第43話 お披露目式
朝焼けにはまだ遠く、濃紺の空が広がり満月が浮かんでいる、そんな時間。
室内には穏やかな光が灯り、手際よく支度が整えられていく。
ルヴィニさんが衣装の着付けを進める間にサフィは髪飾りやお化粧の準備中。
最初は衝立越しに様子を見守っていたゲートは、私がある程度衣装を身に付けた所で入れ違いに衝立の向こうへ行って自分の身支度を始める。
一方の私は鏡台の前に場所を移して、今度は細かな装飾を付けてもらいながら同時進行でサフィに髪を結ってもらう。
サフィの手もルヴィニさんの手も、流れるように見事な手際であっという間に私を飾る。
髪が終われば今度はお化粧。
いつもは自分で軽くやっていたけど、今日はサフィに全てお任せ。
パフやブラシがちょっとだけくすぐったい。
仕上げにサッとチークをのせたら完成。
すぐさまサフィはゲートと交代で衝立の向こうへ行き、今度は自分の支度を始めた。
先に姿を見せたゲートは神子付きの証である専属衣装を身に纏い、腰にはこの日のために新調した鞘に納めたサーベルを帯刀。
彼の衣装は黒を基調にシルバーで輪郭を縁取り、所どころに装飾を施した動きやすさ重視のすっきりとしたもの。
本物のオシャレは「引き算の美学」と言われるのがよく分かる逸品だ。
ゲートが持つ逞しさとしなやかさ、そして芯の強さを際立たせている。
少しして現れたサフィの専属衣装は彼の柔和で温かな雰囲気に合わせ、新緑を思わせる生地と両肩に咲き誇る月下美人の刺繍が目を引く神官服。
全ての支度が整う頃、シンケールス様に導かれて私は静かに部屋を出た。
シンケールス様を先頭にして、私はサフィとその後ろを歩く。
一歩下がった場所からゲートも一緒に礼拝堂へ向かう。
物音一つしない広く大きな礼拝堂には、既に神官の皆さんが揃って始まりの時を待っていた。
先を歩くシンケールス様は私とサフィに月光神様の像がある場所を示すと、壇上から続く階段を降りて演台につく。
壇上に残された私はサフィにエスコートされるまま、月光神様の像と向かい合った。
そしてサフィはゲートと共に私の両隣で片膝をついて軽く首を垂れ、礼をとる。
像を中心に、今日のために用意された月下美人の鉢が並んでいた。
一度深呼吸して心を整える。
「ここに月光神様の神子、ご降臨の儀を執り行う」
初めてこの世界に来たあの日と同じように、威厳あるシンケールス様の声がこだました。
その瞬間、わずかな衣擦れの音とともに全員が立ち上がるのが分かる。
続いて日々のお祈りの際に歌われる聖歌が始まる。
楽器は一切ない。
とても静かで穏やかな、優しく柔らかな旋律。
その歌声はまるで透明で澄んだ湧き水のよう。
私はその歌声に背中を支えられているような気がした。
自然と身体が動き、祈りの体勢をとる。
―月光神様、どうかこの神殿に集いし人々に、そのご加護をお与えください―
静かな祈りに応えるかのように、月光神様を模った像から淡い光が放たれる。
それはだんだんと光量を増し、礼拝堂を包み込む。
同時に、用意された月下美人の蕾が大きく膨らみ、小さく弾けるように花びらが動き出す。
少しずつ漂う、ほのかに甘い香り。
全ての株が満開になり、花の中央からコロンと雫が零れ落ちる。
それらが落ちる丁度その先に置かれた小瓶の中へ、ぽとりと吸い込まれていった。
以前に祈った時と違うのは、一滴だけではなく、一度に小瓶をたっぷりと満たす量の雫が溢れたことだ。
その様子に先ほどまで静寂に満ちていた礼拝堂に、息をのむような呼吸音が広がる。
すると花酒用の瓶を恭しく手に持ち、壇上へやって来た神官たちが跪いた。
私は一つずつ月下美人の花をそっともいで瓶の中へ納めていく。
七つの瓶全てに花を入れると、神官たちは階下へ戻った。
私は「生命の水」の入った小瓶に蓋をして、壇上にあらかじめ用意されていたジュエリーボックスのような小箱に入れる。
それを持って私は神官たちのいる方へ向き直った。
一人一人と視線を合わせるように彼らを見渡し、最後にシンケールス様へ視線を送る。
すると彼は心得たと頷き、こちらに続く階段を静かに上る。
私たちがいる場所より一段下がったところで立ち止まったシンケールス様に、私はそっと手にしていた小箱を渡した。
大切に受け取って一度掲げてから胸元に寄せ、彼もまた神官たちに向き直る。
「月光神様のご加護は強く、確かに神子様とともにある。これがその証。ここに神子様のご降臨を宣言し、幾久しく神子様の健やかな日々とお心を御守りし、その幸福を願う事を宣誓いたします」
シンケールス様の言葉に、一斉に神官たちが跪いた。
「皆様の信心と献身に心から感謝いたします」
それは嘘偽りのない本心から出た言葉。
だからこそ緊張に震えることもなく、芯をもって伝えることが出来た。
そして立ち上がったサフィとゲートにエスコートされ、来た時と同じように礼拝堂を後にする。
神官たちに背を向けた瞬間、割れんばかりの盛大な拍手が私を送り出してくれた。
礼拝堂を出ると、自然と深い息が出て緊張が解ける。
その反動で少しだけ指先が震えたけれど、すぐにサフィとゲートが手を取ってくれたおかげで落ち着いた。
「ちゃんとやれた、かな」
確かめるようにサフィを見れば、いつもの柔らかな笑みがある。
「立派でしたよ。あの拍手が何よりの証拠です」
「月下美人も大輪だった。生命の水も予想以上に採取出来ていたから、上出来すぎるくらいだ」
「そうですよ。さあ、少し部屋でお休みください。またすぐに王宮での式典が始まります」
シンケールス様に言われて、私たちは少しだけ休憩をもらった。
時間にして十数分。
月下美人がしぼんでしまう前に王宮での式典に臨まなければいけないから、のんびりしてはいられない。
再びシンケールス様に呼ばれて私たちは部屋を後にした。
石造りの通路を抜けて王宮に繋がる扉の前へやってくると、そこにはディアが待っていてくれる。
正面から私を観止めたディアはいつも以上に目を輝かせながら
「とっても綺麗だ」
そう言ってサフィからエスコートを引き継いだ。
ここからはディアと二人で先頭を歩き、その少し後ろをサフィとゲートが続く。
月下美人の鉢を持つシンケールス様は最後尾を行き、王宮での式典を見守ってくれる。
私もディアもやっぱり緊張していた。
ほんの短い言葉のやり取りさえもなく、互いに顔を見合わせて頷き合う。
それが私たちの合図だった。
目の前の扉が開かれる。
私たちは揃って前へ踏み出した。
神子のために設えられた最上段に、私はディアと並び立つ。
今度は最初から謁見の間に集まった人々の方を向き、隅々まで視線をめぐらせて見渡す。
神殿の時とは違い、すでにどよめきが空間を覆っていた。
誰もが思わず漏らした「おお…!!」とか「ああ…!!」と言った声で溢れる。
私たちより数段下にある、通常国王が謁見の際に着席する場所で最敬礼をとり私たちを迎えた国王夫妻は、一度こちらを見上げてから再び深くお辞儀をし、それから臣下に向き直った。
そこで広間は一気に静寂を取り戻し、式典が始まる。
「これより我が国ユエイリアンにご降臨なされた神子様のお披露目式を執り行う。皆のもの、心からの礼をとり、首(こうべ)を上げよ」
陛下の宣言で臣下たちが跪き深々と頭を下げた後、その姿勢のまま顔を上げた。
それを見届けたシンケールス様が月下美人の鉢を彼等の前に掲げる。
「こちらは先ほど神殿の礼拝堂にて神子様が祈りを捧げ、開花させてくださったものである」
宣言してから私の前に鉢を降ろし、シンケールス様は下がっていく。
代わりに花酒の瓶の蓋を開けた神官がその傍に待機した。
私はさっきしたのと同じように優しく花びらに触れ、ぷつりともいでから瓶の中に収めた。
全ての花をもぎ終わると、神官は音がしないよう慎重に蓋をして、掲げるような仕草で私に手渡してくれる。
落とさないようしっかり受け取ると、それを国王陛下にお渡しした。
その途端、広間には耳が痛くなりそうなほど大きな拍手が響き渡る。
しばらく拍手が続いた後、それは自然とおさまって
「早速のご加護、ありがたく頂戴いたします。ユエイリアンは国を挙げて神子様の心身をお守りし、たくさんの幸福に包まれた生涯となりますよう、国民全員でお祈り申し上げます」
陛下の温かな声がしっかりと耳に届けられた。
その後私たちは用意された玉座のように豪奢な椅子に座り、宮廷楽団の演奏に合わせた国歌斉唱に耳を傾ける。
国民であるサフィやゲート、ディアも合わせて歌ってくれた。
国歌が終わると、次はユエイリアンが私のために用意してくれた品々が贈呈される。
この場に用意できないものは全て目録にして渡された。
中には別荘として使う時のための家屋という破格の贈り物もあって、さすがに一瞬固まってしまった私が、ディアに手を握りなおされて我に還る、なんて一幕もあったけれど、どうやら他の人たちにはばれなかったようだ。
それから王族の紹介と元老院のメンバーの紹介があり、ユエイリアンでは国王夫妻だけでなく元老院の全員までもが、神子の後見になることが宣言された。
手厚すぎる保護に私も深く礼をとり、感謝を述べた。
これで式典は無事に終了。
ディアにエスコートされて私は再び自室に戻ることになった。
「ふう…」
みぞおちの辺りから思いきり息を吐き出したのは、部屋に戻って衣装を脱ぎ、束の間部屋着を身に付けてソファにもたれかかった時。
伸ばしたままの背筋が何だか強張って筋肉痛みたいな感覚だ。
それを解すように伸びをして、左右にぐっと身体を揺らす。
「お疲れ様でした。この後は国民へのお披露目まで時間がありますから、朝食の前に少し横になられますか?」
サフィが心配してくれたけど、眠気は完全に吹き飛んでいる。
「大丈夫。朝食も一緒に摂るから、みんなも休んでね」
そう告げると各々少しだけ衣装をくつろげ、ソファに腰かけてくれた。
ここで一度みんなで朝食を摂り、神殿のバルコニーにて行われる国民へのお披露目に向けて準備をする。
私は衣装をルヴィニさんが作ってくれたものから、月下美人の大振袖に着替えて臨む予定だ。
バルコニーでのお披露目をもって今日の「お披露目式」の全てが終了となる。
その後は神殿にある謁見の間で特別な会食が催される。
主賓のテーブルにつくのはシンケールス様、サフィ、ゲート、ディア、そして国王夫妻と私。
他にもいくつかテーブルが用意されていて、今回の式典における功労者や元老院の議員といった顔ぶれが並ぶ。
これは神子を歓迎するための宴席でもあるから、神殿からは特別料理が提供され、ユエイリアンからは宮廷楽団の演奏や伝統的なユエイリアンの舞踊など様々な演目が用意されている。
今日の式典や会食における役割分担が上手くいくのも、神殿と国家の関係が良好で互いに支え合うものだからこそ。
他国でもし開催しようとしたら、互いに優位性を主張して神殿の方が「偉い」だとか、神子は国に遣わされたのだから国家が主導すべきだとか、そういう言い争いが始まって式典開催自体がなかなか困難になるらしい。
結局は神殿と王宮とで別日程を組んで、それぞれ独自の式典を行ったという記録が多く残っているんだって。
何はともあれ、ここまで厳格な式典が滞りなく終えられて本当に良かった。
粗相をすることもなくやりきれてホッとしている。
けれど今もあの光景が鮮明に蘇ってきて、緊張なのか興奮なのか分からない感覚が全身に残る。
しっかり見渡したはずだけど、列席者の顔もうろ覚えだ。
「ユウ、無理してない?」
お茶を飲む手を止めてディアが言う。
王太子として正装を身に付けた彼は一段と輝いて見える。
式典の間は一国の王位継承者として相応しい凛々しさで傍にいてくれたけど、今はいつもの軽やかで柔らかなディアだ。
「うん、無理はしてない。ただ何だかまだ実感がなくて、ふわふわしてるの」
「そう?伝統に則った式典だから朝も早いし、あんなに大勢の前に連れ出されたから緊張し通しだったでしょう?この後もまだまだ続くから、少しくらい横になって休んでもいいんだよ?お化粧も髪型も、サフィールが直してくれるから」
「ええ、そのくらい手間でも何でもありません。遠慮はいりませんよ」
二人は変わらず心配してくれる。
その向こうには同じく心配顔のシンケールス様が見えて、ふと過去に悲劇をたどった神子の話を思いだした。
前例があるだけに、多分今の私は過去と違いすぎて心配なんだと思う。
でもね。
「心配してくれてありがとう。今日は私、みんなに感謝を伝える日だと思ってるの。だから頑張らせてね」
そう、会食の最後まで神子として勤め上げるのが私の使命。
きっと今日が上手く終えられたら、神子として少しは自信につながると思う。
大切なスタートだから。
よし、と気合を入れて
「皆さん、最後までよろしくお願いします!」
と笑顔を浮かべた。
続く
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