第10話 価値と足枷
ドミンゴ子爵家には、イアーゴしか子どもがいない。
夫婦仲が最悪だからだ。
セシリエとイアーゴの婚約の時の様に、商会の発展の為の政略で結ばれた2人―――イアーゴの父と母―――は、婚約時代はとても仲睦まじかった。
イアーゴの母は、裕福な商家の娘だが身分は平民。
子爵であるロドリゴからの求婚を、最初は身分が違うと躊躇した。
だが、「あなたとの子を必ず後継ぎにするから」と家長の前で誓い、誓約書まで認め、首を縦に振らせる事に成功したのだ。
だがそんな仲睦まじさも結婚するまで。
夢いっぱい、希望いっぱいだった筈の新婚生活は、妻の妊娠と同時に始まったロドリゴの浮気で早々に破綻した。
イアーゴの母は、その時腹の中にいた子、つまりイアーゴを愛せなかった。
イアーゴの母にとって、生まれてきた息子は人質の様なものだった。
その子がいるせいで離縁できないし、実家も提携を止める事が出来ない、と。
ロドリゴ・ドミンゴには愛人が2人、その間に生まれた子が5人いるが、この国の法律は庶子に相続権は認めていない。
故にドミンゴ子爵家を継げる子は、かつてロドリゴが妻の実家と交わした誓約の通りイアーゴだけ。
そんなイアーゴの価値は、イアーゴの母にとっては足枷でしかなかった。
夫の愛の誓いを信じて結婚し、失望した妻は、足枷でしかない息子を拒否し、自分もまた愛人を作ってそのもとに足繁く通う様になり―――
「いやいやいやいや、だからって、両親そろって息子を放置するのはどうかと思いますけど?」
読んでいた報告書をテーブルに置きながら、セシリエが誰にともなく問う。
すると、側に座る兄ハワードが、全くだと頷いた。
セシリエとイアーゴの婚約解消が成立してひと月と1週間。
食堂でイアーゴと話した後、セシリエはエーリッヒを通じてアーノルドに調査を依頼した。調査対象はイアーゴの父と母。その報告書が先ほど届き、目を通したところである。
思った通り、いや思っていたよりずっととんでもない報告書が届いて、内心ビックリだ。
それでイアーゴの言動が正当化される訳ではないが、彼の両親にかなりの問題と責任があるのも事実。深く反省するべきなのはイアーゴだけではないとセシリエは思った。
「お父さんはこの話、知っているのかしら」
「20年近く前の話だろう? たぶん知らないと思う。ああでも、どうかな。今の俺たちみたいに、後で調査を入れたかもしれないな」
あれからすっかり大人しくなったイアーゴは、もうちょっかいをかけてくる事もなく、セシリエは平穏な生活を送れている。
だが、ドミンゴ家の方は少々不穏らしい。
実は、商会の評判が下がり始めているのだ。
でも、今はまだ婚約を解消して間もない時期だから。
この先どう転ぶかなんて誰にも分からないし、まあそのうち業績も―――
なんて、もうドミンゴとはなんの関わりもないセシリエは、適当に考えを終わらせたのだが。
イアーゴやエーリッヒが学園の卒業を迎え、セシリエが最終学年になり、もう頭の中からすっかり元婚約者の名言、そう、例のアレが消えた頃。
ロドリゴ・ドミンゴからセオドアに連絡がきたのだ。
「大事な話がある」と。
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