第29話 勝敗
「え、あ、し、潮海さん。えっとて、テストお、お疲れ様」
潮海のリア充圧に僕の舌は簡単に屈し、吃った喋りを紡ぎ出す。
「ふん、また鬱陶しい喋りして。でも、まぁそうね。お疲れ様。終わってから結構経ってるけどね」
「や、やっぱりす、すごいね。し、潮海さんは。だ、男子はみ、みんな潮海さんとあ、有栖川さんの話してたよ」
「そ。女子はみんな修斗と燐の話してるわよ」
潮海がなんでもないように、窓の外に視線を促すので、校庭の方を見てみれば、見知らぬ女子どもがわいわいと話している様子だった。
——逆巻くんの順位見た?運動も完璧なのに、9位なんてすごい!かっこいい!
——成瀬くんもすごかったよ!サッカー部でもうエース級の活躍なのに、テストの順位もトップクラス!完璧だよ完璧!
順位だけ聞けば、僕は踏ん反り返っていられるというのに、あれもできるのに、これもできるのに、といった枕詞が、そんな気をかき消していく。
何よりあのキラキラした女子の目。
これが学内カーストの格差である。
などと思ってみるが、まぁ、正直そんなことどうでもいい。
僕はあいつらが嫌いだし、目の前に現れれば文句などいくらでも出てくるが、究極的には別世界の人間だというような認識が強いのだ。
あいつらが多く持つ浅い関係性についても、自分にも生きていく上で必要なのかと悩むことは多いが、羨ましいと思ったことはない。むしろ嫌悪している。
僕は自分がクソだと自覚しているが、そんな自分が嫌いなわけではないからだ。
つーか、
「し、潮海さん、ぼ、僕に何か用?」
「なに?用がないなら話しかけるなっていうの?生意気ね」
テメーこそ生意気だぞ。すぐそこの順位見ろや。
「今回は……ま……まけ——んんっ。まぁ、あれだとしてもそれはたまたまよたまたま」
なんて往生際の悪い。素直に負けたと発言することすらできないとは。
「ちょっとお仕事がたくさん入ってたからね。私モデルだし?次もひおりんのとなりに名前を置けるなんて思うんじゃないわよ」
僕に字のことで言い訳されたくないとか言って世話焼いてきたくせに、自分は言い訳するらしい。身勝手な奴だ。
「べ、別に、そ、そんな.......。ぼ、僕と違ってし、潮海さんが他にも色々こなしてるのは……わかってるし」
これに関しては本当にそう思ってる。僕は部活もバイトもしていないのだから、圧勝できなきゃ負けも同然なのだ。別に潮海に勝とうが負けようがどうでもいいけど。
などと考えていると、僕の言葉に潮海は罰が悪そうな顔をした。
「……ごめん、やっぱ今のなし。ここで負けを認められないのは……さすがにかっこ悪いわよね……。まぁ、負けは負け……かしらね。本当は今までで一番手応えはあったし、下手したらひおりんにも勝てるかと思ったんだけれど。ひおりんはもちろん、あんたの頑張りと集中力は素直に認めるわ」
「あ、えっと……ど、どうも」
「何か望みはある?今後の戒めとして常識の範囲で何か頼みを聞いてあげてもいいわよ?」
「え?い……いや、べ、別にそういう取り決めをしてたわけじゃないし……」
僕としてはそもそも勝負をしているつもりもあまりなかったのだ。
「本当に?この私に勝ったのはひおりん以外じゃあなたが初めてだもの。何か報酬があってもいいと思うけれどね」
何だこいつ。自分のことラスボスかなんかだと思ってんのかな。
「ぼ、僕は別に……」
別にこいつにして欲しいことなどない。強いて言うなら、あまり学校で話しかけてこないで欲しいというくらいだが、そんなことを言ったらどうなるかくらい僕にもわかる。
「まぁ、今はいいけど。学校じゃ基本的にあんたの本音が聞けないことくらいわかってるしもう行くわ。またどこかで本音が聞ける時にたくさん話してあげる」
いらねぇ。さっさと行けクソが。
「さっさと行けとか思った?あと心の中で汚い言葉も使ったでしょ?」
なんでバレた。こいつエスパーか?
「お、思ってないし......つ、使ってないよ」
「ふーん。まぁそうよね。私みたいな可愛い女の子が話してあげるって言ってるんだから」
良かった当てずっぽうか。
「え、えっと、ぶ、部活が、頑張って」
「今日はいかないわ。テストの結果も出たし、自分へのご褒美にとして何か買い物でもしようと思ってるのよ」
こいつも成瀬と似たようなことを言いやがる。
「そ、そんな理由、大丈夫なの?」
「うちは参加自由だし。記録出してれば文句も言われないもの」
そうなのか。そういやこいつ部活やってない氷織とよく一緒に帰ってるもんな。
モデルの仕事も考えて、うまく部活を選んでるってとこか。
成瀬とこいつはかなり器用なタイプだ、部活のサボり方といい、そういう息抜きの仕方もうまいわけだ。
買いもののセンスもきっと僕などよりよほど……
「ほんとうはひおりんと行きたかったけれど、今日はバイトみたいだし、それはまた今度かしらね。ま、そんなわけだから、じゃあね」
潮海が僕に別れを告げて踵を返すと同時に……考え込んでいた僕の思考は、ここで潮海を逃すわけにはいかないことに気づいた。
「ちょっと待て」
身体が自然と潮海の腕を捉える。
「きゃっ、な、何?」
「やっぱ用事できた。多少の頼みなら聞くんだろ?ちょっと面貸せよ」
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