第10話 相互フォロー
朝。
ラノベを片手に、少しでも現実を見る時間を減らしながら通学路を歩く。
無論、ピントは常に文字を追っていても、ぼやけた視界、周辺視野にはどうしても異物が入り込んでしまうので集中力は落ちてしまう。
かといって、それがなければすぐに電柱にでもぶつかってしまうのだから、ままならないものだ。
そんなことを考えていると、その周辺視野に成瀬燐の姿が収まっていたことに気づき、顔を上げた。
家を出てすぐのところから前方にいたので、どうやら家の方向が僕と同じようだ。
すれ違う女子が成瀬と視線を合わせると、気怠そうな顔をしていても、すぐさまパッと明るい顔になっていくから不思議だ。
弱肉強食の世界における、強者の生き様そのもの。腹立つ。
「おぇ」
つい、軽い吐き気とともに足元にあった手頃な小石を蹴り飛ばしてしまう。
「あ……」
僕の感情に呼応したのか勢いづいた小石は道の凹凸によって謎の軌道を描き、成瀬の方に向かっていった。
「おっと」
それに気づいた成瀬が華麗にヒールトラップを決め、舞い上がった小石を振り返りざまにキャッチした。
通りかかった女子高生の黄色い声が浴びせられていた。
死んでくれ。
「なかなか強烈なパス……ってあれ、三咲?」
確かにかっこよかったけども。そういやこいつサッカー部だったか。
「あ、あの、ご、ごめん。わ、わざとじゃ……」
「何言ってんだよ。いいパスだったぜ?ってか登校中に石蹴るとか小学生かよお前。俺も昔やってたけどさ」
成瀬が少し苦笑しながらこちらに寄ってくる。
「そういやこの間は幸運だったな」
最悪だ。
僕のせい……かはわからないが、以前クラスで少しばかり恥をかかされたことを怒っていたのかもしれない。ここは早急に撤退し、なんなら帰宅して学校も休んでしまおうか。
「ご……ごめん」
「別に怒ってないって。お前はいつもおどおどして謝ってばっかりだなぁ」
「ご、ごめ……あ」
「はは、まぁ無理しなくてもいいけどさ」
さっさとどっか行けよマジで。通りがかる女子の成瀬を見た後に僕を見た後の反応の落差が地味にきついのだ。
恐らく成瀬の隣といえば、逆巻を連想する奴も多いからだろう。
「お?登校中に本読んでんのか?知ってるぜ?文字ばっかりなのに漫画みたいな奴だろ?」
ろくに喋れない僕に対して話題を切らしたのか、成瀬が僕の手にあるラノベに手を伸ばそうとするので、反射的に避けた。
「気安く僕の心に触んなよ殺すぞ」
い、いや、これはそ、その、成瀬くんが興味を持つほどのものでもないというか……
「え……?あれ……三咲……お前今何か言ったか?」
「何が?」
「いや……聞き間違い……なのか?」
「あれー、りんりん?」
背後から聞き慣れているはずなのに、違和感の拭えない声が響いた。
「お、おぉ、有栖川か。はよっす」
表の姿の氷織。
「はよっすー」
互いに人当たりの良い笑顔で挨拶を交わす氷織と成瀬。
「三咲くん」
「う、うん?」
「……おはよ」
「あ、お、おは……よう」
成瀬に顔を背け、僕に向かって淡い笑顔を見せる氷織に、少し、いやかなり動揺してしまう。
「それ、しまわないと危ないよ?」
「あ……う、うん」
逆らうこともできず、僕は言われた通り、ラノベを学生服のポケットにしまった。
氷織は一体なんのつもりなのだろう。この状況では、誰が見ても成瀬に挨拶しに来ただけにしか見えないだろうが、わざわざ僕がいるときに話しかけに来なくても良かろうに。
「りんりんと三咲くんが一緒なんて珍しいね。何か秘密のお話かな」
「いんや、偶然会ったからさ、同じクラスだし、なんとなくって感じだな」
「そうなんだー。じゃあ私も同じクラスだし、一緒でいいよね?」
「はは、俺とお前に関しちゃクラスとか関係ないだろ」
氷織がいると、今度はすれ違う男子生徒に、さっきの成瀬に対する女子生徒と同じかそれ以上の現象が起きる。
成瀬には諦めたような悟りの眼差しを向ける癖に、僕を見た途端、射殺すような視線を向けてくる。
「それで三咲のやつ、高校生にもなって石ころ蹴っててさ」
三人で並ぼうが、当然のように成瀬と氷織だけで会話がはずんでいき、僕の影は薄くなる。
二人の会話に笑えているようないないような、苦笑いにすらならない微妙な表情でついていると、
ポケットの中で携帯が振動する。
ソシャゲの通知かと思ったが違った。
なんとなくデジャヴを感じながらメッセージを開く。
『(氷織)つきくん……だめ』
成瀬と会話を弾ませながらどうやって打ってるのだろうと氷織を見ると、無駄に余らせた袖の中がモゾモゾしているような気がした。
袖の中でメッセージを打ってるのか?ブラインドタッチとかいうレベルじゃないんだが。
氷織はいつもカーディガンの袖を余らせて、いわゆる萌え袖という奴をしている。リスカ跡を隠すためだけと思っていたが、こんな使い方までしているとは。
僕も昔の傷跡とか残ってるけど、手首を見られるほど誰かに興味を持たれることなんてないんだよなー。さすがに家じゃ誰にもバレないように気をつけてるけど。
などと思いながら氷織の言わんとすることを促すメッセージを送る。
『(三咲)何が?』
『(氷織)思ってることと喋ってること……逆になってたよ』
……マジ?
氷織という本音で話す相手ができたせいで、そのあたりの境界が曖昧になっているのかもしれない。
登場のインパクトだけで全てを流してくれるとは、さすが二大美少女の片割れ有栖川氷織といったところか。
『(三咲)……いつ?』
『(氷織)成瀬くんが……つきくんの本、触ろうとしたとき』
むぅ。陽キャの手が軽はずみに僕のラノベに触れるのが嫌すぎて、本音が出ていたらしい。
『(三咲)それ氷織が来る前だよね?いつから見てたの?』
『(氷織)ひ、秘密……』
『(三咲)おいこら』
しかし、成瀬と会話をこなしながら全く別の言葉を僕とのメッセージで打つんだから、器用なものだ。頭パンクしないのかなと心配していると、そこで一瞬やり取りが止まった。そして……
『(氷織)へぇ。そうなんだ。りんりんは石でもサッカーできちゃうんだね〜。さすがサッカー部』
なんだこの的外れなメッセージ。頭がおかしくなったのかと思ったが、氷織が口を開いたことでその通りのようだと納得した。
「私も……つきくんと登校……したい」
お前が逆になってどうする。
「うん?今の声、有栖川か?」
「あ……」
『(氷織)ど、どうしよう……つきくん。私……』
まずい。何がまずいって若干氷織がヘラりそうな雰囲気が一番まずい。メンヘラに負い目を感じさせるのは導火線のない爆弾に火をつけることとイコールだ。
くそ、適当に似た言葉で誤魔化せ僕。
えーっと、氷織の言葉は確か……
『私もつきくんと登校したい』
文字数と語呂を適当に似せて……
えーっと……母音をうまい感じにこう……
「探しもの、雪降ると遭遇したり」
「うわ、三咲。なんだ急に」
「あ?今日の占い思い出してただけだけど。雪降るかな?」
「い、いや、この時期じゃ雪は無理だろうし、探しものは諦めた方がいいんじゃないか?ていうかお前……そんな流暢に話せたっけか?今日のお前、なんか変だぜ?」
「え、あ、い、いや……そ、そうだね。あ、あはは」
成瀬の言葉にふっと引き戻され、氷織が起こしたアクシデントのせいで外に出た自我が、再びなりを潜めた。
「ぷ……くす……」
しかしなんとか誤魔化せたか。氷織が顔を背けて変な擬音を出してるのはむかつくが。相変わらずツボのわからない奴だ。
『(氷織)さすがつきくん……』
『(三咲)馬鹿にしてんだろ。ほっといてよ』
『(氷織)してないのに。でも……ありがとう……私の……ため?』
『(三咲)別に?さっき助けられた分返さないと気持ち悪いと思っただけだろ』
『(氷織)素直じゃないのは……だめ』
そんなメッセージと共に、再び氷織と成瀬の会話が弾む中、校門にたどり着き、僕は様々な感情を込めたため息を吐くと、
「一緒に登校……楽しかったね。秘密の関係……不便だけど……嬉しい……かも」
氷織が耳元でそんなことを囁いた。
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