第19話 リア充マジック


翌日。まだまだ定期試験に向けた若干真面目な雰囲気が漂う教室。緊張感のない美少女の綺麗な寝顔に、教室の視線、主に男子の視線が集まっていた。


「あー、有栖川、ここの問題解いてみろ」


見かねた数学担当の先生が、氷織を指名した。


「うぅん?ふぁい」


氷織は目を擦りながら、教壇に立つとサラサラと綺麗な字で完璧な回答を示した。


「うむ……せ、正解だな」


教室のうわずった声と共に教室がざわつく。


——さすが有栖川さんだなぁ。テスト期間でも余裕って感じだ。


——授業もあんまり聞いてないのにどうしてあんなにできるんだ?あれだけ可愛くて天才って反則すぎだぜ


天才か。確かに状況だけ見れば、そんな風に見えるのかな。


氷織の勉強について知った、同じだと共感した僕からすれば、そう簡単な言葉で片づけていいものか迷うところではある。同じだけやって勝負に完敗した以上、地頭か、集中力か、とりあえずそのあたりが僕より圧倒的に優秀だってことは確かなのだけど。


ま、やっぱたぶん天才なんだろう。じゃないと僕が馬鹿みたいだし、それでいいや。


氷織もほとんど徹夜なのは確かだし、この時間は睡眠時間に充てることにしたのかな。そうじゃなくてもあいつはなんかいつも疲れてそうだけど。


再び席で眠り始めた氷織を見て僕はそんなことを思う。


今授業でやってるところは昨日勉強してしまったところだし、どうせ聞く意味もない。


「三咲ー、今は数学の授業中だぞ」


はい僕も見つかったくそが死ね。

徹夜で数学をやっていた僕も、授業は聞かず、今は勝手に物理の勉強をしていたのである。


「ぼーっとしてて間違えたか?次に他の科目の教科書出してたら没収するからなー」


「あ、はい、す、すみません」


氷織の時とは異なり、クラスの連中からは嘲笑が漏れていた。潮海だけが、気に入らなそうな目を向けてきていた。


まぁ、見つかったらしゃーない。僕も寝よ。


うん、これは睡眠時間を確保するためであって、辛いことをさっさと寝て忘れようとかそういうんじゃないから。


くっそ、馬鹿どもが。テストで痛い目見て、両親に怒られて、将来が不安になってしまえ。




◆◇◆◇◆◇




「なぁ、三咲」


休み時間。隣の席の吉田が話しかけてきた。普段はこんなことないのに。理由はわかっている。


「別にそんな興味ねーけどさ。お前、潮海さんとか、有栖川さんと遊んでたって本当?」


朝から普段の10倍くらいの陰口の多さにうんざりして、授業が始まるギリギリまで教室を離れていたのだが。結局逃げ切ることなどできないのだろう。


「え?い、いや、あれは勉強してただけだし……か、勝手に連れられただけで……ぼ、僕もよくわからないよ」


「はは……そうだよな。悪ふざけのノリで誘われただけだよな。お前みたいなのが、マジで誘われるわけないもんな」


「う、うん……」


僕を自然に見下したような言は嫌な感じだが、悪気はなさそうだった。


——昼休み。


「えーっと、三咲くん?」


「は、はい」


——トイレ。


「あ、お前、少し待てよ」


「ひ、ひい」


——移動教室。


「おい、ちょっといいか」


「ふ……ふい」


その後も休み時間の度にクラスで普段会話しないような連中から、話しかけられる。

そして似たようにごにょごにょ言い訳すると誰も彼も吉田と似たような反応で笑い飛ばしてくる。


そして放課後。ようやく解放されたとため息を吐くと、


「おーい、起きなって、ひおりん。放課だよー」


机の上でぐったりとうつ伏せになる氷織の背を優しく、潮海が叩いているのが見えた。

そこに鞄を持った逆巻が通り、潮海に声をかける。


「おい、雨音。お前今日はどうすんだ?」


「どうって……何が?」


「チッ……いや、いい。燐、瑠衣子、帰るぞ」


潮海が首を傾げると、逆巻は潮海に起こされて半覚醒気味の氷織に一瞬目を向けた後、成瀬と松原に声をかけ、踵を返した。


「はは。じゃ、また明日な雨音。有栖川も」


「あ、待ってって二人ともー」


苦笑いで成瀬が答え、逆巻に続くと、追いかけるように松原が急いで席を立った。

自意識過剰かもしれないが、昨日の件が若干の不和を招いている気がして、耳を塞ぎたくなった僕もさっさと帰ることにする。勉強せな。


「あ、ちょっと待ちなさいって三咲。ひおりん起こすの手伝いなさいよ」


教室でいっちゃん声のでかい連中が半減したことで、静寂を取り戻していた教室が、少しざわつく。


「……は、はい」


くっそなんなんだ。ただでさえテスト期間で疲れが溜まってるってのに。もう勘弁してくれ。

教室内で潮海を無視して袋叩きに会うわけにもいかないので僕は大人しく踵を返した。


「びくびくしてるのは鬱陶しいけれど、ほいほい言うこと聞いてくれる分には悪くないわね……」


考え込んでいる潮海を尻目に、氷織に目を向けると、綺麗な顔で未だにうとうととしている。

爆睡というわけでもないので、すぐに起こせそうだが、潮海は何をそんなに手をこまねいているのか。


「ほら、ひおりん帰るわよ」


「んん、もう……少し。五分でいい……から」


「それ三回目よ。もう待てないわ」


「おね……がい」


「……しょうがないわね」


なるほど。


「アホか」


このやり取りで素直に甘やかす潮海に、そんな感想がぽつりと漏れてしまう。


「何か言った、三咲?」


「い、いや……な、なんでもないよ。し、潮海さん少しど、どいて」


潮海が睨んでくるので、そう返しつつ、これでは僕もいつまでも帰れないため、行動を起こすことにする。これが普通のカーストトップ美少女なら僕が打てる手などないが、氷織に限っては別だ。

言葉も必要ない。ある一点に、ほんの少し触れてやればいいだけだ。


「……」


そっと、一瞬だけ、僕はぐったりとした氷織の左手首を掬い上げるように触れた。


女子というのは触れるにあたってはハードルの高い箇所だらけのハリセンボン並みに恐ろしい生き物だが、ここに一瞬触れるくらいなら僕でもどうにかなった。


「……!」


その瞬間、氷織がハッとしたように手を引っ込め、顔を上げて周りを見回した。


「うそ……ひおりんがこんな潔く起きるなんて……」


左手首は氷織がいつも見られないように袖を伸ばしている箇所。家族の前以外では見られないよう気を遣ったりはしていないが、僕としても触れられるとなればかなり過敏になる箇所ではある。


「あまち……?えっと……今」


氷織が少し不安そうな顔をしたが、隣の僕の顔を見ると、ほっとしたように息を吐いた。


「つき……三咲くんの……いじわる」


そして、拗ねたような顔でそんなことを言うので、潮海が僕に顔を寄せてくる。


「ちょっと!今あなたひおりんに何したの!?」


「い、いや……べ、別に何も……」


その圧に思わず屈しそうにになるが、こればっかりは素直に答えるわけにいかない。


「あはは、なんでもないよあまち。ごめんね、また起こしてもらっちゃって〜」


「そういえばひおりん、今日バイトの日じゃないの?」


「て、テストあるしシフト代わってもらってるよ!」


「まあ、そりゃそうよね。私はちゃんと撮影のお仕事も出てるけど……む」


何故か僕の方を睨んでくる潮海。そういやこいつ結構有名なモデルなんだった。どこでどう有名なのかは全く知らないけれど。

潮海は普段から勉強してるタイプなので、余裕があるのだろう。

僕に成績で勝つためだけにモデルの仕事を休むとかはやめて欲しいものだが。


「ほら、二人とも早く勉強しに行こ〜」


いつの間にか帰り支度を整えていた氷織が、僕と潮海の方を見て、当然のようにそんなことを言う。


「え……?」


何言ってんだこいつ。僕は一人で帰って家で勉強するつもりだ。

昨日一回で今日の僕がどれだけ苦労したと思っているのだ。


けれど、氷織の言葉が理解できていないのはどうやら僕だけらしかった。


「まぁいいわ。ほら、早くしなさい三咲」


「……」


まっじかよ、くっっっっそ。

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