第8話 美味しい卵焼き

お昼休み。


人目につかないよう、ぼっち飯を決め込むため、速攻で授業道具を放置して購買に向かう。


「あ、三咲。お前購買いくよな。できたらでいいんだけど、ついでに俺の分のパンも買ってきてくれないか?」


は?買うわけねぇだろ。


「コロッケパンか焼きそばパンあたりだとありがたいけど、まぁ任せるよ」


「わ、わかったよ。な、成瀬くん」


くそ、口が勝手に。


実は僕は成瀬燐の後ろの席だったりする。こいつは最上位グループの中でもブレーキ側の人間なためか、多少観察力に優れているらしく、僕の行動パターンを若干把握され始めていた。


晴れの日は、購買に行った足で屋上など、人気のないところでぼっち飯を決め込むが、今日のように雨天の時は、行き場がないため、教室でぼっち飯をせざるを得ない。


「あ、お前、購買行くの?俺の分もなんか買ってきてくれー」


僕が席を立つと成瀬に乗っかるように通りかかった男子生徒が僕の肩に一瞬ポンと手を置いて、軽くそんなことを言う。


僕の隣の席のやつだ。


さすがに隣だけあって話す機会はクラスの男子で一番多い。


それでも一日5分も会話すればいい方だが。


名前は吉田。とりあえず盛り上がっていそうなグループにならどこでも取り巻きに行くムカつくクソ野郎。


などと考えても僕の口は変わらず言うことをきかない。


「う、うん。い、いいよ」


ああああああ、ふざけんなくそが。


とはいえ、一度承諾したことを反故にするのは嫌いだ。


仕方なく僕は購買に向かう。


パシリ分に焼きそばパンとコロッケパン。僕はメロンパンにしようかな。


「おーいらっしゃい、ボク。今日も早いなぁ」


購買というとおばさんを想定しがちだが、うちの高校は若いお姉さんだったりする。大学生バイトという噂があるが、本当かは知らない。


「そろそろお友達できたかな?」


うるせぇよ美人だからって調子乗んな。


「あ、こ、コロッケパンとや、焼きそばパン、あ、あとメロンパンを」


この人は僕のことを何も知らないくせに、勝手にぼっちと決めつけて話してくるクソお姉さんだ。


まぁ、間違ってはいないのだが。


いつも一番に一人で購買に来ている生徒は目立つし、色々と察せられるのだろう。


あとはたぶん陰キャオーラとか話し方で見抜かれてるのだと思う。


「お、今日は多いな。全部で480円ね」


お釣りを受け取る時間を節約するため、きっかり小銭で払う。


「はいはい、ちょうど。どーぞ」


「あ、ど、どうも」


それだけ告げて足早に教室へと戻ると、成瀬は既にいつものトップ陽キャグループで固まっていた。


僕に気づくと気を遣ったのか、その輪から少し外れて、こちらを向いてくれたので期を逃さず話しかける。


「な、成瀬くん。はい、や、焼きそばパン」


「サンキュな。ほら、パン代」


「あ、い、いまお釣りを」


成瀬が渡してきたのは200円。焼きそばパンは150円なので少し多い。


「へーきへーき。買ってきてもらったし、多少は多く払うだろ?っていうか焼きそばパン買ってこさせるってなんか俺、わかりやすい不良みたいだな。悪い」


「べ、別に、ついでだから.......吉田くんは?」


ちっ、50円程度で僕が買収できると思うなよ。

今日は帰りに駄菓子でも買って帰っちゃおかな。


「あー、あいつの分買ってきちゃったのか。おーい吉田」


成瀬が呼ぶと、カースト中位のグループの中から、吉田がこちらへ向かってきた。


「おぅ?どうした成瀬」


「いやお前、三咲に飯頼んでたろ。ほら、コロッケパン」


成瀬の言葉に吉田が若干引いたような顔で僕の方を見た。


「え?マジで買ってきたのかよ」


出た。思ってもいないくせに、下と見た相手には脳死アンド条件反射で俺にも買ってとか奢ってとか言っちゃう奴。

本当に買ってくるとなぜか引かれるという、最悪のトラップ。


気をつけていたつもりだったが、また引っかかってしまった。


ねぇ、なんでそういうこと平気でするの?

死んでくれよ吉田。


「奢り?」


なわけあるか殺すぞ。


「.......い、いや.......え、えっと」


「こんな奴に奢ったりしなくていいぞ三咲」


「ちぇ。俺今日財布持ってきてないのに。悪い三咲くん、それ自分で食べてくれ」


「やっぱりかよ。あいつ、ほんと適当なんだよな。悪い、すぐ止めてやればよかったな。コロッケパンも俺がもらっていいか?」


言いながら、小銭を差し出してくる成瀬。


「あ、うん........」


こいつ意外といい奴か?

いいや、ヤンキー捨て猫理論に騙されてるだけだ。惑わされるな。


「決して悪い奴じゃないと思うんだけどなぁ。頼んだ俺が言うのもなんだけど、頼み聞いてやる相手は選んだ方がいいぞ」


返す言葉もない。


「なんだ燐、パシリなんてさせてたのか?だせぇな」


少し時間をかけたせいか、トップグループから逆巻が顔を出した。


「人聞き悪いなぁ。俺がそんなことするように見える?優しげな顔してるだろ?」


「あぁ、まるで黒幕みたいだ」


「アハ、燐くんダサ。うける」


「最低ね。燐」


いつの間にやら、松原と潮海も参戦し、完全に成瀬いじりタイムに入ったようだ。


「おいおい、冗談きついって。俺がいじられるパターンあるのか」


「いつも小賢しく立ち回ってる罰だろ」


「言い方!有栖川、お前は信じてくれるだろ?」


「もちろん。ほら、仲間の印に、私の卵焼き分けてあげる。あーん」


氷織の自然なようで突拍子もない行動に、一同が少し動揺する。特に逆巻は目を見開き、驚愕の声を上げる。


「お、おい何してんだ、有栖川!」


「はは、さんきゅ———」


成瀬も少し驚いていたようだが、下手な動揺もかっこ悪いと思ったのか、爽やかめな笑顔で口を開けた。


そして、氷織の卵焼きは、成瀬の口もとへ——


「なんちゃって」


行くことはなく氷織の悪戯めいた声と共にその横を通り抜け、


「ん!?むぐっ」


去るタイミングがわからず棒立ちしていた僕の口にねじ込まれた。


「どう?美味しい?三咲くん」


何しやがるこいつ。


「っ!?え?あ、その、お、美味しい.......です」


完全にモードに入っている氷織の言葉になんとか僕の口はそれだけ絞り出すことができた。


「「あはははは」」


氷織の悪戯に口を開けたままの成瀬に潮海と松原が笑い出した。僕の態度も笑われてる気がしたが現実逃避させてもらう。


「勘弁してくれよ.........」


ここまではなんだかんだいじられるのを楽しんでいた成瀬がこれには恥ずかしそうにそう言った。


逆巻は手を額に当てて、皺を寄せて下を向いていた。


そして僕は、いつの間にかクラス全体の視線を集めていた。


———おい、なんだよあいつ。羨ましすぎる


———有栖川さんの、あーんと卵焼きとか、俺ならもう死んでもいいレベルだってのに。


———成瀬ならまだ納得できたのに。あの棚ぼた野郎、マジで許せねぇ。


あーもう。だから表で氷織と関わりたくないんだ。つかまじで美味いなこれ。甘口でふわっふわしとる。


「なんだこの仕打ち........ちゃんと報酬込みだし、なんなら三咲が得してるくらいだって。なぁ、三咲」


僕の心情はともかく、購買に行くのは予定通りだし、客観的事実だけ見れば、確かに僕の方が得をしているともいえるかもしれない。


「う、うん。むしろ吉田くんのこととか気遣ってくれて、か、感謝してるくらいだよ」


一ミリぐらいだけどな。50円の収入もあったし?

バイトする勇気もない陰キャぼっち高校一年生の50円を舐めてはいけない。


駄菓子屋で贅沢してもいいし。

別にコンビニでも構わない。


コンビニにはこのお金で5本も買えるうますぎるお菓子がある。


お金がある大人は店員さんの目を気にして、逆に気軽には買いづらい駄菓子は我々子供に与えられた希望なのだ。


駄菓子買う高校生もきつい?あっはは、知らねぇよ黙れ。


大好きなコンポタは必須として、他には........いや?


何も種類を変えなきゃいけないルールはないんだ。コンポタを5本買ってもいいんだよな。

天才か僕。


「ほら聞いたろ。なんかちょっと楽しそうな顔もしてるしさ」


「いや、なんかニヤついててキメェけど........つかよ、吉田がなんか関係あんのか?」


逆巻は感情の行き場でも探すように、成瀬に事の詳細を聞くと、早歩きで吉田の方へ向かった。


僕もそれに紛れてさっさと席に戻った。


「吉田」


「な、なんだよ逆巻」


「燐に迷惑かけてんじゃねぇよ」


「え?ご、ごめん.......ってよくわかんないけど、俺なんかしたの?」


逆巻の圧に吉田はへり下るように咄嗟に謝るが、自分が何をしたのかは本当によくわかっていないようだった。


「アッハ、完全にただのストレス発散だ。吉田かわいそ」


けらけらと笑う松原。


「あれ、ひおりん。あなたなんでそんなにニマニマしてるのよ?そんなに悪戯成功したのが嬉しかった?」


「んーん。別に〜」


「む........?」


にっこりの氷織に、潮海だけが怪訝そうな顔を向けていた。


『(氷織)本当に成瀬くんに嫌な思い.......させられたかと思った』


『(三咲)させられてないよ。彼の言った通り、僕は何も損してない』


『(氷織)卵焼き........美味しかった?』


『(三咲)だから美味しかったって』


『(氷織)私が........つくったの』


『(三咲)へー』


『(氷織)ふふ......にこにこしてたけど.......そんなに嬉しかった?』


『(三咲)は?なんの話?』


そんなメッセージが裏でやり取りされていたことは誰にも知られないままだった。











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