第24話 逸らせない目
「よく眠れたかといえば、よく眠れたね。ただ……」
氷織の問いに答えつつ、少し考える。
僕は黒板に向かって一番後ろの自分の席についたまま寝ていたはずだったが、いつのまにかその更に後ろ。
教室内で最も開いたスペースであるその床で横になっていた。そばに氷織がいるからには彼女が何かしたはずではなかろうか。
「氷織は何してたの?」
聞けば、氷織はふいっと視線を逸らして言う。
「……つきくんを……寝かしつけてた」
「お前も寝てたろがい。マウント取るための物言いするな。そもそも、僕は自分で眠ったし」
「膝枕……気持ちよく……なかった?」
それを聞かれると今度は僕が弱い。
「……気持ちよかったけど?」
「ふふ……よかったね?」
強がりつつも、喋りの勢いを減退させて言うと、氷織がからかうようにこちらを見て笑うので、僕はからかわれてしまいましたの顔をするしかなかった。
「つーか、僕はすぐそこの自分の席で眠っていたはずなんだけど」
「ん……私も……みんなが帰った後……あっちの自分の席で……寝てたの」
氷織が窓際の席を指して言った。
氷織も今日まで授業中はほとんど眠っていたようだったし、深夜に何度か僕とメッセージのやり取りもしていたことから、夜はあまり眠っていなかったはずだ。
僕と同じように帰る気力もなく、席で眠っていても何らおかしくはない。
「そしたら……おっきな音がして……目が覚めたの。誰もいない教室で……つきくんが……席から転げ落ちてた」
「……」
なるほど僕が床で横になってたのは寝相のせいか。
転げ落ちても起きないほど熟睡していたのか。
「頭大丈夫かなって……膝枕してあげたの」
「その言い方やめて。なんかすごい刺さった」
「……ん?」
「いや、いいや。そういえば校内でその姿、大丈夫なの」
「今は……二人きり……。色々つけたまま眠るのも.......ほんとはあんまりよくない.......から」
がっつり眠る事を想定して、みんなが帰ったのをいいことにタイミングを見計らって外したんだろうか。
氷織は僕の前では明るい髪色のウィッグも、カラーコンタクトも外したがる。
普段はそれらを体操服入れに入れてたり、ロッカーにしまってたりするらしい。大変そうだが、氷織がそうしたいというのならそれでいいのだろう。僕の口出しすることじゃない。
「こんなことしなくても、別に起こしてくれて良かったのに」
「つきくん……無理矢理起こしたら……ぐずりそう」
「あ?」
「……」
僕が軽く威嚇すると、同時に氷織は目線を合わせないようにふいっと顔を逸らしてそれを
「こいつ……」
「それに……つきくんの可愛い顔……じっくり見れるチャンスだと……思ったから……」
「……っ」
僕が唸っていると、氷織がなんでもないようにじっとこちらを見てそんなことを言うので、当然恥ずかしくなった僕は顔を逸らすしかないわけだが、
「うわ、ノータイムで回り込んでくんな!」
氷織はその動きに合わせて移動してくるので僕はずっと氷織に見つめられていた。
「にへへ……可愛くできて……よかった」
「あぁ?」
なんだ、僕の顔にいたずらでもしやがったのかと、自分の顔に触れようとするが、意識がそちらに向いたおかげで触れる前に感覚で理解できた。
いやに視界が開いていると思ったがそういうことか。
「お前……また僕の髪にヘアピンなんかつけて……」
しかも今回は感覚的に一個や二個じゃない。
「つきくんは……前髪流したり……ピン留めしないと……お顔よく見えなくて……勿体ない」
「勘弁してよ。そうじゃないと人と目合わせられないんだからしょうがないじゃん」
「つきくんは……普段もあんまり……人と目……合わせてない。ぷりぷり怒ってるとき……くらい」
「うっさいな心持ちの問題だよ心持ち」
「……」
図星を突かれ、若干血圧を上げつつ反射でそんな口答えをしたのが良くなかったと、黙りこくった氷織を見て、悟る。
「お顔晒してても……目……合わせられたね……えらい」
「ぐっ……」
馬鹿にしやがってくそ。
自分でも知らなかった癖を見抜かれた上に実証までされ、気まずさと悔しさにまたしても顔を逸らす僕だった。
しかしながら、すぐさま僕は再び氷織の方に視線を向ける。氷織も少し焦ったような顔で僕の方を見ていた。
そうせざる得ない状況に僕らは陥った。
「ほんとにあいつまだいるのか?」
「わかんないけど……あまちがもしかしたら教室で寝てるかもって言うからさー。最終下校時間になっても誰も気づかなかったりしたらまずいっしょ」
「心配性だなぁ。でも雨音はもう帰ったんだよな?」
「そーそ。お仕事だって。陸上の練習の後に大変だよねー、モデルさんは」
「まぁ、好きでやってるみたいだしな」
「てか燐くんは無理してついてこなくてもいいけど?」
「いいだろ別に。せっかく同じ時間に部活終わったんだしさ」
「お互い時間ギリギリまで活動させられるブラック部活なだけじゃん?」
「陸上部は自由参加だし、オフの日多い超ホワイトだろ」
自然でありながら自信を伺わせる二つの声。
ほとんどの生徒が帰宅している茜さす校内で、松原瑠衣子と成瀬燐のそれはチャイムなどよりもよほど耳に通った。
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