第9話 使わなくて済んでよかった



呆然とするイアーゴを見て、セシリエは立ち上がる。


そして、言いたい事は言ったと清々した気持ちで、食堂の扉へと足を向けた。



すると、背中越しに声がした。



「・・・父上のやり方は間違ってる」



セシリエは足を止め、振り返ってイアーゴを見る。



「結婚前だけ婚約者にいい顔したって上手くいかないだろ? 大事なのは結婚後だ。遊びたいなら結婚前にしておくべきだ。結婚後はお嫁さんだけにするべきだ。そうしないから・・・家族がバラバラになるんだ」


「・・・?」



セシリエは首を傾げた。

言ってる事はさも良さげに聞こえるが、どこか妙に感じるのは気のせいだろうか。



「俺は父上とは違う。結婚したらもう遊ばない。よそに女なんか作らない。愛人たちに子どもなんか生ませない。奥さんだけを、セシリエだけを大切にするんだ。死ぬまで一生よそ見しない。だから俺は、人生最後になる女遊びをしておこうと思った。それだけだ」



だから俺は間違ってないと主張するイアーゴに、セシリエはなんとなく、本当になんとなくだが、イアーゴの家庭事情が想像できた。



「セシリエ、結婚前の行動なんて当てにならない。いくらだって嘘を並べ立てられるんだ。だからあんな調査書なんかで俺を判断しないでくれ! 俺はセシリエと結婚した後は絶対に・・・」


「しません」


「え?」


「イアーゴさまとは結婚しません。結婚後の不貞も最低ですけど、婚約後の不貞も最低です。せっかく婚約解消できたのに、どうしてわざわざそんな人と婚約し直さないといけないんですか」


「・・・結婚したら、セシリエひと筋になるのに・・・?」


「さっきから言ってますけど、なんの保証もありませんよね、それ」


「・・・」


「さようなら」



今度こそ背を向けて、セシリエは出口に向かって歩き出した。

先ほどから扉向こうでちょこちょこ見え隠れする人影が、いつこちらセシリエを心配して飛び出してくるかと気が気でない。



セシリエは歩を進め、食堂を出る。


背後からイアーゴが追って来る気配はない。


セシリエが渡り廊下を通り過ぎ、自分の教室が見えてきたところで、ようやく息を吐き、振り返った。



「ご心配をおかけしました」


「・・・いえ、何もなくてよかったです」



そこに居たのはエーリッヒだ。

背中側に手を回しているが、何を隠し持っているのかは・・・聞かないでおこう。


こうして何事もなく話が終わったのだから。



「いつから僕がいる事に気づいてました?」


「う~ん、テーブル席に座ってすぐでしょうか。私からは出入り口が見える位置だったので。お陰で安心していられましたけど・・・」


「けど?」


「それ、使わなくてすんでよかったです」



セシリエは、エーリッヒが背に隠している方の手を指さし、笑った。



「僕もそう思います。実はあまりケンカには自信がなくて。まあ最悪、僕がやられてる間にセシリエさんだけでも逃がせればいいかな、なんて考えてました」



そう言うと、エーリッヒは隠し持っていた木の枝を廊下の窓から放り投げた。



どこで見つけてきたのか、なかなかに太い枝だった。






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