第31話 凝った料理 1

潮海がギャラリーと共に警備員に対し証言をしている間に、僕は試行錯誤し、どうにか目的を果たすことに成功した。


奇行を繰り返していたせいでレジで店員さんには変な顔をされたが、目を伏せて耐えた。


途中で騒ぎを聞きつけたのか同じモール内にいた成瀬が現れ、潮海の方に向かっていくのを見かけた。


用も済んだので、これ以上の面倒事を避けるため、僕は黙って一人その場を後にした。


ようやく自宅の前につくと、玄関の前に黒髪にひどく整った顔立ちをした美しい少女が立っていた。


セーラー服型のカーディガンに身を包んだ、本来の姿の氷織。


「あ……つきくん……おかえり」


そういえば今日は金曜日だった。どれくらいここで待たせたのか知らないが、申し訳ない気持ちになった。


今の時期、体調を崩すような心配はないだろうが、立ちっぱなしは辛かっただろう。


「えっと、ごめん。かなり待ったよね」


「ううん。私もさっき……ついたの」


気を遣った嘘かと考えたが、氷織が手に持つ袋を見るに、どこかに寄ってから来たのは確かなようだ。


「それに私は……つきくん待つのも……好きだから」


「……うそつけ。返信遅いとすぐヘラるくせに」


氷織の言葉に少しだけ顔が熱くなるのを感じたけれど、気にせず皮肉を返す。


「そ、そんなこと……あれ?」


「なに?」


「私……つきくんをこんな気持ちで待てたの……初めて……かも?不安より……熱いのが……」


「し、知らないよそんなん。鍵開けたから早く入れ」


不思議そうに頬を押さえる氷織の言葉に、どうしてかひどく動揺してしまい、無駄にせかせかと家に招き入れた。


「台所に……お邪魔しても……いい?」


すると、氷織は僕の部屋ではなく、キッチンに向かいたがった。


「いいけど……そういえばその袋」


「うん……今日は少し凝ったもの作ってあげる……約束」


そういや前に来た時にそんなことを言ってた気がするが。

氷織の持つ袋にはスーパーやらで買ってきたと思われる食材がいっぱい入っていた。


「わざわざ買ってきたの?」


「つきくんの家のばっかり……使うわけにいかない……から」


「そんなの気にする必要ないのに。作ってもらうんだからチャラじゃん」


むしろ、あの美味しさならお釣りが出る。


「……だめ。つきくんのお世話してる実感が……足りない」


「なんだそれ。また僕にマウント取る気だな。じゃあせめてあれだ。それ買った分僕が払うよ」


「……だめ。つきくんは……何もしなくて……いいの」


んだと、この頑固者め。

いつも思うがこいつは、僕をクズかヒモにでもしたいんじゃなかろうか。


「じゃあ割り勘!それならいいだろ!いや決定だねもう妥協しないからね!」


「つきくん……頑固」


お前だろが。なんなんだ全く。


「あ、一応言っとくけどまた自分の分作んなかったりしたら怒るからね」


「それは……大丈夫。つきくんは……私と……食べたいんだもん……ね?」


「……それは……わからんね」


「ふふ……お腹……空いてる?」


過去の自分の発言に基づいた確認に僕が意味もなく回答を濁すと氷織は揶揄うように笑って、そんなことを聞いてくる。


学校が終わってから多少寄り道して帰ってきたので、夕飯にはもういい時間だと言って差し支えないだろう。


「それなりにね」


「ん……それなり……ね?」


僕が前と同じようにそう答えると、氷織はわかっていたと言わんばかりに微笑みながらオウム返しして、料理に取り掛かった。


妙にこそばゆいなと思いつつ、僕は食卓に座って、氷織の所作を眺めることにする。どうせ手伝うなどと言っても、氷織は僕を子供扱いしつつ、座って待てというだろうし、そうでなくてもスキル皆無の僕じゃ足手まといだ。こういうのは開き直って休んどくに限る。


「つきくん……ちょっと……来て」


などと考えたのだが、早々に氷織が僕を呼んでくるのでその考えはあっさりと覆された。大人しく立ち上がり要件を聞きに行く。


「なに?なんか手伝う?」


「ううん……危ないから……だめ」


やっぱ馬鹿にしてきやがる。このアマ。


「じゃなに」


「あのね……髪……結ってほしい……の」


「あ?」


「その……縛る前に……手……つけ始めちゃったから」


あー、そういう。そういえば前もポニテにしてから料理してたっけ。結び忘れたのか。


食材やら何やら触って、もう火もつけたみたいだし、確かに今から自分で結ぶのは効率が悪いだろう。


それくらいならお安い御用だ。


「いいよ。髪ゴム的なのは?」


「ポケット……胸の」


「ドンマイ。自分でやれ」


作業を進めながらも氷織がふざけたことを言うので、僕はその要求を断らざるを得なかった。

すると氷織は不満げな顔で言う。


「いじわる……いわないで」


「いじわるはお前だ!僕を犯罪者にする気か!」


僕が正論で勝負に出るが、氷織は意に介した様子もなく自分の胸元を見つめてぽつりと言う。


「私……おっきめだから……大丈夫なんだよ?」


「は?」


それが問題なんだろ。文脈理解してんのかこいつ。


「だから……少しくらい触れちゃっても……しょうがないと思うから……気にしなくて……いいよ?」


「なんでお前が僕向けの言い訳考えるんだよ」


「あ、でも……わざといたずらしたりしたら.......えっちだから……だめ」


僕はこういう場面であたふたするのを恥ずかしいと思う性質たちなため、優柔不断な姿勢でいたくはないのだ。とはいえ、それでも今回はハードルが高すぎる。


「いや……でも」


思わず、氷織の胸元を数秒見つめて迷ってしまう。


「恥ずかしいから……あんまり……見ないで?

はやく……してほしい」


「ちっ」


そうしていると、氷織が頬を紅潮させてそんなことを言ってくるので、だったら最初からそんな要求してくんなとその自分勝手さに僕はプッチンした。


「わかったよ」


氷織の羽織るセーラー型のカーディガンに胸ポケットはない。恐らくその下のブラウスの胸ポケットに髪ゴムが入っているのだと思われる。


僕はそこに向けて右手を伸ばしつつ、氷織に言う。


「あ、僕赤ちゃんだから手になんか触れるとぎゅってにぎにぎする反射があるけど、それは反射だから。しょうがないからね」


「え……?まっ……待って」


「待たない」


僕の言葉に動揺する氷織に答えつつ、僕は右手が胸ポケットに入る瞬間に左手で氷織の服を前方に少し引っ張る。


「ひゃ……」


そして、驚く氷織を無視したまま、その肌に服越しでも一切触れることなく、髪ゴムを回収した。

すると、氷織が目をぱちくりさせてこちらを見る。


「つきくんは……制服の下が……見たかったの?」


「なんでそうなる!触んないように空間作ってやったんだろが!」


「気にしなくていいって……言ったのに」


「触るって言ったらビビったくせに」


「び、ビビってないよ……びっくりしただけ……だもん」


「ふん、似たようなもんさ。黙って作業してろよ。今結んであげるから」


「あ……うん。お願い……します」


「髪、少しとかすよ」


その必要は無さそうに見えたが、なんとなく具合を知るためにも、一応適当に手櫛で整えることにする。


そういえば氷織の髪をこんなに触るのは初めてだ。ほんとに見た目通り艶やかで、サラサラしてる。


「……んぅ」


氷織が少し気持ち良さそうな顔を見せてくれるので、無駄に何回か追加で手櫛を入れてやることにした。

髪の毛は温度がないから比較的平静にさわれていい感じだ。


「つきくん……上手」


「そう?霧夜ねぇに昔やらされてたからかな」


手櫛でいじるのに上手い下手なんてあんのかな。


「つきくんのお姉さん……いいな」


「別にこのくらい言ってくれればいつでもするよ。今度はちゃんとブラシで。氷織の髪触ってて気持ちいいし」


「にへへ。じゃあ……またお願い……するね」


「ん」


適当な位置で髪を束ねて一つ結びにしてやる。以前みたポニーテールよりは若干低い位置になったが、まぁ問題ないだろう。


「はい終わり。こんなもんで具合いい?」


「うん……いい感じ。ありがとうね」


「ん」


ふむ、しかしこの久しぶりに僕がマウントを取れてる感じ、悪くない。

欲を出した僕はもうちょっと何かないかと、辺りを見回す。


そして、白色のエプロンを見つけたのでそれも着せてやろうと思い至る。


背後から氷織の目の前にエプロンを垂らし、首に引っ掛ける。


「つ、つきくん?これ……」


「母さんと、たまに霧夜ねぇが使ってる奴だけど。ないよりマシだろ」


「私が使って……いいの?」


「逆にダメな理由が見当たらないけど、いいよ」


エプロンの紐を後ろでむすんでやりつつ、こんなことをしてる間にも着々と料理は進んでいるのだなと、ふと思う。


「いいにおい」


食材を煮た匂い。

もう美味しくなりそうな気配がしているのはすごい。


「……っ?つ、つきくん……えっち」


何故か氷織が振り向いてそんなことを言う


「は?なにが」


しかしその時、僕の視線は氷織が作業をを進めていた料理に向いていたので、視線を戻して問うと、僕の視線を追っていたのか、今度は氷織が料理の方を見ていた。


「……ぁ」


「ほーん、その“あ”は勘違いしてしまいましたの“あ”だね。氷織は何のことだと思ったの?」


エプロン着せてやりながら氷織の匂いを嗅いでるとでも思ったのか。まぁ常にいい匂いしてるなとは思ってるけど、別に嗅いでるとかではない。


「……ばか」


氷織の苦し紛れの一言など、大人な僕は華麗に無視し、食卓で料理の完成を待つことにした。

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