第44話 お披露目式(その2)


 大振袖を着る事を考えていつもより量を減らした軽い朝食の後、いよいよサフィによる着付けが始まった。

 袖を通すのはこれで三度目。

 サフィも慣れた様子で手を動かしていく。

 帯の締め具合を調整して、少しでも私が苦しくない様に着付けてくれる。

 それが終わると結い上げていた髪をほどいてコテをあて、私の柔らかな髪をストレートにしてから後頭部の高い位置で一つにまとめた。

 月下美人をいくつも繋げた銀細工に、大小様々なダイヤが散りばめられた髪留めをつけて完成。

 他にアクセサリーは何もつけない。

 この大振袖の完成された美しさを引き立たせるためだ。

 帯を締めたおかげで自然と伸びた背筋。

 気持ちまできゅっと引き締まって気合がのる。

 さあ、いよいよね。

「ユウ、手を」

「はい」

 エスコートしてくれるのは「黒の貴公子」と呼びたくなるような、まるでおとぎ話に出てくる王子様のような姿のゲートだ。

 私たちは神殿の廊下を抜け、バルコニーに繋がる一室の扉の前で一度立ち止まる。

 深呼吸の後、観音開きの扉が開け放たれた。


「神子様―!!」

「おめでとうございます!!」


 青空に響き渡る大歓声。

 みんな口々に神子を呼び、祝福を告げる。

 誰もが高揚した面持ちで手を挙げ、拍手をし、指笛を吹く。

 わあっと蠢く歓声が、次の瞬間ふっと止んだ。

 バルコニーから見渡す景色のその隅々まで広がる人の波。

 たくさんの輝く瞳がこちらを見上げる。

 その輝きが一層強さを増した、その時。

「神子様のお目見えである!月光神様のご加護に感謝の祈りを!!」

 シンケールス様の声が響くと、前列から順にさざ波が起こったかのように人々が跪いて祈りの姿勢に変わっていった。

 私は胸の奥に息を吸い込む。

「ユエイリアンの民である皆さまに、月光神様のご加護が授けられますように」

 そう告げた次の瞬間


「神子様ばんざーい!!!」


 静寂を割る歓声が沸き起こった。

 隣のゲートを見れば、彼は「よくやった」と言うように笑顔を返して頷いてくれる。

 広大な敷地を誇る神殿に入りきらないほどの群衆による歓声は大きなうねりを作り出す。

 軽く手を上げ左右に振ると、それは最高潮に達した。





 お昼近くになって会食が始まる。

 神殿にある謁見の間は礼拝堂や王宮の謁見の間ほど広くはないけれど、それでも十分すぎるほどに広い。

 例えるなら500人規模の披露宴が可能な結婚式場、と言えばいいだろうか。

 その広さの場所で行われる会食は、厳選された人物のみが参加するとあってテーブルとテーブルの間隔も広く、王宮楽団の場所や特別に設けられたステージを含めてもまだゆとりがある。

 主賓のテーブルは特大サイズの長方形で、当然のように私はお誕生日席。

 向かって左には国王夫妻とディア、右側にはシンケールス様とサフィ、ゲートが着席する。

 いつもは自室でテーブルを囲んで和やかに食事しているから、やっぱりちょっと緊張したけれど、シンケールス様が

「食事は楽しむのが一番です。肩の力を抜いていいんですよ」

 と言ってくれたおかげで少しリラックスできた。

 そして運ばれる、グラナートさんが腕によりをかけた特別料理。

 私のお皿は彼自らが給仕してくれる。

「本日のメニューは、ユエイリアン伝統の家庭料理を基にフルコースとして仕上げました。神子様は慈愛に満ち、我々一市民にも感謝を伝え心配りをしてくださる健気なお方です。その神子様がこの国へ来てから食事に困ったことがない、と仰いました。それもまた月光神様のご加護かもしれない、と。それを聞いて今日のメニューを思いついたのです。神子様を歓迎し、ご降臨いただいた感謝をお伝えするためには、ユエイリアンの文化に根付き血や肉となり、心を癒す一皿こそが相応しい…いえ、私自身がそうした料理を神子様に召し上がっていただきたいと考えたからです。神子様、どうぞごゆっくりご堪能下さい」

 いつもの気さくな様子とは全然違い、国が誇る天才料理人としてのグラナートさんが私の前に料理を置く。

 形式ばった硬い口調のグラナートさんは新鮮だ。

 でも私と目が合うと、あの太陽みたいな笑顔を向けてくれた。

 最初は少し驚いたようにお皿の上の料理を見ていた国王陛下も、彼の説明を聞いて深く納得したらしい。

 とても誇らしげにグラナートさんを見て

「なるほど、この場にこれほど相応しい料理は他にないだろう。ユエイリアンを知っていただくには最上の一皿だ」

 と満足そうに目を細める。

 そうして和やかに始まった会食。

 オーケストラによる演奏はとても心地よく、用意された他の演目も場を盛り上げた。

 フルコースはついにデザートとなる。

 そのタイミングで会場の隅からそっと料理長が合図をくれた。

 ナプキンで口を拭い、私は立ち上がる。

「皆さま、本日は…いえ、私がユエイリアンへ来てからこれまで、いつも私を気遣い、心に寄り添って日々を見守ってくださり、ありがとうございます。ここで心ばかりではございますが、私から皆さまに召し上がっていただきたいものがございます」

 そう告げると、料理長が私の隣へ一台のワゴンを用意する。

 乗っているのはクローシュで中身が見えなくなっている人数分のお皿。

 私は一皿一皿、丁寧にサーブする。

 驚きと戸惑いで目を丸く見開いてはいるものの、慌てず騒がず私の様子を見守っているのはさすが国王夫妻。

 神子の「秘密」がこのサプライズであると理解したシンケールス様たちは楽し気に微笑む。

 けれど私のサーブは終わらない。

 次に用意されたワゴンの上のお皿を、会場内に控えてくれていたルヴィニさん、フリソスさん、そしてグラナートさんに手渡す。

 もちろん料理長にも。

 全て配り終えて自席に戻り、どうぞ、と促すと給仕役の神官たちがクローシュを外した。

 現れたのは赤と白の可愛らしいお饅頭。

「私が今日の日を無事に迎えられたのは、こちらにいらっしゃる皆さまのおかげです。右も左も分からない私を傍で支え、見守り、助けてくださったからこそ、今の私があります。その感謝をお伝えしたくて作らせていただきました。どうぞ、お召し上がりください」

 その言葉で全員がフォークを手にとりお饅頭を一口サイズに切り取って口へ運ぶ。

「まあ…!!なんて美味しいのかしら。このマールスの香りと、甘すぎず滑らかなクリームの食感、それにこの酸味がとても爽やかですわ。ふわふわした生地もあいまってとても優しいお味のお菓子ですわね」

「ああそうだな、色合いもよく上品だ。これを神子様が手ずから作ってくださったとは…!!これほど幸せなことはありますまい」

 良かった、お二人の口にもあったみたい。

 ホッと胸を撫で下ろしたところに、シンケールス様も

「マールスを使った菓子とは大変嬉しいですね。神子にとってマールスは特別な物ですから」

 と加えた。

「はい。私がユエイリアンに来て初めて名前を覚えた食べ物です。それと、マールスはバラ科の植物ですから、愛情を伝えるには相応しい果実だと思いました」

 それにはサフィやゲート、ディアも笑顔で私に目配せしてくれる。

 会場の隅では感激に涙を浮かべる料理長が「食べたいけどもったいない」と、お饅頭にフォークを立てようか立てまいかずっと迷っている様子が見えた。

 ルヴィニさんとグラナートさんも満面の笑みを浮かべてお饅頭を口にしてくれた。

 フリソスさんは全てを知っていたけれど、まさか自分にも用意されているとは思わなかったらしい。

 既に味を分かっているにも関わらず、彼もまた感動してしばらくお皿を見つめてから、大切そうに一口ずつ食べてくれた。

 これでサプライズも無事成功。

 会食を経て、ようやくお披露目式の全日程が終了となった。







 自室に戻って大振袖を脱いで髪をほどき、いつものワンピースに着替えたら一気に力が抜けた。

 すっかり緊張も解けてソファに身を預ける。

 先に着替えを済ませていたゲートが、私が腰かけると同時に肩を抱き寄せて…と思ったらそのまま膝枕。

 しかも自分の太ももと私の間にクッションを挟んで、私の体勢が辛くならない様にしてくれている。

 おかげで私は「はあ」と深く息を吐き、すっかりリラックスモードだ。

 時間にしたらまだ二時から三時の間くらいだけど、体感的にはもう夕方くらいの疲労感。

「よく頑張ったな」

 短い言葉にはたっぷりと労いの気持ちが込められている。

 ゲートはゆっくり頭を何度も撫でてくれる。

「ありがとう、ゲート」

 何だか自然と瞼が重くなって私は目を閉じる。

 大きな手のひらから伝わる温もりが心地いい。

 じわりと広がる疲労感と体の重みを感じながら、私はいつの間にか眠りに落ちた。







 続く

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