第36話 怪我しちゃった
成瀬の隣で、氷織や潮海の活躍を見ていると、外野の女子達の黄色い声援が聞こえたので、視線を目の前の男子側のゲームに移す。
逆巻が鋭いスパイクを決め、ゲームが終わったところだった。
バレーコート内のネット越しに声が上がる。
「おい燐、早く入ってこいよ。お前とやれないと面白くねぇ」
「急かすなって。今行くから」
——やばい、どっち応援したらいいの〜
——バカね、どっちも応援するのよ!
——あー、三限の授業なんだっけ?
——数学だろ?お前課題やった?
逆巻と成瀬の会話に、外野の女子は盛り上がり、男子は盛り下がる。
僕も、外野で盛り下がっていたいところだったが、生憎僕は成瀬と同じチームなのだった。おのれ体育教師。
「ほれ、三咲、お前も立てよ」
「う、うん……」
頷きつつも、手を差し出してくる成瀬を華麗に無視してコートに出る。先ほどまでは逆巻チームの相手をしていたチームにはバレー部が二人いたのだが、得点板を見れば、逆巻チームが圧勝している。
うーん、あれかな、目立つのを恥ずかしがって手加減しちゃったんでしょ?わかるわかる。
「くっそ!なんなんだよあいつ。俺達はバレー部の一年生レギュラーだぞ!?」
「あのイケメンに一泡吹かすチャンスだったのに!」
そんな男二人の声が耳に入った。
部活もしてないくせに、バレー部員をものともしない天才相手にこれまた天才サッカー少年成瀬のチームでゲームをしなきゃいけないなんて最悪だが、しかたがない。
身を縮ませつつ、試合の始まりを待っていると、逆巻に声をかけられた。
「おい、お前」
「……な、なに?」
反応すれば、逆巻は目も合わせぬまま、首をすこし横にずらし、謎の合図を僕に送る。
「……?」
僕がわけがわからぬまま、無反応でいれば、ほんの少しだけめんどくさそうに逆巻が口を開く。
「ボールだよ。ボール。普通今のでわかんだろ。俺は燐とサーブの先行決めとくから、拾ってきてくれ」
わかるわけねぇだろ、調子のんなよカス。先行決めながらボールも拾ってくりゃいいだろが僕に命令してんじゃねぇ。などと思うけれど、当然、僕の舌は逆回転する。
「あ、う、うん。ご、ごめん」
逆巻は別に僕を敵対視しているとか、そういうのでは全くなさそうだった。命令する相手は成瀬以外なら、誰でもよかったのだろう。
でも今回近くにいたのはたまたま僕。
試合をさっさと進める上でただ効率的だから、そう言っただけ。
少なくとも逆巻から見れば間違いなくそうだろうし、言われた僕から見れば、被害妄想的な捉え方をして敗北感を感じることもできる。
ほとんどの第三者からすれば、逆巻の方がすごい奴なのだから当たり前だと、ごく自然な光景に映るのだろう。
よほど善意の強い人や、僕のようなタイプに共感を覚えるような人であれば、僕を可哀想などと思うこともあるかもしれない。
今回たまたま同じチームの名も知らぬクラスメイトが僕に向ける視線なんかがそれにあたる。
クラスではお世辞にもカーストが高いとは言えない少数グループに属し、今の僕と同じく気弱そうな雰囲気がある少し太った少年の、視線。
校内カーストの上下。
人間として勝るという自覚、劣るという自覚。
それぞれのそんな要素が絡まって自然とこれらの現象が引き起こされる。
そしてこんななんでもないことの一つ一つが積み重なり、その人間の自信のほどだったり、卑屈さのほどだったりが決まっていくのだろう。
もっとも、素の性格が悪い僕なんかは、そんな気弱少年の視線なんかに対しても、こっち見てんじゃねぇ、気が散るわとか思うわけだけれど。
そして、逆巻と成瀬がじゃんけんでサーブ側とレシーブ側を決め終えたところにボールを拾った僕が犬の如く舞い戻ると、
「よし、サーブはこっちだ。ボールよこせ」
「……」
なんて逆巻が言ってくるから、僕は逆巻に向けてボールを投げるのだが、僕はクソで小っちゃい男だから、ここでわざと逆巻から割とズレた位置を狙って見たりする。
「っと。チッ、コントロールわりーな」
しかし、その程度で逆巻がボールをキャッチし損ねることはなかった。クソが、死ね。
「ふっ……」
何故か少し成瀬が笑った気がした。
ホイッスルの音が鳴り、逆巻が当然のように決めてきたジャンプサーブがこちらのコートに刺さるが、見事に成瀬がレシーブする。
そして、チーム内のそこそこ運動のできるやつ——今は隣の席の吉田——が、トスをして、成瀬がスパイクを打つ。
すると向こうも逆巻を起点に立ち回り、点を取ったり、取られたり。
僕は手番が回ってきたら適当に下打ちでサーブを入れるだけの簡単な仕事だ。あとは大体身を低くしつつ、ボールを視線だけで追ったり、たまによそ見したり。
そんな適当な事をしていると、ちょうどピンポイントで僕のところに向かってスパイクが打たれる。打ったのは幸い逆巻じゃなかったから、ボールを打ち上げるくらいは、簡単そうだった。
けれど、
「おい、どけ三咲!」
「……っ」
吉田が、わざわざ僕を押し退けてレシーブをした。腹立つなもー、とか思いながら僕はかなりよろけてしまうが、転倒には至らない。
そんなに僕がレシーブするのが心配だったのかなとか思って、吉田を見れば、その視線があらぬ方向にちらりと動いたのが見えた。
その視線を追ってみれば、あら不思議、氷織と視線があった。
なんだか少し、ハラハラしたような表情をしていたように見えた。隣には潮海と松原もいる。
出番が終わって待機中なのか、わざわざ男子側の試合を近くまで来てじっくり見ているようだ。
逆巻と成瀬の試合というのもあって当然周りにも女子がたくさんいる。
それを理解してコート内を見れば、何やら無駄に活躍したりかっこけようと躍起になっているように見える奴が、成瀬チームにも、逆巻チームにもいた。全体的に、互いのチームの冷静さがほんの少し損なわれているようにも感じる。
そんな雰囲気を嫌悪するように周りを見ていたから、僕は気づいてしまう。
「あ……」
吉田が逆巻のサーブを無理矢理レシーブしようとしてかなり強引なバックステップを始めている。その先には逆巻のサーブの落下地点にピンポイントで立っていた……えーっと、さっき僕がボール拾ってるときに視線を向けてきた、あの……ちょっと太った子。
彼からすれば僕はちょっとチビの子、なんて思われてんのかなと思うと殺すぞとか思ってしまうけれど、そのちょっと太った子がボールを走馬灯でも見てるかのような目で見ていてマジで危ない。
かなりの勢いで迫ってきている吉田に気づく気配もない。
そして今日初めて、僕は積極的に動き出した。
別に、僕と同じように学校を嫌っていそうなクラスメイトを助けたいとか、そういうのはない。
ただ、何もしないまま、後で実は僕気づいてたんだけどなぁとか言い訳がましい思考をするのがイヤ。
「っ!」
咄嗟に、ちょっと太った気弱少年を押し出し、ボールの落下地点からずらしてやる。
「え……?」
突然の衝撃に驚き、少年はよろめくが、吉田の後退ルートからは外れ、安全は確保される。
僕もその勢いのままボールの落下地点ないし、吉田を躱すつもりだったのだが、想像以上に気弱少年の重量が大きかった。
「おわ……!ちょ!お前!」
吉田は僕の身体に勢いを殺され、たたらを踏むが、
「うぐ……」
僕は吉田の全力後退に巻き込まれ、変な方向に足を捻って、前方に頭から転けてしまったのだった。
鼻打った。超痛い。
「つきくん!!」
氷織の声を筆頭に、成瀬や潮海の声も聞こえた気がしたが、数秒耳がキーンってなっててちょっとよくわからなかった。
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