第12話 告白現場 2


願いと裏腹の現実に心の中で発狂しながらも、先ほどの経験から、最速で事態を察知した僕は、すぐさま足を止め、気配を消す。


遊びを入れた階段の降り方したのが幸いした。なぜなら足音が発生しないから。


ぼっちとして理由もなく常に足音を消す癖はついているのでどちらにしろ問題なかったろうが。


女子の方は間違いなく氷織のようだが、男の方は誰だろう。また先輩っぽい。

潮海と同じ座標で何やってんだよ仲良しか。


潮海もそうだったけど、同学年だと逆巻や成瀬のせいで手を出そうとする男が少ないのかな。


それとも出尽くした後なのか。


屋上に続く階段は特別棟にのみ設けられた文字通り特別なものであり、迂回路がない。


その本校舎との交通不便もあって昼休みに生徒が来るようなことはほとんどない。


とはいえ、人気がないというのはこういうイベントに遭遇する可能性も高いということらしい。


決して遭遇したいものではないが、致し方ない。


人目を忍んだイベントというのは、常に人目を避けようとするぼっちにとって、意外と身近なものなのだろう。


しかし、氷織のやつ、こんなイベントが控えているのに、僕と悠長にメッセージなんかしていたのか。


こういうのは僕とは無縁だしどうでもいいのだが氷織がいるとなると気にならないでもない。


「ごめんなさい」


「どうしてもだめか?他に好きな奴がいるわけじゃないんだろ」


教室に戻れないし早く終わってくれないかな、などと考えていると、携帯にメッセージが来た。

氷織からだ。


この状況でもメッセージ送ってくるのかよ。何考えてんだあいつ。


『(氷織)つきくん……近くにいるの?」


『(三咲)なんで』


『(氷織)んと……なんとなく』


なんだそれ。まじで謎だが、まぁ隠すことでもないか。


『(三咲)今、長袖の裏側が怪しげな金髪の女の子が茶髪の男と話してるのが見えるね』


『(氷織)つきくんの隠し事しないところ……好き』


嬉しくなんてない。

これは暗に今後も隠し事をしないようにという意味を含んでおり、メンヘラ特有の僕を操るための高等テクニックに違いないのだ。


『(三咲)僕はその程度じゃ操られないから、なめるなよばーか』


『(氷織)つきくん……なんか可愛い……ね』


なんでそうなる。


もういいから僕とメッセージなんかしてないでさっさと終わらせてくれ、と思っていると、


「あれはどこの馬の骨よ。もし私のひおりんに手をあげたりしたら容赦しないわ


至近距離でそんな恨めしそうな呟きが聞こえた。


青髪ポニテが印象的な圧倒的な美少女。潮海雨音だった。


「う、うわ。し、潮海さん。い、いつの間に……」


「は?ずっといたわよ。どれだけ携帯に夢中になってるの?どうせゲームかなんかでしょうけど。気持ち悪いわよ?」


うるせぇな。キモいって言う方がキモいんだよバカ、死ね。


どうでもいいが、僕はこいつが嫌いだ。なぜなら入試の次席は僕なのに、氷織とセットで収まりがいいからか、僕ではなく3位のこいつが次席という噂がまかり通っているからだ。ホームページで受験時の問題用紙に記載のパスコードを入力すれば、全員の順位がすぐにわかるというのに。


まぁ、どうせ氷織には負けているし、ほんとどうでもいい。


実際、友達が首席の氷織だけなので誰に自慢することもできない話だ。


悔しくなんてない。悔しくなんてないけどもう一度言う、潮海、僕はお前が嫌いだ。


「な、なんでここに……」


「そりゃいるわよ。さっきまですぐ上にいたんだから」


そりゃそうか。


「じゃ、じゃあ……」


そうなると先輩は......?という質問を僕は最後まで言わせてもらえなかった。


「もうじれったい喋りね。いいわよ変な演技しなくて。あなたさっき私のこと完全に呼び捨てしてたじゃない」


演技とかじゃないんだが。僕の苦労も知らずにこいつ。さっきは命が天秤にかかったから生存本能が働いただけだ。


「先輩ならさんざん渋った挙句、少し風にあたりたいってかっこつけて屋上に出ていったわ」


たまに屋上でぼっち飯してると無駄にスカした顔で落ち込んでる奴が一人で現れるときがあったけどそういう連中だったのか。ほんとうぜえな勘弁してくれ。


「それにしてもあなたやってくれたわね。私の咄嗟の天才的判断が台無しよ。あなたのせいで余計に詰め寄られて長引いたし」


口をすぼめて、不機嫌そうに潮海は言った。


「ちなみにクソ女とか言ってたのも忘れてないわよ?このクソ陰キャ」


は?殺すぞこのクソ女。あんま陰キャ怒らすなよ?

記憶無くして気づいたら周り血だらけになってんだぞこら。


「い、いや、さ、さっきのはその」


「あくまでもその喋りを貫くの?食えないわね」


だからわざとじゃねんだよ。挑発してボロでも出させるつもりだったのだろうか。何買いかぶってんだこのバカ美人。


「さすがにまぐれとはいえ、入試で私とひおりんの間に入ってきただけはあるってことなのかしらね」


ほーん、自覚はあったのか敗北者が。僕に逆らうんじゃねぇぞ?

などと胸の内ではなんとでも言えるが、本能的に人間として劣っていることを自覚しているのか、僕の舌は華麗な逆回転を決める。


「い、いや、し、潮海さんの言う通り、あれは本当にぐ、偶然で……」


「もちろんよ。でもあなた、ただの暗い陰キャじゃないわね」


なんだ暗い陰キャって。陰キャは暗いから陰キャなんだろが。陰キャの中でも暗いってか、そうですか。


「普段のあなたみたいなのは、毎年クラスに一人二人いたわよ。心の中で何考えてようと、大抵は実際に私みたいなのを前にしたら、恥ずかしがってろくに喋れないか、色目を使ってキモい行動を取るかの二択。底の浅いやつばかり」


「キ、キモい行動って……」


「要は、普通ならあのまま私の彼氏役をしてお近づきになろうとか思うでしょって話ね。漫画みたいに。だからあなたがどっちのタイプだろうがいけると思ったんだけど」


思うわけがない。氷織のことがなかろうが、敵を作りまくる目立つ噂なんてまっぴらごめんだ。そもそも僕はこいつが嫌いだし。


「随分と自信のある喋りだったじゃない。私とテニス部の部長を前にして」


部長とか知らないけれど。


「す、少し流暢にしゃ、喋ったくらいで……そ、それが、な、なんだっていうの?」


「重要な場面で自信を感じさせる喋りをするってのはそんな軽んじられるものじゃないと思うわよ。ほら、ヒトラーとか、知らない?」


知っているに決まっている。

彼に関しちゃ、現実よりの厨二病患者には義務教育に近いのだから。

僕は理想よりの厨二病患者なので詳しくはないが。


しかし、確かにそう言われると悪い気はしないけれど、やはり大げさ過ぎる。


それだけ潮海が自分という存在が僕のような人間にとっては逆らえない高みにあるということを確信している証拠なのかもしれないけれど。


「あ、あの……し、潮海さんとか……有栖川さんはああいうの、よ、よくあるの?」


「どうかしらね。私は他校も含めて今月で四回目だったけど、ひおりんも同じくらいじゃないかしら」


ほぼ週一回ペース。土日と同じ間隔で告白される日があるなど、僕からすれば別世界のような話だ。


「何?あなたひおりんに気があるの?」


「……あぁ?」


今なんつったこいつ。


「わぉ……少し本性が出たわね。あまりに的外れだったのか、それとも図星だったのか知らないけれど、スイッチみたいでどきどきするからやめてほしいわ」


やりづらいなこの女。僕をアトラクションかなんかだと思ってんのか?陰キャは陽キャのおもちゃじゃねんだよ。

氷織が話に出ると僕も素が出やすいんだろうか。

というか、


「あ、あの、あ、有栖川さん達……もういなくなってるけど……」


「え?あ、本当じゃない!あの男、ひおりんに何もしなかった!?ちゃんと見てたんでしょ!?」


潮海が若干の剣幕を見せながら、僕を問い詰めてくる。


「は、話は聞こえてないけど……た、多分……何もなかったと……お、思う」


「そ、そう。今回も大丈夫だったのね。ならいいけど」


「も、もしかして……い、いつもの、覗き見してるの?」


「あなたには関係ないでしょ?」


随分と氷織に入れ込んでいるみたいだな、などと思っていると、僕の訝しむに視線に気づいたか、気まずそうに潮海が口を開く。


「……あの子は、普段は元気で可愛くて、適当で天然なとこもあるけど、勉強も運動も、なんでも出来ちゃうほんとにすごい子よ。けど、どうも浮ついた話は苦手みたいで……ああ見えて変なところがすごく奥手というか、ウブなのよ」


「へ、へぇ、そ、そうなんだ」


まぁ、それはわかるけども。その部分は潮海から見ても明らかなのか。


「そんなところが可愛すぎて放っておけないんだけどね!私が初めて、勝てないなって思った子!ほんと、理想的な女の子……私のひおりん……うぅ……」


「あ、はい」


なんか、氷織といつも話してる潮海と少し印象違うな。氷織が潮海にぐいぐい行ってるイメージだけど、その実、真逆なんだろうか。


「その顔、信じてないでしょ?」


そんなことはない。

あいつの変なウブさには僕も何度か苦労させられている。


「でも本当なのよ。修斗や燐とも随分砕けて話してるし、嫌ったりしてないはずなんだけど、異性に対してはかなり太い一線があるみたいなのよね。気づいてる?修斗も燐もあの子を絶対名前で呼ばないの」


うむ……?そういえば確かに……。あの二人、潮海のことは雨音って呼んでた気がするな。


「ちょ、直接言われたのかな」


「どうかしらね。特に燐は空気を読むのうまいし、なんとなく呼べないとか、そんな感じだと思うけど」


「そ、そうなんだ」


氷織は恐らく、誰かと関係を深めること……いや、誰かとの関係を深め過ぎようとしてしまうことを恐れている。そして、その気持ちを異性という壁がさらに助長させる。


氷織の心の奥の恐怖心と警戒心が周囲の無意識に伝播して、それが名前の呼び方というわかりやすい形になって現れたのかもしれない。


そう推測できるのはきっと、僕も似たようなものだから。僕もその実、世間一般に言う友達ってものを未だに恐れているから。


「とにかくよ!私が言いたいのは、そういう話題が苦手なひおりんに、私が覗き見していたことをバレたくない、ということよ!つまり……わかるわね?」


「え、えっと……?」


全然わからん。話飛躍しすぎじゃね。


「む……しょうがないわね」


僕が動揺していると、潮海がやるわね、みたいな顔で携帯を取り出した。


「ほら、連絡先交換してあげるから、ここでのことはオフレコ。私がひおりんのことを大好きなことも誰にも言わないこと。いいわね?」


あぁ、そういう話か。現役モデルが簡単に連絡先を教えていいものかとか思うが、なるほど、そんなにひおりんとやらが好きなんですね。ちょっと理想押し付け過ぎてる気もするけれど。


少なくとも僕がみてることは氷織も知っているのだが……まぁ、そういうことなら、


「いや?別に誰にも言う気ないしそういうのはいいかな。つーか僕にそんな話し相手いるわけねぇだろ」


あ、わ、わかった。い、今携帯を……。


「は?」


「じゃ、そういうことで」


うん?あれ?僕またなんか逆になってるような……。


淡白な会話にせめてもの花を添えるように、昼休み終了の予鈴が鳴っていた。

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