花に君の肖像を

明日葉

菖蒲

 朝7時、私は毎朝この時刻に目を覚ます。寝ぼけた頭でアラームを止めて気怠さに抗い体を起こす。LINEを確認すると綾からメッセージが届いていた。

「おはよう!今日は大学に来る?」

昨日までの2日間私は軽い風邪を理由に大学を休んでいた。6月に差し掛かると環境にも慣れて変わり映えのしない日常に飽きていたのもある。

「行くよ」

と短い返事を送るとそのまま歯を磨き、シャワーを浴びた。


 教室に着いて適当な席を確保し、スマホで講義が始まるまでの時間をつぶしていると綾が声をかけてきた。

「もう大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。もともと軽かったし。」

綾は話しながら休んでいた分のレジュメを渡してくる。頼んでもいないのにこういう気遣いをしてくれる彼女はありがたい。

「そういえば一昨日玲生くんたちとご飯に行ったよ」

と綾が切り出してきた。思わず

「え?なんで?」

と返す。船井玲生は同学部の同級生だが、私はほとんど話したことがない。彼は黒髪のショートヘアというシンプルな格好をしているが芸能人のように華やかなでどこか艶やかなオーラがある。しかし、見た目とは裏腹に明るい性格でいつも賑やかなグループとも、静かな人たちとも男女関係なく話している姿を見かける。

「課題のことで話しかけてきてそのままご飯に誘われたの」

と綾が答えたので、ふざけて

「彼女に怒られないのかな」

と聞いた。学部のLINEグループで見た玲生のアイコンは女性との2ショットである。そんなことを話しているうちに教授が入ってきて講義が始まった

 昼休み、いつもと同じように綾と学食で食事をしていると、こちらに手を振っている人が見えた。玲生はお盆を受け取るとこちらへ来て綾に話しかけた。

「昨日はありがとね。」

「こちらこそ。それよりも学食にいるの初めて見た。」

と綾が返すと玲生は照れたように

「今朝急いでたらお弁当用意していたのに忘れちゃったんだ。」

と答えた。玲生は笑顔で

「またご飯行こうね!今度は森本さんも一緒に!」

と言い残して手を振りながら去っていった。綾がふざけた様子で

「チャラいね。」

と言った。私もそう思う。でもお弁当を用意しているのは少し意外だった。私は少し彼のことが気になった。


 土日はバイトをして過ごした。故に月曜の今日もまた疲れを残して迎える。正直バイト先は従業員をもう少し増やすべきだと思うが、私にそれを言う勇気はない。いつも通りに支度をして家を出た。家から大学までは1時間程度かかるのでその間に昨夜やり残した課題を進める。大学に着くころには粗方片付いていた。大学に着いてパソコンを開き課題の仕上げに取り掛かる。綾が来たが挨拶だけして作業を続ける。私が課題を終える瞬間を見計らって綾が話しかけてきた。

「玲生くんから聞いてる?」

と聞かれたが何のことかさっぱりである。

「ううん、何も。」

「課題とかわからないところの質問したいから汐里も含めたLINEのグループ作ってって頼まれたの。」

なぜ私なのだろうと思ったが、恐らく私の課題が講義で褒められることが多いからだろう。

「いいよ。お願いしていい?」

と返すと綾は

「ありがとう」

と答えた。グループに入ると玲生とその友達2人が既に居た。

「森本さんありがとね!」

と玲生からメッセージが届き、スタンプを返した。

 帰宅して少し横になって休む。今週は各科目で中間テストがあるためその勉強もしたい。そんなことを考えながら転寝をしていると夕食の時間になった。私の家では父を除いた3人でそろって夕食を摂ることが慣例となっている。3人でその日の出来事を話しながらの食事を終え、自室に戻りスマホを確認するとグループに玲生からメッセージがあった。

「レポートってどんな観点から書くのがよいと思う?」

そんな質問をされても各自の今までの課題への回答によって変わる。簡単に説明をするのは困難だ。

「文だけで説明すると長くなっちゃうから通話できる?」

と聞くと玲生はすぐに

「逆に通話で教えてくれるの?」

と嬉しそうな返事をしてきた。グループ通話を開くと玲生がすぐに入ってきた。

「ほんとありがとう!森本さんも試験勉強あるのにごめんね。」

と玲生が言う。私は勉強を教えるのが割と好きなので謝られることは無い。

「大丈夫だよ。船井くんも急で大丈夫だったの?」

と聞くと

「一人暮らしだから大丈夫だよ。あと、玲生でいいよ。」

と言う。

「急に呼び捨ては難しいよ。」

と答えると玲生は笑いながら

「じゃあ俺はりっちゃんて呼ぶね。」

と言ってきた。こういう人懐っこさが彼の人気の理由だろう。でも綾が言っていたように「チャラいな」と思った。まあ男子大学生なんてそんなものだろう。しかし、予想に反して玲生はそこから真剣に課題について質問をしてきた。彼は飲み込みが早く、少しのアドバイスであっという間に課題を片付けた。


 翌朝学校へ行くとすぐに玲生が

「りっちゃん昨日はありがとう。助かったよ。」

と言ってきた。

「全然いいよ。また何かあったらいつでも聞いてね。」

というと彼は「やったー」と言いながら笑顔でガッツポーズをして見せた。

「テストは順調?」

と聞くと彼はおどけたように

「俺天才だから。」

と言う。私が笑うと彼は友達に呼ばれて去っていった。しばらくすると綾が来たので昨日の出来事を軽く話す。綾も課題にまじめに取り組む玲生の様子を意外に思ったようだった。


 期末試験が終わり夏休みに入ってしばらく経った頃、私たちは食事に行くことになった。あれから玲生やその友人はグループを真面目に課題へ取り組む場として使い、ときにはみんなで通話をしながら課題をした後に雑談をすることもあった。このタイミングで彼らが課題の手伝いをしたお礼にご馳走してくれるらしい。食事中は多くのことを話した。大学の話や休日の過ごし方、アルバイトの話もした。玲生は休日は読書や映画鑑賞をして過ごし、アパレルのアルバイトをしているらしい。

 食事を済ませた後にみんなでゲームセンターに行くことになった。みんなで繁華街を歩いているときに玲生が隣に来て

「門限とか大丈夫?何かあったら言ってね。」

と確認してくれた。彼はこういう細かな気遣いが上手だ。

 みんなでゲームセンターを楽しみ、私と綾は先に帰ることになった。みんなまだ話したりなかったので1か月後に玲生の家の近くのお店で再び食事をすることになった。県外の出身で大学の近くに住んでいるらしい。玲生たちは私たちを駅の改札まで送ってくれた。

「一応家に着いたらLINEして。」

と玲生が言う。返事をして別れ、電車に乗った。

 帰宅してリビングでテレビを見ながら玲生に

「今家に着いたよ。今日はありがとね。」

とメッセージを送る。すぐに玲生が

「連絡ありがとう。こちらこそ楽しかった!1か月後も楽しみにしているね。」

と返事が来て思わず笑みがこぼれた。その様子を見た母親が

「どうしたの?」

と聞いてきたので話すと

「すごく丁寧でよくできた子だね。」

と満足げに微笑んだ。


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