第38話 言い争いと恥争い
僕が氷織を嫌うかのようなセリフを吐かれると、どうしてか異様に腹が立つ。
氷織が原因でこういった感覚が訪れるたびに、剥き出しの自分を覆い直すための理性が日に日に小さくなっている気がする。
けれど、そんなことを考えたところで止まりやしない。そろそろさすがにプッチンプリンだこれ。
「僕がいつ飽きるほどお前に甘えたって!?他に誰かって何?お前の他に誰がほんとの僕とまともに会話してくれんだよ!?」
「ほんとのつきくんは可愛くて魅力的だから心配なの!!」
「んなわけないだろこんな頭おかしい奴!」
「おかしくないもん!可愛いもん!」
「っ、そもそもお前が僕にして欲しいこと言えよ!恩着せられてばっかで黙ってられるか!」
「や!つきくん、今日私のことすごく不安にさせたでしょ!もっとお世話させて!バレーの時、何回もよろけてたの見てたもん!つきくんが怪我するくらいなら、細川くんのこと無理して助けてあげなくてもよかったのに!」
僕が癇癪を起こしても、氷織は生意気にもいやいやと首を振って言い返してくる。
黙らせるつもりだったが、謎に僕を褒めるような言動や、僕の行動を完全に見ていないとできない返しにさすがに面食らい始めてしまう。
「なっ、あれは気づいてて放置すんのも後味悪いと思っただけで……」
あの太った少年はどうやら細川というらしいがそんなことはどうでもよかった。
「吉田くんにも、本当は私が文句言ってあげたかったのに!」
「なんでお前が文句言うんだよ!馬鹿にすんなこの過保護!」
「心配なの!不安なの!つきくんにもっとたくさん何かしてあげないと、私のところからいなくなっちゃうかもしれないもん!もっと私にお世話させて、安心させてくれなきゃだめ!」
「はぁ!?そんなわけ……!じゃああれ……あの……疲れたから肩とか揉めよ!あとバレーのアンダーサーブで手首とかちょっと赤くなっちゃったから、そこも湿布しろ!」
「!?う、うん、いいよ!私……頑張るねっ」
「え……?あ」
やべ負けた。なんか僕の方が悪い気がしてきて、ついに氷織のいうことを聞いてしまった。
あれぇ?なんでこうなるんだ?
氷織は早速湿布を取り出して僕の手首を掴んでそれを塗布しながら、ご機嫌な様子でくすりと笑う。
「ふふ、つきくん……今日は……甘えん坊さん?」
「お前が甘えろっつたんだろ」
人のことは言えないが、多重人格を疑うような変わりようだ。
「僕のいうこと聞いてくれないから、いっそこき使って仕返ししてやろうと思ってるだけじゃんか」
「? つきくんの言うことなら……なんでも聞いてあげるよ?もっと私に甘えてくれなきゃ……いや」
「お前のそれ……なんかニュアンス違うんだもん」
「ほら、背中向けて?肩……もみもみして欲しいんでしょ?」
氷織に気圧されて適当こいただけだが、今更撤回もできない。
大人しく僕は氷織に従う。
すると、小さな手が、凝りを優しく解きほぐすように、僕の肩で動き始める。
「加減……どう?気持ちいい?」
「んぐぅ……気持ちいい」
絶妙な力加減。
「氷織……ほんと器用だよね。感情の操作は僕と同じでヘタクソなくせに」
身体操作に関してはどうしてこうも違うのだろうか。
「む……気持ちいいなら……余計なこと……言わないの」
「あ、待って。そこ押されると……っ」
5分ほど続けてもらったところで僕の方に限界が来た。快楽に耐えられなくなってしまった。たまに背中になんか柔らかいのとか当たってたけど気づいてたのかなこいつ。
「はぁ……も、もう、大丈夫。だいぶ……良くなった」
「そ、そっか……」
「何?どうしたの?」
「……つきくん……ずっとお顔蕩けてて……なんか……」
「あ?蕩けてねーよ。意味わかんないこといってんじゃ……」
氷織がまた僕を馬鹿にするようなことを言うので、振り返って言い返そうとするが、途中で言葉が詰まる。
「つきくん?」
ちゃんと気づいてはいたが、冷静に目がしっかりあって、今更ながらに学校での氷織の変化をしっかりと感じたのだ。
明るい髪色にもよく映えた淡い紫。
こういうのに何も言ってあげられないのは、ちょっとかっこ悪いような、そんな気がする。あげたの僕だし。
「あ……いや、その、カラコンいい感じ……だね」
「……!いい感じって……どんな?」
下手くそな褒め方に氷織が頬を染めつつも、もっと先を聞きたいという顔をしてくるので、少しストレートな言葉を呟いてしまう。
「……えっと……可愛い」
「〜〜っ!」
すると氷織は両の頬を押さえて顔を背けてしまった。
「なんだよその反応。こっちが恥ずかしくなんだろ」
「だっ、だって.......つきくん.......ずるい」
「ずるくねーよ。お前だって僕をからかって似たようなこと言うじゃんか」
そもそもこいつなら可愛いなんて言われ慣れてるだろうに。なんなんだ。
「からかって……ないもん。でも……そっか。これなら……学校でもつきくんに……可愛いって……思ってもらえるんだ」
どんな状態でも氷織の容姿を可愛くないなどと思ったことはないのだが。
「えへへ……じゃあ……疲れがとれるように……少しだけストレッチも……してあげるね?」
「はぁ?何がじゃあなの。そんなこと頼んでな—」
「してあげる」
「……だったら、前屈みたいな奴がいい。足に負担かからないし。あと僕をベッドに運べよ」
「ふふっ……そうだね。ソファじゃ……しづらいね。おいで?」
氷織がくすりと笑って、再び僕にその華奢な背を差し出してくる。
調子狂うなぁ。
なんでこいつ無茶振りとか我儘なこと言うと嬉しそうな顔するんだ。
氷織にはさっさと授業に戻ってもらって僕は保健室で惰眠でも貪るはずだったのに。
「あーもう、なんでこんなことしてんだ?」
やけくそ気味に氷織に背に掴まる。
ベッドの上に移動させられると、そのすぐ後ろにぽすっと氷織が膝立ちで陣取った。
「じゃあ……押すね?」
捻った足に十分留意しつつ、掛け布団の上に座ったまま足を開いて前屈の姿勢になると、氷織がそう声をかけてきたので、答える。
「ん……こい」
「えい……」
「んぅっ……」
可愛らしい掛け声と共に背中から徐々に力が加わっていく。僕は身体が固い方ではないが、特別柔らかいわけでもないので、けっこう痛い。思わず声が何度も漏れた。
「......あの......つきくん」
「んっ、なにっ?」
「……さっきも……そうだったけど……あんまりえっちな声……出さないで?どきどき……しちゃうの」
「なっ……はぁ?そんな声出してねーだろ変態」
「へ、変態じゃないよっ……つきくんが悪いんだもん」
「だっ、だったらお前、氷織だってあの……さっきからたまにおっぱいとか押し付けてくるのやめてよ。どきどきするから」
「!?そ……そういうことは……気づいても言わなくて……いいのっ。えっちなこと考えちゃ……だめなんだよっ?」
全く気づいていなかったのか、赤くなった氷織が、恥ずかしさを誤魔化すように僕の両頬をつねってくる。
「いふぁ……らにしやがるやえれ」
「ふふ……もちもち……」
言葉で抵抗しようにもうまく喋れないため、氷織の肩を押してを強引に引き剥がそうとする。
「ほのっ……やえろっ」
「わっ……」
驚いた氷織はあっさりベッドに倒れ込んだくせに、手だけは僕の頬から離さないもんだから僕も引っ張られて倒れ込む。
至近距離で目が合う。
それは、側から見れば僕が氷織を押し倒しているようにも見える構図だった。
「「……」」
まずい。
何がまずいってここは一応学校なわけで。
どこにいたとしても人目が発生する可能性はゼロにはできないわけで。そして、足音がちょうど廊下から、聞こえてきている。つまるところ……
「ひおりーん、やっぱり心配だから様子見にきたわよ。三咲の調子は——」
この狙ったかのようなタイミングで潮海が保健室の扉をガラリと開けて、現れた。
はいはい、でたでた。タイミングスナイパーね。
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