第34話 ねぇ、ちゃんと風呂入ってる?
氷織の帰宅後、母さんの帰りを待ちつつ、リビングでだらけていると、携帯に母さんからメッセージが来た。
『(母さん)つーちゃんごめんねぇ。今日はママ忙しくて帰れないかも。夕飯は出前とか好きにしていいからね〜』
「ふむ……」
氷織のおかげで僕の夕飯は特に問題ないが、この場合、氷織が作りおきしてくれた母さんの分が余ってしまう。
まぁ、明日一日くらいは普通に保つだろうし問題ないか。
そんなことを考えていると、玄関のドアが開く音がした。
なんだ、結局帰ってこれたのかと思ってそちらを見ると、そこに姿を現したのは別の人物だった。
「あれ……月夜。お母さんは?」
一見クールそうで、よく見るとぼーっとしている大きな瞳が特徴的な、何を考えているかよくわからない雰囲気を持つ女。
霧夜ねぇである。この無法なる大学生はまたふざけた時間に実家に帰ってきやがったらしい。
「今日は帰れないって。さっき連絡来たよ」
「そうなの?お姉ちゃんのところには来てない」
「見てないの間違いだろ」
「そんなわけないでしょ。そういえば携帯どこに置いてきたっけな」
これだからこの姉は。
「うーん。ご飯作って欲しかったけど、しょうがないか。月夜もご飯まだ?あなたの分もお姉ちゃん何か作ろっか?」
「あー……」
しまった。まさにこの状況を言い訳に、母さんには氷織のご飯について言いくるめていたのだった。こうなった場合どうすればいいのか。
僕が新たな言い訳を考える間に、姉が冷蔵庫を開けて、怪訝な声を漏らす。
「ん?何これ……。お母さん帰ってこれないからって何か作り置いて出て行ったの?お姉ちゃんも食べていいのこれ?」
「えーっと、うん。僕は自分の分食べたから。でも、母さんの分も残しておいた方がいいかも。夜中に帰ってくるかもしれないし」
なんか都合のいい解釈をしてくれたので、適当にそれに乗っかっておくことにした。
というかクラスの女の子が家に来て料理していくとか冷静に考えて出てくる発想じゃないし、僕に限っては正直に言ったとしても信じてもらえないまである。
黙ってればバレることなんてないのかもしれない。
「そう。それにしても随分気合入ってるね。今日って月夜のお誕生日だっけ?」
氷織の料理を見て出てくる感想が同じなことに、なんか言い表せない気持ちになっていると、食事の準備を終え、食卓に座った姉がこちらを手招いた。
「月夜、こっち来てよ」
「なんで。僕は食べたって言ってるじゃん。お腹いっぱいだよ」
「お姉ちゃんは食べてないって言ってるじゃない。お腹ぺこぺこよ」
「いや知ってるけど……」
「いいから隣に来る。あなたは食べなくていいから」
「何?寂しいの?」
「そういうこと。早くきなさい」
図星を突かれても平然としてるあたり、相変わらずだ。最初から隠す気もあるんだかないんだかと言う感じだが。
別に霧夜ねぇの隣が嫌なわけではないため、合理的な理由があるのなら、逆らう気にもならない。
大人しく霧夜ねぇの隣で、ソシャゲでもしていることにした。
「ねぇ月夜。お母さん私がいない間にまた料理上手くなったの?これとっても美味しい」
「あー、うん。そうかもね」
「……ん?これ作ったのお母さんじゃないんだ。じゃあ誰?」
「会話噛み合ってないんだけど。今僕一応肯定したよね?」
「月夜の嘘はわかりやすいよ。心が正直だから」
「意味わかんないよ」
「でも変ね。お母さんの料理じゃないのにこんなに美味しいわけなくない?」
「知らん。そういうこともある」
霧夜ねぇは母さんの料理が大好きなので、その霧夜ねぇにここまで言わせるのはとても難易度の高いことだったりする。
氷織はほんとに大したものだ。
「ふーん。まぁ、いっか」
「ほんとテキトーだね霧夜ねぇ」
「今日は気分が乗らないのよ。お姉ちゃんが話せって言ったらどうせ話すでしょ。その時でいいよ」
「話さないよ。僕を思い通りにできるみたいな言い方するな腹立つ」
「あなたは相変わらず反抗期ね。お姉ちゃんのいうことはちゃんと聞きなさい」
「はぁ……もういいから早く食べてよ」
マイペースな姉にため息を吐きつつ、僕は霧夜ねぇがご飯を食べ終わるまで、意味もなく隣に居座るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後10時半。
姉がご飯を食べ終わり、自室の整理を始めたため、僕も自室でゆっくりしていた。
今日は色々あったのですっかり遅くなったが、風呂に入りたくなった僕は、トイレを済ませてから、服を脱いで、脱衣所から風呂場の扉を開けた。
すると、
「うわ、びっくりした」
浴槽に浸かる女性の成熟したての白い肢体が視界に入ってきて、ついそんな声をあげてしまった。
「ん?月夜もお風呂はいるの?」
気持ち良さそうに細められた霧夜ねぇの瞳がこちらに向いて、そんなことを言う。
「入ろうとしたけどやめる。くそ、霧夜ねぇが帰ってくるとペースが乱されて迷惑だなぁ」
「別に久しぶりに一緒に入ればいいだけじゃない。お姉ちゃんのおっぱいが大きくなったから恥ずかしがってるの?」
「え?いや、別にそういうのはないけど」
生まれた時から近くにいる血のつながった姉に対してそんな感情を抱くわけもない。単純に二人じゃ狭そうだと思っただけだが、それも霧夜ねぇの提案を聞かされて傾く程度の軽い天秤の上だった。
「まぁ、じゃあいっか。シャワー使うよ?」
お湯に浸かるより先にシャワーで全てを済ませたい派なので、霧夜ねぇが浴槽にいるうちに済ませて交代すれば効率的だ。
「どうぞ」
承諾を得てシャワーを手に取った瞬間、即座に浴槽から上がった霧夜ねぇに背後からそれを奪取された。
「なに?シャワーはもう僕のなんだけど。返して」
「ちょっと生意気だったから、お姉ちゃんが洗ってあげる」
「は?何それ。いらな」
「はい、黙る。お姉ちゃんに逆らわない」
言い切る前に振り返った僕の口元にシャワーが向けられた。
「ぶっ……。このっ……下手くそになってたらやめてもらうから」
「弟の洗い方忘れるほど適当じゃない」
そうほざく霧夜ねぇに、頭を好き勝手にぐしゃぐしゃされる。
「……」
まぁ、昔から洗うのはそこそこうまいと褒めてやらないでもないので、大人しく目を瞑って身を任せることにした。
「月夜はまだまだ小さいね」
「は?去年も身長2センチくらい伸びてたから」
「成長期の男の子としては少ない」
「うるさいな。僕はこっからが成長期なんだっつの。今年は10センチ伸びるから」
「ちんちんもまだおっきくならないし。お姉ちゃんが月夜くらいの時はもっとおっぱい大きくなってた」
「変なとこ見るなよスケベ。おっぱいとちんちんの成長を同列視するな」
「最大値を見ればもう少し成長がわかるのかしら?お姉ちゃんのおっぱい揉んでいいからちょっと大きくしてよ。もうCランクは卒業してるから揉み応えあるよ」
「さっきからなんなんだよえっちな話ばっかして。欲求不満?霧夜ねぇのおっぱい揉んだって大きくなんかならないよ」
「……昔からあなたそうよね。胸に抱いてあげると大人しくはなるくせに欲情はしない。姉弟って不思議ね」
「逆に姉に欲情する弟とかリアルで聞いたことないよ。気持ち悪いだろ普通に。あと……別に大人しくもならない」
「お姉ちゃんは別に構わないけど。うそ……大人しくはなってた」
「僕は構うっての。うそじゃない……大人しくなんかならない」
「嘘かどうかは試せばいいだけ……こっち向きなさい」
「試すまでもない。そっちは向かない。早く僕の頭流せ」
「お姉ちゃんに命令しない。もういいわよこのままで」
「ちょっと……」
背後からぴったり身を寄せられ、さすがに文句をつけようとするが、霧夜ねぇが動く気配はなかった。
「いいから。トリートメント浸透するまでしばらくこのままじっとしてなさい」
「あー……」
霧夜ねぇが僕に過剰に甘えて来る理由は、昔から大体決まっている。
「なんか嫌なことでもあったの?」
そんなに珍しいことでもないが、こういう時は僕も決まってこう聞いてあげるのだ。
「ちょっと気持ち悪い男に言い寄られて気分悪いのよ。月夜で消毒させて」
「めんどくせー」
「月夜ほどじゃないよ」
「その気持ち悪いやつはどうやって振り払ったの?」
「お節介な男が新しく現れて、そいつが連れていった。お姉ちゃんモテモテよ」
「すっげーや。さっすがお姉ちゃん」
「ふふん……」
早めに満足してもらえるように、
そのまましばらく、風呂場の水滴の音と姉のゆったりした呼吸を聞いていると、ふっと背中の感触が全て離れて行った。
「ふぅ……じゃあお姉ちゃんあがるから」
「は?ここまでやったら身体も洗ってよ。つーかせめて頭流せ」
「我儘言わない。また今度月夜とお風呂入りに帰ってきてあげるから。お姉ちゃんいなくてもしっかり洗いなよ」
なんて中途半端な女なんだ。自分だけ気持ちよくなって消えやがった。つーかもう実家を出ていくつもりなのか。
くそ、トリートメントが目元まで流れてきて目が開けられん。
「はぁ……。少しは氷織を見習えっての……」
そんな呟きが漏れていることを僕は意識することができないまま、目を瞑った状態から手探りでシャワーのひねるところを探すのだった。
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