第18話 深夜

氷織の家は僕の家の近くの商店街を抜けてしばらく行ったところにあった。


商店街を抜けた先にでかくてかっけー家があるけど誰が住んでんのかなー、とは、結構前から思ってた。


それが氷織の家だった。


なんか格式高そうでちょっと怖くなっちゃった僕は、さっさと氷織に別れを告げてお家に帰ってきたのでしたとさ。


「ただいま」


「つーちゃん遅かったのね。本屋さんで漫画の立ち読みでもしてた?」


「テスト期間にそんなことしないよ。勉強してた。つーか連絡したろ」


「勉強もいいけど、お友達と遊ぶのも大事よ?高校でもお友達できなかったの?」


高校でもとかいうな。


「……決めつけないでよ。あと、なんで完了形なの。まだ……一年生だし」


母さんの微笑みながらも、僅かに憂いを隠しきれないような表情に、僕は尻すぼみにそう答えた。


「お友達ができないことに進路の先延ばしみたいな言い訳は通じないのよ?」


「うるさいなー」


友達がいないなどと言ったことはないが、母さんはその辺をなんとなく察している。昔はそれこそ本当にうるさかったが、流石に慣れたのか、今はどちらかというと諦めの境地だ。


そんな母親に友達ができたなどと言えば、せっかくとやかく言われなくなったのに、今度はその友達についてとやかく言われるに違いないのだろう。


それ以前に、氷織はきっと……母さんのいう友達とは違うと思うし。


とりあえずは黙っておくに限る。


「ふぁ。ママもう寝るから。お腹空いたら冷蔵庫漁っといてね」


「あい。おやすみー」


言いながら、僕は教科書を持って風呂場に向かった。


「こらー、お風呂に教科書落とさないでよー?」


「んー」


寝室に向かう母親を背に、適当な返事をして、風呂に入る。

風呂で本を読むのは積読つんどく消化に結構いいって、かっこいいアニメキャラが言ってた。湿気で本が駄目になるかもしれないけど、教科書なんぞどうなろうが知ったこっちゃない。読めりゃいい。


20分ほどで風呂から上がり、教科書を手放さないまま、冷蔵庫にあった作り置きをチンして食らった後、コーヒー片手に自室の机に向かい、勉強を続けた。


深夜4時半を回った頃だった。

携帯の通知の音でふっ、と意識を勉強から引き戻された。


『(氷織)つきくん、起きてる?』


考えるまでもなく氷織だった。早起きか徹夜か怪しい時間だが、僕と同じく勉強のために起きていたのだろう。


『(三咲)起きてるよ』


『(氷織)お勉強……頑張ってて……えらいね』


子供扱いっぽいのは気になるが、やはりそう言われて悪い気はしなかった。


『(三咲)それ自分にも言ってあげたら?』


学年トップの氷織が勉強を苦にするタイプなはずはないが、面倒なものは面倒だし、疲れるものは疲れる。


『(氷織)……?』


なんでクエスチョンなんだよ。自分の頑張りに無頓着すぎるだろ。


『(三咲)氷織も勉強頑張っててえらいよって言ってるの。言わせんな』


『(氷織)そっか……そうかな……へへ。私……えらいかな』


相変わらずよくわからんやつだ。


潮海のように普段からやっていれば、僕も氷織もここまで頑張る必要はないのだろう。


けれど、僕も氷織もきっと半端にスイッチを入れ続けられるタイプではない。できないものはどうしようもない。


『(三咲)何か用?』


『(氷織)ううん』


用はないのか。じゃあ何なんだ、こんな夜更けか早朝かわからん時間に。


『(氷織)あと三時間くらいで……また会えるなって……思ったの』


『(三咲)まぁ、そうだね』


徹夜すると、一日の見方も変わってくる。そんな考えがふと頭に浮かぶこともあろう。


『(氷織)うん』


そこでメッセージのやり取りは終わった。


本当に何も用事はなかったみたいで、メッセージにも中身なんて一切ない。意味のない話を意味もなくしただけ。


だけど、胸のどっかで変な感じがする。


そしてそれは、悪くない感じだ。


友達がいるって、こういうことなのかな?


やっぱりわからない。


みんなが言う普通の友達ってどんなだろう。


氷織は特別な友達で、みんなが言う普通の友達とは少し違う。


だから僕にはわからないのだろうか。


そんなことを考えて、僕はちょっとだけその後の勉強に集中できなくなってしまったのだった。






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