第25話 2vs2


僕と氷織は至近距離で顔を見合わせるが、この状況をどう誤魔化すか口を開く間はなかった。


ガララ、と教室の扉が開く。


「ひおりーん……ってあれ?」


「どした瑠衣子……お?」


声から想定していた通り、そこには部活終わりの体操服姿の松原瑠衣子とサッカーウェアの成瀬燐がいた。そういえば松原は潮海と同じ陸上部だった気がする。

二人とも僕と氷織の姿を捉えると、一瞬足を止めた。


冷静にマジでやばい。どーすんだこれ。


「あ、あの……え、えっとこ、これは……」


クラス、いや学年カースト最上位の二人の登場に、当然のように僕はたどたどしく口を動かすが、


「しっ……」


「にゃぐ」


氷織がその手で僕の口を無理矢理塞いできたので変な声が出る。


「びっくり……この学校、ひおりんとあまち以外にもあんな綺麗な女の子がいたんだ」


「ん、あぁ、そうな。まぁ、うちはマンモス校だしな。俺らでも顔知らんのも多少はいるさな」


「あれれー?かっこつけてる?見惚れてたっしょ?」


「……お前も男の方見て変な顔してたぞ」


「なっ、ちょっと可愛い男の子いるなくらいにしか思ってないし!」


何かがおかしいこの反応……もしかして。


(……気づかれてない?)


小声で僕が呟くと氷織がそっと頷きを返してくれる。


(私もつきくんも……普段学校でいる姿じゃない……から)


氷織は特にわかりやすい髪や瞳の色といったわかりやすい部分のビジュアルが違うのだ。そう簡単には有栖川氷織とバレない。


氷織ほどの違いがあるとは思わないが、僕も顔をがっつり晒してる上に、寝起きで眼鏡もしていない状態だ。なんなら松原なんかはそもそも普段の僕でも誰かわからないまでありそうだが。


人気のない教室で僕と氷織が二人きりという状況の非常識さと、普段とのビジュアルの違いが奇跡的に噛み合って、成瀬と松原を完璧に誤魔化せている。


僕と氷織が小声で話していると、成瀬と潮海も言い合いが終わったのか、僕らの方に近づいて話しかけてくる。


「アンタ達、何組の子?アタシ達のクラスで何やってたの?……まー……そんなに至近距離で、二人きり……察しはつくけど」


改めて松原にそんなことを言われれば、僕も氷織も多少は意識してしまうわけで、お互いちょっと気まずめの視線を交わしたり交わさなかったりしてしまう。


「お、その反応。もしやまだ恋愛関係とかまでは行ってないなー?」


僕達の顔を見て、松原がにやにやと揶揄うように言ってくる。

何で初対面と認識している相手にこんなずかずか話しかけてこれるんだろう。つくづくこいつらと僕は違う人種だと思わされる。


「……あんまり……勝手なこと……言わないで」


「お、おい」


僕がそんなことを考える間に氷織が完全にオフの状態で会話を始めてしまったので僕は思わず声を漏らすが、それを無視して成瀬が答える。


「悪い悪い。名前も知らないのに馴れ馴れしいよな。俺は成瀬燐で、こっちは松原瑠衣子」


「この学校でまだアタシ達のこと知らない人いるか微妙じゃない?」


「あー、そういやすげー久しぶりに学校の強制イベント以外で自分の名前言った気がするな」


成瀬と松原の言に嫌味ったらしいところがあるわけではないが、そういう発言がナチュラルに出来るところがかなりムカつく。


(つきくん……今は……普通に喋らないと……バレちゃう……かも)


(確かに……)


氷織に先程の行動をぽしょぽしょと説明され、納得する。


「アンタ達、名前は?」


けれど、


「あ、えっと……あの、ぼ、ぼ、僕ら……」


いつも通り、この口は僕のいうことなんて聞きやしないのである。松原と成瀬が怪訝な顔でこちらを見た。


(無理無理。そんなほいほい素出せるなら学校で苦労してないっつの)


(頑張って……つきくん……今も普通に……話せてる……でしょ?)


(そりゃ氷織が相手だから……あいつら相手じゃ僕には無理だよ)


(じゃあ……私のこと……もっと考えたら……話せる?)


(はぁ?)


(おてて……ぎゅって握っててあげるから……頑張って)


「ちょ.......」


氷織が謎な理論を展開しつつ、後ろ手で僕の手を握ってくる。


「ちょっと聞いてるの?」


(ほら……誤魔化さないと……バレちゃう。大丈夫……誰もつきくんだなんて……思ってない……よ)


(あーもう、わかったよ)


「アタシ達も名乗ったんだから名前くらい教えてくれてもいいっしょ?」


そんな簡単にちゃんと喋れるようになる訳あるかと心の中で不満を漏らしつつも、僕は松原の言葉に答えてみることにする。しかしこいつほんと、


「……うるさいな。声がデカいんだよなぁ。そんな声出さなくても聞こえてるっつの」


氷織が強く握る手の温度は、どうしてか僕の感情をそのまま吐き出させた。


「はぁ?」


「あれ……これいけるな」


僕を睨んでくる松原の視線を無視して、続ける。


「ねぇ、お前は個人情報教えられたらそいつがストーカーでも見返りに自分の個人情報全部バラすのか?名乗ったからって人の名前を簡単に聞けると思うなよ」


「……何?可愛い顔してちょー生意気。意味わかんないし」


「あっはは、なんだその無茶苦茶な理論。名前くらい別にいいだろ?なんだったらテストも終わったし、お近づきのしるしにこの後どっか食べにでもくらいには思ってるんだけどな」


「うーわ、燐くんこっちの女の子と話したいだけじゃないのー?」


「いやいや、そっちは七割。三割はこっちの男に興味があるんだ」


「なんの言い訳?ウケる」


こいつらはこんなふうにしてどんどん友達を増やしていくんだろうか。

自分達のカーストが高いことにかこつけた人好きのする笑顔とうざったいノリ。

社会的には正しいことなのかもしれないけれど、やっぱり僕は苦手だ。


うぜぇ。


「ウケねぇよつまんねぇ死ね。お前らのコンドーム程度の浅い常識と僕の常識を一緒にするんじゃ——むぐ」


「そんな言葉使っちゃ……め……でしょ」


くそまた僕の口を塞ぎやがって。氷織の奴め。僕は操り人形かっての。


「ん……わかったから……はなして」


「……いい子」


まぁ確かに調子に乗り過ぎた。実物を見たことすらないくせにこの例えはまずかった。それに、陽キャに対して溜まっている鬱憤をこの二人で全て発散しようとしてしまった。


「「……」」


実際問題、二人がぽかんとした表情でこちらを見ていた。


「ねー燐くん、口悪すぎなんだけどこいつ」


「くくっ。すげーこと口走ると思ったけど力関係はそうなのか。ふっ、だめだ。マジでお前らっ、何組の誰だよ」


松原は憤慨したように成瀬に愚痴るが、当の成瀬はクツクツと腹を抱えてどこ吹く風だ。


「あの……もういい?……私達……帰るから」


「マジで塩対応だな。まぁ無理に引き止める気はないけどさ。気悪くさせたんなら謝る」


「えー別に謝んなくていいっしょ。悪いことしてないじゃん」


氷織が切り出すと成瀬は承諾し、松原はブーブー言っているが引き止める気もないようだった。


「いこ……」


「ん」


氷織に手を引かれ、僕らが教室を出る寸前に、成瀬が思い出したように声をかけてくる。


「あ、そうだ、この教室で有栖川の姿とか見てないか?今いないってことは帰ったんだろうけど、その確認のために俺たち来たからさ」


「み、見てない」


「そっか。さんきゅ。一見さんはお断りだったみたいだけど、次会う時があったらマジで名前くらい教えてくれよ?」


「……考えとく」


別れ際に僕は成瀬とそんなやり取りをして、教室を出た。

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