第14話 ヘタレ、撃沈



「ハワードさん、いらっしゃいませ。あれ? 今日はおひとりですか?」



軽快なドアベルの音と共に、今をときめくハンメル商会の後継ハワードがケーキショップに現れた。


それをアルバイト中のエーリッヒが客を営業スマイルで迎え、そして気づく。

いつもなら彼の後ろにいるであろう人物がいない事に。



「今日は俺だけ。アーノルドに用があってね。呼んでくれる?」


「あ、はい。少々お待ちください」



最近セシリエは、放課後になるといつもこの店に寄ってくれていたから、なんとなくエーリッヒは今日も会える気でいた。

そのせいか、約束もしてないのにがっかり感がもの凄い。



気を取り直して本来の仕事である接客に励んでいると、話が終わったらしい兄とハワードが、エーリッヒに向かって手を挙げた。



「用件は終わったから、こっちにコーヒーを頼む」


「はい」



厨房に戻り、用意したカップ2つにコーヒーを注ぎ、兄たちのいるテーブルへと足を進めると、兄がハワードに話しかける声が耳に入った。



「そういえば今日はセシリエちゃんは?」


「取引き先の家に使いに遣ってる。まあ非公式の顔合わせみたいなものかな」



準備したコーヒーをテーブルに置こうとして。



「顔合わせ? なにそれ、まるで見合いみたいな言い方だな」



微妙な位置で、コーヒーを持つ手がぴたりと止まった。



「みたいな、と言うか、そんな感じだ。セシに縁談が来てるんだが、正式な返事は父が帰って来ないとできない。そう伝えたら、偶然を装って2人を会わせてみたらどうかと言われて」


「おやまあ」


「相性とか本人の好みとかもあるし、先入観なしに会っておけば、後で素直に感想が聞けるだろう? 会わせるだけならいいかと思ってさ」


「おやおやまあまあ」



アーノルドは相槌を打ちながら、チラリと視線をエーリッヒに向ける。カップを差し出したまま、空中で手が止まっている弟に。



「まあ何にせよ、縁談についてはセシリエに話していない。あの子は、ただのお使いで品物を届けに行っているつもりだろう」


「じゃあ受け取りに出るのが見合い希望の男ってわけ?」


「そう」



カチャン



テーブルに置く時、小さくカップの音がした。接客上手のエーリッヒにしては珍しい失敗だ。



「・・・失礼しました」



とぼとぼと厨房に戻っていく後ろ姿を見ながら、アーノルドが「あ~あ」と呟く。



「見てよ、あの後ろ姿。項垂れちゃって」


「知るか。いつまで経ってもセシに告白しないあいつが悪い」


「はは、だよねえ」


「これでもこっちはずっと待ってやってたんだ。また変な奴に目をつけられるより、人柄を把握してるエーリッヒの方が安心だと思ってたし」


「もう待ってられないか。セシリエちゃん、もうすぐ卒業だもんな」



小さく溜め息をこぼすアーノルドに、ハワードはふん、と鼻息を荒くする。



「店を購入して正式にオーナーになってからって考える気持ちは分かる。俺も男だからな。だがそれはあいつの事情だ。まだ奴への好意を自覚してないセシリエが、それに付き合う必要はない。何か約束をしてる訳でもないんだから」


「まあ、そうだよな。いや申し訳ない、うちのヘタレが」


「まったくだ。機会なんていつまでも開かれている訳がない。慎重に慎重を重ねているうちに、気がついたら手が届かなくなってる事だってあるのにな」



ハワードは不機嫌そうにコーヒーに口をつけると、ちょっと丸まってしまったケーキを運ぶ背中へと目をやった。








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