第33話 贈り物


「あ、そうだ」


お腹が満たされ、ようやく僕はしたかったことを思い出した。氷織が不思議そうにこちらを見るので、今日買ってきたものを鞄から取り出して見せる。


「つきくん……これ……なぁに?」


「その、テスト……頑張ってたなって思って。僕より成績いいのはムカつくけど……一番……だったじゃん」


氷織が不可解なものを見るような目で見てくるので、そんなに変なことじゃないはずだと、言い訳するように言葉を繋ぐ。


「成瀬とか、潮海もなんか買おうとしてたし.......別に普通でしょ?」


「しお……?他の女の子の……話……?」


僕は何かをミスったらしい。


「……いや?違うね」


「潮海……あまちのこと……でしょ?」


ほんとこいつめんどくさい昔の僕思い出しそう死のうかな、とか思いながら適当に吹かす。


「し……しお……しふぉ……シフォンね。今朝食べたシフォンケーキがそう言ってたなってそういう話」


「ケーキは……話さないもん」


「僕はケーキとも話すんだよぼっちだから。つーか今はあの生意気女のことなんかどうでもいいだろ」


「つきくんが……言い出した。あと……あんまり女の子を……悪く言っちゃ……め」


「うっさいなもー。とりあえず……だから……なんていうか……その、それ……頑張ってたから……プレゼント……氷織に」


めんどくさくなった僕は、正直にテーブルに置いた包みの正体に言及する。すると氷織も包みに視線を落としたあと、少し固まった。


「……ぷ、ぷれ……?」


ちょっとおバカになっちゃったのかなと僕が見ていると氷織は、はっとしたようにこちらを見て、言う。


「あ、開けてもっ……いいの?」


「う、うん」


どうやら氷織は僕の遠回しな言い方をずっと理解できていなかっただけのようだった。やはり彼女は自分の頑張りに疎いところがある気がする。

余計なこと言わなきゃよかった。


氷織が珍しく辿々しくなりながらも、丁寧に包みを開けると、ラベンダー色のパッケージをした縦長で薄型の箱が現れる。


「わ……これ……カラーコンタクト?つきくん……おしゃれさん」


「潮海とか成瀬の話じゃ……人になんかあげるときは消えものが良さそうだったし……」


「もしかして……私のために……あまちや成瀬くんと……たくさんお話したの?」


「……いや?」


僕が目を逸らして否定すると、氷織は頬を膨らませて拗ねるように言う。


「もう……このくらい……素直にそうって言ってくれて……いいのに」


氷織が使う消えものについてあの場で思いついたのはこれだけだった。気に入らなくても、コンタクトは消費が早いし、リスクが低いとも思ったのだ。


僕が買ったのは一番安全と言われる一日で使い捨てるワンデイタイプのコンタクトである。

氷織は僕と違い、視力がいいので度は入っていない。


カラコンなんぞ初めて買ったが、案外種類は多いし、着色直径とかいう謎のステータスまであるので少し苦労してしまった。


着色直径は瞳の大きさを左右するものらしいので、とりあえずは以前氷織が使っていたのを一度だけ見た時に覚えていた数値と同じものを買っておいた。氷織は瞳が大きいので、着色直径が多少大きめでも不自然にはならないだろうけれど。


ベースカーブなどその他のステータスも同じものを選んでいるので目に合わないということはまずないはずだ。


「わわ……淡い紫色……いつも使ってるのより……薄い色だけど……ずっと綺麗。に、似合うかな?」


そんな氷織の問いに淡い紅の差した氷織本来の瞳を見て答える。


「そう思って……買ったよ。いつもの氷織に近い雰囲気……出るかなって」


実際のところ氷織がカラコンをつけるのは本当の自分との差別化が目的と思われるので、少し矛盾してしまうのだが、これなら学校で氷織に話しかけられても、多少はマシな喋りが期待できる……ような気がしたのだ。


「つきくんは……ほんとの私の方が……好きだもんね?」


「まぁ……そんな感じ」


「……あぅ」


含んだ言葉に素直に答えると、氷織は頬を染める。


「なんで恥ずかしがんだよ」


「だって……ツンツンされると思ったのに……ずるい」


「知るかそんなん。いつもお前の思い通りなると思うな」


「でも……嬉しい。つきくんがたくさん頑張って……私に……にへへ」


氷織は普段よりも調子の高い声でそう呟いて、笑顔を浮かべるが、直後にはっと少し憂うような表情も見せる。


「どうしたの?」


「……カラコン……消え物だから……なくなっちゃう」


不思議に思って聞いてみれば、そんな答えが返ってきた。


「気に入るようなら、また同じの買えばいいだろ」


「それはそのつもり……だけど……こういうのは……そういうんじゃ……ないの」


氷織が不満そうに指示語だけでニュアンス会話してくる。


とはいえ、実際僕も消え物に関しちゃ反対派なのである。


自分から相談しておいて何言ってんだと言う話だが、成瀬や潮海とかいう憎きリア充の意見を素直に聞き入れるのも癪だったのだ。


なんとなく氷織も性質的にそんなことを言う気はしていた。だから、


「一応……消えないのもある」


そう言って鞄から二つ目の贈り物を取り出す。


これはテストじゃないんだ。回答を二つ用意することだってできる。


「……え?」


驚く氷織に向けて、それを手渡す。


「ふ、二つも……いいの?」


「こっちは……その……いつもありがとうっていうか……そういう……感じだから」


僕が二つ目の意味付けに言及すると、氷織が視線で開けていいのかと確認してくるので、軽く頷く。


そして、ギフト用の包みを再び氷織が丁寧に外し、呟く。


「……ブックカバー?可愛い……ねこさん」


中身は黒猫が模様的に配置された布製のブックカバーだった。


あのお店のアクセやら雑貨が売ってるコーナーでこいつを見つけたのだが、実家に帰ってきたような気分になってつい衝動買いしてしまった。


「色は違うけど、僕も同じやつ……使ってるんだ。文庫本……つーかラノベしか想定してないけど。手触りが良くて気に入ってるやつ」


ラノベを……いや、そうでなくても本を学校で読む場合、猿どもの浅い興味を引かず、集中するために、ブックカバーは必須である。


革製のブックカバーとかの方が上質なのかもしれないけれど、個人的には苦手だ。ひっかくと黒板ひっかいたときと似た感覚になるから。


色々悩んだが、贈り物をするなら、結局自分が使ってみていいと思えたものをあげるのが確実だと思ったのだ。


これを否定されたりしたら、ちょっとへこむなと思いつつ、反応を窺うと、


「つきくんと……お揃い……嬉しいなぁ」


薄紅の瞳はブックカバーを見つめたまま、一瞬泣いているのかと思うほど綺麗に笑っていて、僕は喉を詰まらせてしまう。


「……一生大事に……するね」


たかが軽い贈り物一つ。このくらいその辺の関係の浅い友達同士でも頻繁に行われていることのはずなのに。


「こっち……見んな」


氷織がその笑みのまま、こちらを向いてそんなことを言うから、僕視線を逸らしたまま、尻すぼみにそんな返ししかできない。


「……つきくん……ほっぺたりんごちゃんみたいに……なってるよ。お熱?」


言いながら、氷織が僕の頬に手を伸ばしてくる。


「ち、ちがう、さわるな!」


「えへへ……ぷにぷに」


「やめろばか……あほ」


初めて誰かに贈り物などしたせいか、氷織のひんやりとした手に僕が子供のような対応しかできずにいると、少しだけ揶揄うような息遣いが聞こえた。


「……ね……つきくん」


「なに?」


顔をまともに見れないまま、その声に答える。


「おまけで頭……なでなでしてほしい……な」


氷織は立ち上がり、僕の方へ寄ってくると、少しだけはにかみつつも、そんなことを言う。

それは恥ずかしがる僕にマウントを取らせてやろうとする気遣いなのかもしれなかったけれど。


「なんでよ」


「つきくん……頑張ったって言ってくれたもん。頑張った子は……褒められるべき」


「まぁ……いいけど」


形式的にそんな会話を繋げて、僕はその差し出された頭に手を伸ばす。


「えっと……よしよし。えらかったね。いい子いい子」


そうして僕は落ち着きを取り戻すはずだったのに。


「えへへ……つきくんも……お勉強……すごく頑張ってたね……よしよし」


こいつも僕の頭に手を伸ばしてくるもんだから、調子が狂うのだ。


「なんでお前も僕の頭撫でんだよ」


そう突っ込むけれど、


「頑張った子は……褒められるべき。今日も……たくさん頑張って……くれたんだよね?プレゼント……とっても嬉しかったよ。ありがとうね」


なんて、さっきと同じ理論を展開しながら、感謝を告げてくるから、もう僕は何も言えなかった。


こんなことをしていたら、いつか彼女を僕の泥沼に引き込んでしまうかもしれないと、わかっているのに。


彼女に依存するようなことは、束縛するようなことは、あってはならないことだと、理解しているはずなのに。


“それの何が悪い”


そんな声が、どこかで響いた気がした。

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