくてそのカバーばっかり自慢して。確かピンスタにもあげてたでしょそれ。彼氏からのプレゼントなんじゃないかって噂になってたわよ?あなた昔からプレゼントとか何も受け取らないから」
何してんだこいつ。気に入ってくれるのは嬉しいけど、なんで見せびらかしてんだよ恥ずかしい。色々バレたらどうすんだよ。
僕が目を細めて氷織に視線を送ると、氷織がバツの悪そうな顔で髪の毛を弄くる。
「え、えへへ……我慢できなくてつい」
「何がしたいのよもー」
少し顔が熱くなるのを自覚しながら、このタイミングでは牛の鳴き声にも聞こえる潮海の呆れ方を眺めていると、
「あ!あまちは牛さん?」
僕と同レベルの思考回路のやつがいたことに、思わずちょっと吹き出しそうになってしまう。
「その“もー”じゃないのわかるでしょ!っていうか三咲あんた今鼻で笑ったでしょ。やっぱり腹黒猫!」
「じゃあ私は?私はなんの動物かな、三咲くん!」
そういやそれでいうならこいつが一番猫かぶってたな。あんまり表の氷織と話さないから実感しづらいけど。
「ていうかひおりんこそ牛じゃないの?おっぱいおっきいくせに!たまには触らせてくれてもいいじゃないの!」
「い、いやだよ!恥ずかしいもん」
「ま、また、女の子の私に対してもそんな反応して……だ、だから心配になるのよぉ」
「三咲くん!あまちがいじわるするの!助けてほしいな?」
「こら!そんな奴に近づかないの!襲われちゃうわよ!?」
つーか、どうすんだこれ。なんか収拾つかなくなってきたなぁ。
「くっそ、さっさと収拾つけろよ潮海。お前の仕事だろが」
「あ、出てきたわね本当の方の三咲!あんたがその毒舌で洗いざらい状況をわかりやすく伝えてくれたら収拾はつくんだけど?」
こいつ言わせておけば。そもそも潮海が保健室に来なきゃ僕も氷織も苦労してないってのに……。
などと考えていると、氷織がむすっとした顔をして無言で僕の口を強めに塞いできた。
「もごっ」
何しやがるこいつ。
そんなタイミングで、2限の授業終了を告げるチャイムが聞こえた。
「はい、教室に戻るよ、二人とも。三咲くんは私の背中に早く掴まるの」
「だからダメって言ってるでしょ。私が肩貸すから、それでちゃんと歩きなさい三咲」
「だめ。私がおんぶする!そうだよね三咲くん」
お前が決めろと言わんばかりにこちらをじっと見てくる二人に、僕はイライラせざるを得ないのだった。
「うるさい!二人とも黙れ。僕は一人で歩ける」
なんなんだこいつら。怪我人の僕に精神的にまで攻撃を加えてきやがって。
僕は挫いた足を無理矢理動かして歩き出すことにする。
「あ……」
「なっ、あんた普通に歩けるんじゃないのっ。やっぱりなにか企んで」
憂いを帯びた声を上げる氷織と相変わらず僕を買い被る潮海が追ってくるので、さらにスピードを上げるべく足に力を込めたのだが、
「……っ!」
さすがに調子に乗りすぎた。強い痛みに足がもつれてバランスを崩してしまった。
あーくそ、またこいつらの前で無様を晒すのか、などと思ったのだが、僕が転倒に至ることはなかった。
「……強がりさん……なんだから」
氷織が先を知っていたというような動きでしっかりと僕の体をしっかりと支えてくれたからだ。
「ぐぅ……」
そのまま僕の腕をとって自分の肩にかける氷織にされるがままでいると、潮海が混乱した様子で駆け寄ってくる。
「ほんとなんなのよあなたは〜!」
そして、僕のもう一方の腕を潮海が取っていった。
「怪我人が無理しない!」
僕のことを気に入らない気持ちを置いて、咄嗟にそんな行動をしてくるのは、怪我人に対する純粋な優しさと言えるのだろう。
まともに歩くこともできない僕はこの状態で教室に戻るしかないのだろうと、数分後に受けることになるだろう射殺す百の視線に対する覚悟を決めたのだが。
先ほどの氷織の未来予知的な行動がなかったことにはならないわけで。
「ねぇ、あなたたちって私がいない時一体どんな話してるの?」
潮海が僕と氷織を怪訝な目で見つめてそう聞いてくるもんだから、僕と氷織は揃って顔を同じ方向に逸らすしかないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます