第9話 友達とゲーム
『(氷織)キャラ疲れ……すごい』
『(氷織)リストカット……したい』
『(氷織)でも……隣にあまちいるから……我慢』
『(氷織)カフェラテとミルクティー……どっちが……いいかな』
『(氷織)どうして私……こうやって嘘ばかりつかないと……楽しめないのかな……』
ここ最近の氷織とのメッセージ窓である。
学校が終わり、誰もいない家でラノベを読んでいるとインターホンが鳴った。
初めて僕の家で遊んだ後、氷織は言った通り、毎週僕の家に遊びに来るようになった。
基本遊ぶのは母さんの帰りが特に遅い週末の金曜日だけと決めた。
氷織も表の付き合いをおろそかにするわけにはいかないだろうと思ったし、僕としても氷織のことを母さんにバレてうるさくされるのは極力避けたかったからだ。
氷織も金曜日は特に都合が良い日らしく、多少過剰なくらい随分とその日に僕の家に来ることを望んでいた。
だからこのインターホンの音については、一瞬氷織かと考えたが、今日は金曜日ではないので、違うだろうと思いながら出てみたのだが、
「……遊びに……来たよ」
違わなかった。
黒髪に薄紅の瞳。リムーブ状態の有栖川氷織だった。
相変わらず何から何まで学校とは違う。
「今日週末じゃないけど」
わざわざ姿を変えて僕のところのくるのは、表の姿で僕の家に向かうのを学校の奴らに見られたらまずいのと、僕の前でできるだけ本当の自分でいたいという理由があるらしい。
「メッセージに既読……つかなかったから……」
「うん?」
「7分40秒……既読なかったから……大丈夫かな……って」
彼女基準では既読をつけるのが遅かったらしい。
5分以内に既読をつけないと『大丈夫?』『何かあった?』みたいなメッセが来るなとは思っていたが、ついに行動に出たようだ。また、バイトとか嘘ついて友達と別れてきたのだろう。
「だから怖いってば。あと7分40秒じゃなくて7分38秒な?間違えんな」
「えへへ……さすが……つきくん」
「何笑ってんねん……」
自分の罪が2秒分重くなるのが嫌で返した言葉に、氷織は嬉しそうに笑う。
「心臓が……きゅってなったけど……リストカットする前に……来たの」
「リスカ我慢したのは偉い」
「……へへ」
「たださ」
誇らしげな氷織に僕は先ほどのメッセージ窓を表示して見せた。
「僕のメッセージ窓を140文字呟きみたいに使ってんじゃねぇ。メンヘラ特有の裏アカじゃないんだから。友達とのメッセージってこういう使い方するものなの?」
友達とのメッセージなどしたことなかったからわからないが、本当はこういう使い方をするものなのだろうか。
「違うと思う……けど……つきくんに……聞いてほしいの」
「それは……しょうがないね」
友達としてちょっと嬉しかったのでそれは許した。
「ていうか思ったより元気だね。さっきの深刻そうなメッセージ何?」
「つきくんに……かまってほしくて……」
「あぁ……」
また、典型的な。別に嫌いじゃないけど。
「まぁ、それもしゃーないね。でも5分既読がつかないくらいで情緒不安定になるな。じゃないと僕が逆に不安でリスカしちゃいそうになるんだよね」
僕が言うと、ハッとしたように氷織が近づいて来る。
「それは……大変っ……気をつける、ね。身体……大事にしないと……だめだよ」
言いながら僕の長袖の裏側を労わるように握ってくる氷織。そこ触られるとびくってしちゃうからやめてね。
氷織と違って、今の僕はそんなほいほいリスカしたりしないのだが。
「……氷織がそれ言うの?」
気恥ずかしさに僕が顔を背けると、氷織も距離の近さに気づいたのか同じく視線を逸らしていそいそと離れてくれた。
相変わらず気持ちの強さの割に何故か奥手だ。
気になるメンヘラ気質な部分は多々あるんだけど、言えば割と直るし、聞き分けは結構いいんだよな。
幸い返信はなくても既読がつけば、ある程度満足みたいだし。
「そんなんで他の友達との連絡どうしてんの?」
「他の子のは……あんまり気にならない。皆と話すのは、私だけど……私じゃない……から。表の有栖川氷織は……そんなこと……気にしないの」
キャラを作る時にそう決めたってことか。
「一日くらいなら未読でも……普通だって……もうわかってるし……」
「その常識はあるのに、僕には適応できないのかよ」
「が、頑張る……けど。だめでも……許して?嫌いに……ならないで」
「別にそんなんで嫌いになんかならない」
昔の僕も友達とメッセージ交換なんてしてたら今の氷織とそう変わらなかっただろう。返信が十文字以内なのに、既読がついてから分単位で時間がかかってたら「これは何の時間?」ってなってただろうな。
「うぐ……」
冷静に昔の僕を分析して、そのやばさにまじで恥ずかしくなってきていると、氷織が微笑んだ。
「……やっぱり……つきくんは……つきくんだ……ね」
だからお前は僕の何を知ってんだよ。
まぁいい。
「今日は何して遊ぶの?金曜日じゃないから、あんまり長いと母さんが帰ってくる」
今日は1時間遊べれば御の字といったところか。
「私はつきくんのお母さん……会ってみたいけど……」
「やめてよ。なんか気まずいし恥ずかしいし、うるさいに決まってるんだ。ほら、早く遊ぼう。何する?」
ほんとに母さんにバレるのは嫌なので、言葉を捲し立ててどうにか話を戻す。
「じゃあ……ゲーム……しよ?つきくんち……いっぱいある……よね?」
「まぁ、陰キャの嗜み程度には」
「ぷ……ゲームで嗜み……変な使い方」
変なのはお前のツボじゃ。
「女の子が好きなゲームってよくわかんないな。スマフラとかでいい?」
某国民的格ゲーである。
「いいけど……私……強いかも」
いいんだ。
「ほーん。負けてもヘラんなよ」
氷織が結構オタク趣味なのはわかったけど、表で忙しくしてる彼女にぼっちの僕が負けるわけない。
「メンヘラじゃ……ないもん。つきくんが何してるかわからないと……不安になる……だけ」
「それがメンヘラじゃい!!」
キャラ選択時のゲーム内の歓声と共に突っ込んだ。
相変わらず氷織はただの依存を恋愛の好きと勘違いしている。昔の僕にどんな刷り込みをされたのか知らないけれど、いつか氷織に相応しい男と正しい恋に落ちれば、きっとそのことに気づくのだろう。
その相手は、逆巻だったり、成瀬だったりするんだろうか。
そのとき、僕のような学校の弾かれ者と関わっていたことを不思議に思ったり、後悔したりするのだろう。
それまではこいつがメンタルを壊すこと、最悪の場合自殺したり、僕を殺したりすることになるんだろうか。とにかくそのあたりも警戒しつつ、メンヘラとしての気持ちには多少通じている僕がケアしていればいい。
悲しくなんか……ない。
それでも僕と友達でいてくれたら、嬉しいとは、思うけれど。
「元々、僕は一人だし」
小さな呟きは、氷織のキャラ選択の歓声によってかき消される。
なんとなく想像していたが、案の定氷織は自分の電気で自傷するこねずみをピックしていた。
それを予想していた僕は、その進化後をピックしていたのだった。
ゲーム開始から30分ほど。
「……」
気づけば、連続三度目の敗北に僕はカッターを取り出していた。
別に何をするとかではないけれど。
「つきくん……だめ」
冷静な氷織にカッターを奪われる。
「うるさい。返せ。僕の陰キャとしてのアイデンティティはここで終わった」
「だめ……つきくんがしてるのみたら
……私も……抑えられない……」
「あ、バカ」
今度は氷織が僕から奪ったカッターを構えるので、それを弾き飛ばす。鬱屈とした感情が互いに伝染し、それを互いに諌め合うという矛盾した行為がそこにはあった。
「君、定規派だろ。加減わからないのにカッターはやめときなよ。僕のは冗談だっての」
氷織はリスカに定規を使っているようだが、普段定規を使っている奴がカッターを使うと加減がわからず切りすぎる傾向があるのだ。
定規、カミソリ、カッター、包丁、時には下敷きやノート等、自分の爪すら用いてあらゆるリスカを小学校時代にマスターした僕には関係ないが。
披露する機会もないだろうが、刃物の扱いは人より得意だと思う。
とはいえ、生憎と僕はメンヘラを卒業した身だ。実際のところちょっとイライラしたぐらいでリスカしたりなどしないのだ。
「不安に……させないで」
「む……今のは僕が悪かったよ。続きしようよ。勝てるまでやる」
「……加減……できないよ?」
「そらそうよ。僕が勝つんだからそんな余裕あるはずない」
「勝てたら……頭……撫でてあげるね」
「君、ちょくちょく僕を子供扱いするね。僕よりほんのちょっと身長が高いからって舐めんなよ?」
「御託は……勝ってから」
くそ。やってやる。
前作からずっと封印していた氷織と同じキャラをピックする。
「むむ……?」
「僕も昔はこっちのが得意だったのさ」
氷織の訝しむ声に簡潔に答えたと同時に、勝手に僕がステージも選ぶと、勝負が始まった。
氷織は生意気にも、難易度の高い見切り必須のコンボで攻めてくる。
だから僕は、
「下投げ、空上、空上、空上、下B」
難度の高いコンボは狙わず、わかりやすい確定コンボのみで攻める。
「……!」
それでも、蓄積ダメージは僕の方が上。次で撃墜技を決められれば、僕の負け。
一方氷織は、ダメージの蓄積具合からみて、まだ撃墜圏内ではない、と思っているはず。
油断して、攻めにくる氷織をステージの中心付近で待つ。
氷織、君は知らない。
このキャラと、このステージ、その蓄積ダメージならば、
「……ふん!」
「あ……」
ステージの中心からでも横Bで撃墜できるということを。
「よし……。どうだい氷織、僕の勝ちだ」
ふはは、驚いたか。また、僕なんかやっちゃいました?っつってね。
「い、今のはたまたま……もう一回……」
氷織は無表情で爪を噛んでいた。
「よかろう。でも爪は噛むな」
意外と負けず嫌いかこいつ。
覚醒した僕にはもう勝てるわけないんだよヴァカめ。
「……と思っていたのに」
その後3戦3敗。
結局僕が勝てたのは後にも先にも一回だけだった。
まじでたまたまだった。
僕は主人公にはなれなかったようだ。
そのくせ、氷織はなんか一戦終わる度に強くなるし、まだまだ伸び代がありそうだった。
「……きへへ」
「なんだその笑いむかつく。母さん帰ってくるからもう帰りなよ」
言いながら見送り体勢に入った僕は立ち上がる。時刻は午後6時を回ったところだ。母さんは金曜日以外は夕飯どきには帰ってくることが多いので、そろそろだろう。
「ん……今日も……楽しかったね」
「それは……うん。楽しかった。ありがとう」
「ふふ」
氷織も楽しんでくれたのなら、それは僕にとっても嬉しいことだ。友達が家に来てくれて、そいつが喜んでくれるっていうのは嬉しいことだと最近知った。
玄関を出たところまで氷織を送り出し、その背中を見送っていると、氷織がふと、立ち止まり、小走りで戻ってきた。
「忘れ物?」
聞くと氷織は、頷き、僕の頭に手を置いた。
「勝った……ご褒美……なでなで……今日も学校……頑張ったね」
「……い、いらない。はやく帰れ」
抵抗することはしなかったが、恥ずかしくなった僕はそっぽを向いてそれだけ告げた。ちょっと泣きそうになったのは見られてないと思いたい。
「ん……またね」
微笑みながら、今度こそ氷織は帰っていった。
本来、学校に行くなんてのは当たり前のことで、
その程度で、褒められていいわけがない。
それなのに、氷織はそれを頑張ったという。
学校に行っても碌に人と話さず、当然のように笑い合っているクラスメイトと自分を毎日比較して、比較される。
自分だけが黙々と作業のように日々をこなしている。
本気でどうしようもなくなるほど辛いわけじゃない。
自分の好きなことはたくさんあるし、それができる時間が僕は楽しいから。
それでも、氷織の言葉が妙に沁みるのは、きっと。
「くそ、僕がヒロインのゲームでもやってんのかあいつ」
誰かと話すこともない僕より、無理矢理自分を偽ってる彼女の方が疲れてるはずだというのに。
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