第35話 運動もできちゃうメンヘラ美少女
夏本番も迫るこの時期に、今日も体育館で快活な声を響かせる高校生達。
クソ暑いのにほんとよくやるよ、バカだなぁ。
こうして、そんな当たり前の光景にさえ文句をつけて自我を保つのが僕と言う人間である。
ちなむと今の季節がなんであろうが、こんな季節にバカだなぁと言ってる。
夏は暑いから嫌い。冬は寒いから嫌い。やっぱり中間の春と秋だよね。
とか言うと思った?
春は花粉がきついし風も強くて髪の毛ぼさぼさするから嫌い。リア充が浮かれててうざいし。
秋は、そこそこ寒くなっても母さんが電気代を渋ってコタツを出してくれなくて、実質真冬より家が寒いから嫌い。
四季折々ぜーんぶきらい。どうも僕です。
現在は一限にして体育の時間。バレーの授業だった。一限から体育とかだる過ぎて吐き気がするのに、二限まで連続という珍しいことが起きている。
球技大会が近いのだ。陽キャが幅を利かせるクソ行事。言うまでもなく僕の百八の嫌いな学校行事のうちの一つである。
体育館の壁際に座り込んで、自分が組み分けられたチームの手番を待っていると、
「なぁ三咲ー」
「な、なに?」
隣には何故か同じチームに組み分けられた成瀬がいて、だらだらと話しかけてくるので、どっかいけ殺すぞと思いながら、僕はそれにびくびくと答え続けている。
「体操服姿の女子がバレーしてるのを無制限に眺められられるのって貴重だよな。学校って空間はすごいよなぁ」
目の前では男子のむさ苦しいゲームが行われているのだが、少し視線を逸らして斜め前を見れば、女子の華やかなゲームだけを目に入れることができる。
「い、いや……ど、どうかな」
当然年頃の男子達ははそちらが気になってしょうがないわけなのだが、堂々とじっくり視線をそちらに向けることができるのは、こいつともう一人、現在目の前の試合で大活躍している逆巻くらいであろう。
なぜなら、
——なんかあいつら、私らの方ばっか見てない?
——うわぁ。なんか嫌な視線。自分達の試合に集中してほしい。
——吉田とか大川とかマジでキモい。
とまぁ、並の男子はちら見程度にとどめておかなければ、こう言う事態にあってしまうわけであるからだ。名指しされるような奴らはその陰口にすら気づいていないのだが。
しかし、成瀬の場合は異なる。
——あ、成瀬くんがこっち見た!やばい緊張する。
——ほんとだ!手振ってくれてる!頑張ろうかな!
ただしイケメンに限るとはよく言ったものだ。
「あはは、顔が良くて良かったー。さんきゅーお母さん」
成瀬は時折、女子に向けて軽く手を振りつつ、そんなことを言う。
シンプルに死ね。
マザコンクソイケメンが。
「よ、よかったね」
「そこはお前の本音で厳しく突き放してほしいとこなんだがなぁ。今は他クラスの奴も多いし、顔しっかり出したらどうだ?その顔ならじっと見てたって変な陰口叩かれることはないと思うぜ?」
「……」
ちょっとなに言ってるかわからないし、そんな罠に僕が引っかかるわけがないのである。
とはいえ、僕とて年頃の男の子。たまに女子、主に氷織の方に視線がいくことはないでもないが、ぼっちは他人に自分を意識させないスキルが高いので、バレるようなヘマはしないのだ。
「興味なしか?ふむ、さっきからずっと探してるんだが、お前の反応からしてあの黒髪美少女はここにはいないのか」
自分の出来のいい顔にかこつけ、本能に任せて女子を眺めているのかと思ったが、一応目的があったらしい。
「例の件はどうだった?うまくいったのか?」
例の件。成瀬にも少し相談させてもらった、氷織への贈り物のことだろう。
「あ、あぁ……そ、その節はど、どうも」
「役に立てたかは知らねーけど、そりゃよかった。あの日は俺も色々あってさ、面白いものが見れたぜ?」
「お、面白い?」
「駅前のモールで雨音のやつがあの
「あぁ……」
そのことか。あの、とか言われても知らないが、進藤とかいう男はやはり有名だったらしい。
「まぁ、それに駆けつけたせいで、限定スパイクは逃しちまったわけだが……」
アホかな。そこまでしてこいつは面白いことを追求したいのだろうか。
「前から進藤悟についての愚痴はかなり聞かされてたからなぁ。かなり参ってるんじゃないかとは思ったんだが、どうもそんな感じじゃなくてな。ずっとキョロキョロと誰かを探して、俺の話なんか聞きやしねぇ」
そういえば潮海とはあれから一回も話してない。騒ぎを大きくするだけ大きくしておいて黙って消えたことを怒っていた可能性はある。
そんなことを考えていると、雑音の止まない体育館内で、透明度の高い可愛らしい声が聞こえた。
「一本決めまーす」
決して大きな声じゃないのに、意識が、視線が吸い寄せられてしまった。
ボールを床に何度かついてサーブの体勢に入る氷織の姿がそこにはあった。僕と同じくその声に反応したか、それとも最初から気にしていたのか、男子の視線が一気に集まる。
彼女の瞳の紫が淡くなっていることに気づいた人間はどのくらいいるのだろう。無意識下での印象は変わっても、その原因を特定するのは至難の技だろう。
氷織はそんな視線達を気にも留めずボールを打つように思われたが、一瞬動きを止めて明後日の方向を向いた。
明後日の方向とはすなわち、僕と成瀬がいる方向であるわけで、視線がばっちりとかち合う。
氷織が僅かに微笑んだ気がした。
つい、視線を彷徨わせてしまうが、未だに氷織の大きな瞳はこちらを捉えて放さない。
確信を得られぬまま、試しに僕が軽く顎を引いて見せると、氷織はさらに笑みを深め、口の形を横一文字にした後、その形を維持したままゆっくりと縦に2回開いた。
い、て、て?
どっか痛がってんのかなと一瞬思うが、氷織はたぶんそんな痛がり方はしないので、“見てて”が正解と思われる。
——お、おい、今有栖川さんが俺の方を見て.....
——お前は夢があっていいな。あれ見ろよ。
仮にも氷織が男子側を見て微笑んだので、アホどもはテンション高め。
多少頭がキレる奴は成瀬の存在に気づいてテンション低め。
「うん?有栖川のやつ今お前の方見てなかったか?」
などと成瀬が呟くが、そんなことは氷織以外の誰にもわかりやしない。
そしてそんな男子側のざわめきが、彼女が右手を構えることなく、両手を使ってボールを高く舞い上げたことで動揺に変化し、やがてかき消える。
氷織がそのまま適度に力の抜けた綺麗なフォームで飛び上がり、華麗なジャンプサーブを決めたのだ。
回転とスピードが十分に乗ったボールが、ネットを越えて反対側のコートに突き刺さる。ほとんどの女子がそれを見送ることしかできない中、一人の少女が異常な反応速度を示し、そのボールをかろうじて打ち上げる。
「いったいわねもう!なんか気合い入ってない?セッター、ボールいったわよ!」
目が覚めるような芯の通った綺麗な声は潮海雨音のものだ。
「え……?あっ……」
しかし、その素早い攻防にトスをあげる役目の人間が反応できず、ボールはそのまま落ちていった。
ピッ、と短い笛の音が鳴った。
「有栖川と雨音のやつはさすがだなぁ」
「す、すごいね……」
「ほー、さすがにあいつらには興味あるのか?」
僕もついつい見入ってしまい、同意をしてしまった。変に勘づかれる前になんか言い訳しとかないと。
「べ、別に……胸の大きい子を見るのが好きなだけ」
やっべ、何言ってんだ僕、などと思う間に、成瀬が盛大に吹き出す。
「ぶはっ、正直かよ。やっぱお前あのギャップ少年と同一人物だなぁ。そんなんで実はそういう話もいける口なんだよなお前」
なんにも面白くはないが、時々出てしまう僕の非常識な面を流してくれるのはありがたい。氷織に聞かれたらえっちなのはだめとか言われんだろうな。
「しかし残念だな。有栖川は上半分長袖ジャージだし見ててもそんなだろ?」
氷織の胸元の豊かな膨らみはジャージ越しでも隠し切れるものではないが、確かに普段の制服と比較しても著しく防御力が低下することはない。
「あいつ真夏でも絶対あれ脱がないし、水泳も全部見学と実はかなり鉄壁防御だぜ」
氷織は夏も迫るこの時期に短パンは許容しても、ジャージだけは決して脱がない少数派に属している。
長袖を脱がない派の女子の主な目的は日焼け対策かと思われるが、ここは体育館なのでその必要性は薄い。
彼女が肌を晒せない理由が他にあることを僕は当然悟っているのだが、普通に薄着を見られるのを嫌がってる可能性もあった。
真夏は大変そうだな。
僕も陰キャの嗜み的にギリギリまで長袖を脱がないタイプだが、もう一ヶ月もしたらそうもいかなくなってくるだろう。
「べ、別にいいよ。あ、あしとか見とく」
「くくっ。バレないように気をつけろよ。有栖川よりもたぶん雨音の奴がキレるぜ?」
それは確かにそうかもなーなどと思っていると、潮海がなぜかこちらを睨んでいたので、僕はふいっと成瀬の陰に顔を隠す。
「ははは、こりゃもうバレてんのかねぇ」
成瀬が爽やかな笑いで呟いた後、
「まいっか。こっそり雨音の胸のサイズでも予想してようぜ?」
懲りずに今度はにししと笑ってそう言ってくる。
下心というよりは、怒られるのを楽しみたいだけ、そんな印象だった。
下品な感じがしないのは、こいつの顔がいいからか、それとも心根の問題なのか。
無論、陰キャぼっちの僕が女子の胸のサイズの基準も測り方も知るわけないし、大抵は見ただけじゃ何もわからない。
ただ、潮海に関しては高校時代の霧夜ねぇと同じくらいだからCランクくらいだろうな、なんて予想を立てることができてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます