第30話 美少女講座



事情を話し、どうにか僕が潮海の引き留めに成功すると、潮海は深いため息をついて言う。


「もう、ほんとあなた何なのよ。突然触られたらびっくりするでしょうが」


「ご、ごめん……。で、でも潮海さんはこ、このくらいなんでもないんじゃ……」


テスト勉強の際に僕の動揺っぷりで遊ばれたことは未だに根に持っている。


「失礼ね!私のガードがそんなに緩いわけないでしょ!大体あんたの手はなんか柔らかいし折れそうで無理矢理ほどきづらいのよ!びっくりするの!」


「は?」


「あぁ、もう今のなしなし。何でもないわ。それで何?急にほんとのあなたが出てきたと思ったら……もらったら嬉しいものを教えろって……何であなたがそんなもの知りたがるのよ」


「あ……い、いや……えっと、そ、その」


「あなたまさか……私に……」


「それだけは絶対にない頭おかしいんじゃねぇの?」


潮海のおめでたい思考だけはどうしても阻止したかったのか、僕の舌が正常に回転すると、潮海が体を強ばらせて、こちらを睨みつけてくる。


「あなたねぇ……」


そして怒りを抑えるようにふっと息を吐くと、腕組みをしてこちらを見下すように言う。


「あっそ。そんな生意気言うんだったらお願い聞いてあげないわよ?」


くそ、自分から言い出したことすら守れないなんてなんて格好悪い女だ。ただのガキじゃねぇか。大人しく言うこと聞けっての。


「あ……ご、ごめん。ど、どうしてもお、教えて欲しいんだけど……」


再び僕が舌をうまく回せなくなると、潮海はため息をついて、諦めたような顔をした。


「はぁ……。欲しいものは、これから探しにいこうと思ってたところよ。ひおりんいないし、本当はるいるいか修斗でも誘おうかと思ってたんだけれど……何かの参考にしたいんだったらあなたが一緒に来る?」


「……」


いや、それはちょっとな……。こいつと一緒じゃ目立つしなぁ……。


「何で嫌そうな顔するのよ、ほんとムカつくわねあなた。来るの?来ないの?」


潮海がじとっとした目で、早く決めろと言わんばかりに顔をぐっと近づけてくる。


ほんとはこいつと行動なんてしたくない……でも、少しでも喜んでもらいたいのなら。


「い、行くよ……」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


駅の近くの繁華街。大型ショッピングモール内の一角。


「ここよ」


僕一人なら入れないどころか縁がなさすぎて、目に留めることすらないであろう小綺麗な店。


潮海に連れられ店内へと足を踏み入れたのだが。


「……」


ぼっちオタクの僕には圧倒的に相応しくない場所にいるせいで、周りの視線が気になってしまう。


「ここはアクセサリーもコスメも揃うし、センスの良いものが多いからよく来るのよ。ちょっと学生的には値段張るかもしれないけどね」


だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。店内を見回し、潮海の解説に耳を傾けながら真面目に思考する。


潮海がこの店を選んだということは、女子の欲しがるものに関しては、完全に成瀬の言う通りで間違いなさそうだ。


問題は僕がここからうまく選べるか、どうか。


「し、潮海さんは……ア、アクセサリーとかもらったらどう思う?」


「そうね……相手によるけど……気に入らないものをその人のために義務的につけるようなことになったらと思うと少し億劫ではあるわね」


それは……確かにそうか。結局潮海も成瀬と同じく化粧品のような消え物の方がいいと考えているのだろうか。


「し、潮海さん、こ、これは何?」


仕方ない、手近になものから気になる化粧品について、解説役に片っ端から問いただしていくしかない。


「ん?それはダブルライナーね。二重のラインとか涙袋を強調したりするのよ」


なるほどわからん。


「えっと……し、潮海さんはこれ使う?」


「撮影の時に使うことはあるけど、普段は使わないわ。アイシャドウなんかもあまり好きじゃないけど、仕事用にここで買うことはよくあるわ」


ふむ……これも成瀬の言う通り、潮海はこういうのの必要性をあまり感じていないようだ。あいつの話を信じるなら恐らく潮海が使わないものは、基本的に氷織にも必要ないはず。


あの成瀬が悩むだけあって潮海や氷織に対するプレゼントってマジで難しいんだな。


「あれ、そこにいるのもしかして雨音ちゃん?」


「.......? あ.......進藤......さん」


「おぉ、やっぱり。奇遇だね。化粧品見てるの?俺も最近担当のメイクさんに色々聞いてさー、自分でも選べるようになろうかなーって」


「.......あはは、そうなんですね」


考え込んでいると、よくわからない小洒落た優男が潮海に話しかけていた。


後ろでうるさいったらありゃしないが、学校の奴らとかでは無さそうだし僕は無視でいいだろう。


やっぱり本来は僕なんかがこんな場所にくるもんじゃないのだろう。チャラそうな男と女が偶然であっておしゃべりですか、そうですか。


学校内ですら友達いないんで僕そういうのよくわかんないけどね。


誰だか知らないが、どうせ僕が会話に入る余地もなければ、まともに舌が回せるはずもない。


潮海はもう役に立たないと見ていいだろう。ここに連れてきてくれただけでも感謝だが、あと頼れるのは頼りない僕のセンスだけというわけか。


脳のリソースを無駄遣いしないため、耳に入ってくる情報を脳の手前でカットしつつ、購入するものを吟味する。


アクセサリーなんかも一応見ておくか。


適当に陳列されてるものを視界内で左から右に流していく。


「今日は、あの子......そう、氷織ちゃん。一緒じゃないの?」


おっと危ない。急に脊髄反射で力が入って手に取った商品を壊しそうになってしまった。


「いつも一緒にいるわけじゃないので。今日は......」


うーん、言っちゃ悪いけど、意外と微妙なのが多いなぁ。


氷織がつけるとなれば似合わないということはまずないのだろうけど、あいつに釣り合うかと考えると、どれも見劣りする気がする。


「そっかー。雨音ちゃんと並んでも全く遜色ない美人だし、仲良くなりたいんだけどなー。スタイルも完璧だし?」


「あの.......そういうのは」


良さそうなものもいくつかあるが……とてもじゃないが、僕のポケットマネーで手が出るレベルじゃない。


「ねー、こっそり連絡先とか教えてくれない?今度雨音ちゃんにいい仕事入るように俺が事務所に推してあげるからさ」


「進藤さん.......ほんとに困ります」


あ、ハンドクリームとかもあるのか。これは悪くないかも。


あーいやでも、手首に滲みそうなんだよなぁ。


「でもさ、俺が仲良くしたがってるって言ったら結構喜んでくれると思うんだけど。いいから携帯ちょっと貸してよ」


「ちょっとやめ.......」


あいつが必要なもの……あいつに似合うもの。


あ……


「……っ!?」


氷織の姿を思い浮かべ、真に迫った思考に行き届いたかと思った瞬間、突然軽い衝撃が背中に加わり、声にならない息が出た。


「きゃっ、ごめんなさ」


後ろから誰かぶつかってきやがったらしい。

くそが、ちゃんと周り見ろ殺すぞ、と振り返れば、そこには珍しく青い顔をした潮海がいた。


変な男との話は終わったんだろうか。


「あ……三咲。ごめん。あなたのこと放って話しちゃって」


「あ?なにこれ、雨音ちゃんの友達?」


何だこの状況。僕のことなんか無視して二人でよろしくやってれば良かったのに。


「えっと……まぁ……」


なにがまぁだ。別に友達じゃねーだろ。


「あ、あの……ぼ、僕は……えっと」


「へー、雨音ちゃんってこんなのとも仲良くするんだね……ははっ、なんかびくびくしてるけど……」


男の声を直に受けて、情報を耳で止めていた数分前の情報が脳内で遅れて再生され始める。


雨音ちゃん......これは潮海のこと。

進藤さん.......知らない名前。会話の流れからして、モデル仲間かなんかか。


あ?待てよ。なんかこいつら……氷織の話を


「おい、潮海お前なにしてんの?アホなの?」


「は?何って……ていうかあなた、また私に向かって……」


舌が滑らかに回り始める。氷織が絡むとすぐこれだ。別にいいが、少し癪だ。


「氷織が好きならちゃんと守れよ。だっせーな」


「はぁ!?あんた今なんて言ったの!?」


「うるせぇ!さっきから僕をイライラさせんな!」


「アンタだってうるさいわよ!!また癇癪起こしてるの!?仮にも連れなんだから平気な顔して商品見てないで、すぐに助けてくれても良かったじゃない!!」


「お、おいおい、ちょっとお前ら二人ともやめろって。目立つだろ……」


「るっせーな!テメェのチャラい言動の方がよっぽど目立ってたよカス!つーか誰だお前!高望みしてんじゃねぇ、殺しちまうぞ!」


「っ!?」


「そーよ!あのね進藤さん。前から思ってたけど人気モデルだからって自信過剰に女の子にぐいぐい行くところ私すっごく嫌いよ!ひおりんはそういうのもっと嫌いだしね!!」


僕がヒートアップさせてしまったせいか、随分と苦手意識があったらしき相手にも同様のテンションで文句をつける潮海。


「なっ、なんだその言い方……!この俺がずっと優しくしてやってたのに……!このっ!」


僕らが言いたい放題言ったことで、男が逆上し、潮海の制服の襟を荒く掴んだ。


「なっ、ちょっと!!はなして!」


潮海は無理矢理解こうとするが、男の力は強く、抵抗も虚しい。


「ふっ」


だが、これは幸運と言ってよかろう。


「なんであんたはこの状況で笑ってんのよ!この腹黒!!」


そりゃ笑いもする。このご時世相手を逆上させて手を出させた方が割と勝ちみたいなところがある。

仮にもモデルか何かなら写真か動画とってSNSにばら撒いて終了だ。こいつが大物か小物か知らないけど、大物なら大物なほどむしろいい。


「か弱い女子が襲われかけてるのよ?見てないで助けなさいよ!なに?この男にビビってんの?アンタ非力そうだもんねぇ」


「あ?」


誰が非力だ。


まぁ、別に漫画みたいに殴り合いでかっこよく助けてやってもいいけど。

僕弱くないし。でもちょっとだけ?今日は拳の調子が悪いから?最近、鉄け……某格ゲーもやってないしね?


別の方法で助けてやろうかな。


別に潮海の安否なんかどうでもいいけど、この変な男が僕の逆鱗に触れているのは確かだから。


「すー……」


昔から悪い人に出会ったらこうしなさいと、警察官の母親に言われてずっと練習させられていたことがある。それは、


「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


大声を出すこと。小学校でも習う初歩の初歩。しかし、これが最も大事なことだと、僕の母さんは言った。


「おいお前!それ以上大きい声は——」


「あぁあぁぁぁあああぁああああ!!!!!」


助けを呼び、相手も怯ませる。僕は余裕でできるように身体に刻まれているけれど、これができない人が世の中には結構いるらしい。理性を敢えて削るという理性も時には必要である。だからこれは癇癪とかじゃなくて僕の理性なのであった。


そこんとこ間違えないでもらって。


「な、なんなんだこいつ……くそ!」


上級者の僕は、楽によく通る声を出すために、地声っぽく高音を出せるミックスボイスとかいうテクも使うことができる。


「あぁ〜あぁあぁあ〜——むぐっ」


調子に乗って僕が遊びを入れ始めると、ついに、男が潮海から手をひき、僕の口を塞ぎに来たが、もう遅い。


「お、おい、君たち!なにしてる!?」


ここはショッピングモール内の一角。ここまで事を大きくすれば当然、ギャラリーも増えるし、怖い警備員さんだって出てくる。


あとは当事者の自称か弱い女の子がギャラリーと共に適当な証言しとけばフィニッシュだ。











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