第16話 同じタイプ


どうやら潮海は普段からコツコツ勉強しているテスト前と普段とのギアの幅が小さい普通の超優等生タイプのようだ。

仮にも僕の成績を認めているのなら、驚くのも無理はないかもしれない。


普段の僕はぼけっと授業を聞いてるだけで予習も復習もしないのだ。宿題をさぼるようなことはないが、所詮はそれ相応の学力しかない。


そんなんでどうやって好成績を残しているかといえば、話は簡単だ。


試験一週間前から、命を削る。

あくまで比喩だが結局これに尽きる。


スケールは違うが高校受験もこれで乗り切った。

合格さえすればいいと思っていたが、結果的に次席だったのは我を失って勉強量の加減をミスったに過ぎないというのが正直なところではある。


とはいえ、今となってはそれが逆巻や成瀬のような奴に勉強くらいは勝ったままでいたいという、ちっぽけなプライドを育ててしまったのだから、滑稽な話ではあるが。


「ま、まだ一徹もしてないし……あ、あと160時間くらいあるし……」


潮海の言に対する僕の言い訳はつまるところこういうことであった。


モチベも今からアガるとこだ。


明日からの学校の授業については一切聞かずに、全て自分のしたい勉強か、睡眠時間に充てる。


あくまで僕の持論だが、学校の授業など、所詮は勉強の入り口、あるいは恒常的なサボり癖の防止システムでしかない。


その個人にやる気さえあるなら学校の授業など数ある勉強法の中でも最底辺の代物だ。


教師はわからないことが出てきた時だけ利用するただの口頭解説つき解答用紙でしかない。


「ま、まさかと思うけど、今日から試験日までずっと徹夜するとか言わないわよね?」


「つ、つもりというか、け、結果的にそうなるというか」


言うと、潮海が額に手を当てて、項垂れた。


「嘘よ........あなたが、ひおりんと同じタイプだったなんて.......」


「?」


氷織と同じタイプ?


「むぅ、思ったより難しいねー」


僕が疑念を抱いていると、氷織がパタっと顔を伏せながら言った。


「はぁ。ひおりんそれ、三咲に見せてあげて」


「うん?いいけど。どうぞ、三咲くん」


潮海がこめかみに手を当てながら、もう片方の手をひらひらとふると、氷織が僕に解いたページを見せてくる。


「全く.......ひおりんの実情も知らずに、燐たちも無駄に気を回しちゃって。ま、ひおりんと二人きりになる機会が減るから、教えてあげないけど」


僕がいるのはいいのかよと思うが、それ以上に成績における氷織の隣を奪われるのが嫌だということなんだろう。


「ひおりん、今回も体には気をつけなさいよ?」


「はーい」


氷織と潮海がそんな話をするのを尻目に氷織の回答に目を通し終え、呟く。


「な、なるほど」


点数をつけるのなら30点程度だろうか。


そこには基礎も曖昧で、とても学年主席とは思えない回答がいくつも並んでいた。


「つまり、そういうことよ。あなたの言うことが本当ならわかるでしょ。試験当日には他の追随を許さない程完璧に仕上がってるんだけどね.......。トップ二人が普段から勉強するタイプじゃないってうちの高校大丈夫なのかしら.......」


どうやら氷織も僕と同じようにテスト前に詰め込むタイプらしい。


僕ほど切り詰めはしないようだが、テスト期間の徹夜も茶飯事のようだ。


あまり考えたことはなかったが、急激な情緒の変化というメンヘラの専売特許が勉強の姿勢に表れているということなのかもしれない。


僕は違うけどね!卒業してるから!


「ま、まぁ、そ、そんなに珍しいやり方でもないってこ、ことかな」


所詮は普段サボってる奴の一夜漬けの延長だしなぁ。


「そうだよ〜。あまちはいつも私に変だっていうけど、そんなにめくじら立てるようなことじゃないんだよ」


「あのねぇ、常人は一週間前から急に頑張ったところで首席になんてなれないの!普通の高校ならまだしもうちはかなりの進学校なんだから」


詰め込み派が多数派になったせいか、得意げな氷織に突っ込む潮海。


「たとえ、ひおりんと同じやり方だとしても、絶対にあんたには負けないわよ。ひおりんの隣はいつだって私よ」


潮海は悔しそうな表情を見せながらも、今度は僕に向かって最後にそう言い放ち、教科書と睨めっこを始めていた。


そこからは、よくわからん飲み物を平らげた潮海と氷織も僕と同じようにアイスコーヒーを頼んでいた。


僕もそろそろ真剣に数学の問題と向き合う。


「........」


わかるわからないすら考えずに問題はさっさと解答を見てインプット。

類似問題ですぐにアウトプット。


「ちっ、クソが。手間かけさせんな」


解答を見ても理解しづらく、イライラした問題は理解した後ページをくしゃっと握ってストレス発散。


苦手な問題の付箋代わりにもなるし効率的だ。


「ちょ、ちょっと、あんた.......」


動揺した潮海の声は聞こえたが、脳のリソースがそちらに向けられることはない。

次の問題。


これはさっきの類似。余裕。

これは新しいパターンだから無理。解答どこ。


そんな思考を繰り返し、テスト範囲をあらかた網羅した頃。


「一旦こんなもんか.........」


時計を見るために顔を上げたところで、潮海と目が合った。

すると潮海は気まずげに目を逸らし、わざとらしく伸びをして、言った。


「ふぅ。もうこんな時間ね。三咲は門限とかないの?」


「連絡しとけば問題ない」


完全にスイッチが切り替わっているせいか、僕は淡白にそう答えていた。


「つーか、そこ間違ってるよ」


「え……?」


「そこは普通の公式からその文章に合わせた公式を作り直してから代入しないと解けない」


言うと潮海は考え込むようにじっと問題を見つめた後、小さく息を漏らした。


「あんた……さっきは基礎もままならなかった癖に……ほんとに大した集中力ね」


潮海の感想を無視して、僕は気になったことを尋ねる。


「潮海お前、門限厳しいの?」


「それなりよ。女の子なら珍しくもないでしょ。ていうかお前って何よ。三咲のくせに。本性表したわね……」


アドレナリンでも出ているのか、潮海に対してつっかえることもなく、普通に言葉が出てくるが、あまり気にならない。どうせ潮海には何度か本音を漏らしてしまっている。


「まぁ、あんたはちゃんと会話できるだけまだマシかしら」


「は?」


言ってる意味がわからず声が漏れるが、潮海は無視して氷織に目をやる。


「ひおりん、どうする?」


「……んぅ」


潮海の質問に氷織は意味のない声を漏らした。

なるほど。明らかに僕より集中してるのがわかる。なんか目のハイライト消えてるもん。


「まだやりたいのね……しかたないか。本当はひおりんを送ってあげたいんだけど……」


潮海は慣れているのか、呆れたような声でそうぼやく。


「いいよ。僕が送ってくし」


再び問題に意識を向けはじめながら、脳死で潮海の言葉に反応する。無意識にこうるさい潮海に早く帰ってもらいたいと思っているのかもしれない。


「はぁ?なんであなたに任せないといけないのよ」


「僕しかいねんだからそりゃそうなるだろが。一人で帰らせるならそれでもいいけど?」


「くっ、まぁ、いないよりはマシかしらね。ひおりん気をつけてね!見ての通り、そいつ普段は猫被ってるのよ!」


「……ん。バイバイあまち」


氷織は聞いているんだか、聞いていないんだか、潮海の方に視線を向けず、ペンを持たない手を小さく振りながらそう言った。


「はぁ……本当に気をつけるのよ?それじゃあね」


潮海は会計だけ済ませると、氷織の様子に変わらず呆れ顔で帰って行った。

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