第34話 ボレアン遠征(その8)

 町長さんとの話し合いは、彼等にもゆっくり朝食を摂ってもらってから行われることになった。

 次の満月の夜、月光神様から教えられた場所に「神の泉」が現れること。

 それを大切に扱い、守り続けること。

 私から町長さんに伝えるべきことはその二点。

 町長さんは感激してその場で月光神様に手を合わせ、必ずこの町で泉を守っていくと約束してくれた。

 続いてサフィから着物の扱いについて「月下美人の着物は神子専用に特別に仕立てられたもの」と神殿から発表し、神子以外の人物が真似をして着物を取り入れることがないようにしてもよいか、という提案がなされる。

「もちろんユエイリアン国内に着物を流通させ、ボレアンに経済効果をもたらすことも可能です。というより、神子が身に付けているものや色、柄などは貴族を始め広く取り入れられて行きますので、自然と需要が生まれます。その場合、着物を仕立てられるのがボレアンしかない現状では供給が追い付かず、町にとって負担が大きくなる懸念があるのですが、町長としてはどのようにお考えになられますか?」

 サフィはゆったりとした口調でうかがう。

「そうですな…」

 考え込むように言葉を途切れさせ、町長さんは顎に手をやった。

「あちらの着物はまさしく神子様のためだけに特別に仕立てたものですから、それに偽りはありません。さらにあれほどの着物となると早くても半年以上はかかります。かといってセイランたち職人に雑な仕事をさせるわけにはまいりません。彼らの誇りを穢すことはできませんから。あちらのお着物に関しては神殿にお任せいたします。ただ、もし私どもの我がままをお許しいただけるのなら、神子様にお召しいただくお着物をまた仕立てさせていただければと思います」

「それは願ってもいないことです。こちらとしても神殿長とご相談の上、皆さまにお願いさせていただきます」

 すぐに返事をしてサフィは私に微笑みかけてくれる。

 私も彼の視線を受けて、しっかりと頷いた。

 これで着物に関してはこの町に「神殿」というある意味確かな販路を築かれたことになる。

 そしてサフィはもう一つ大切なことを町長さんに伝える。

 話し合いが始まる少し前に、私からサフィに話したこと。

「実はもう一つ大切なお告げがありました。ボレアンは神子の羽根休めの場所である、ということです」

「なんと…!!」

 町長さんは目を見開いた。

 それから私に視線を移し

「そうでしたか。月光神様がこの町を選んでくださったのですね」

 と感慨深い様子で何度も頷いた。

「神子様が「ショウユ」と呼ばれたこの町の調味料を始め、食材や調理法、味付けなど、なぜそんなにもご存じなのかと不思議に思っておりました。事前に月光神様から何がしかのお告げがあったのやもしれぬと思ったのですが、それにしては神子様の知識は深く、手際はお見事でしたので、これは何かゆかりがあるのではと思っていたのです。この町が神子様にとって安らぎの地になるのであれば、これ以上光栄なことは他にありますまい。我々はいつでも神子様を歓迎いたします」

「ありがとうございます」

 慈しみが込められた眼差しを受けて、素直に感謝の意を伝える。

 町長さんはまるで孫を可愛がるおじいちゃんみたい。

 私とサフィは町長さんの様子に確かな安心感を抱き、自然と微笑みあう。

 そしてディアは私たちのやり取りを見守ると

「それでは、神子と神殿からのお話しに絡めて、国からの提案とご相談をさせてください」

 と切り出した。

 凛とした口調と真っ直ぐな瞳、はつらつとした横顔はいつもよりずっと大人びた「外交官」の顔。

 私は静かに彼の様子を見守ることにした。

「現時点で可能性がある物事についてまずお話しします。一点目は神子の衣装に関して。これは国からも発注する可能性があります。王都で行われる式典は神殿が主催する物と国が主催するものがあることはご存知ですね?」

「はい、存じております。近く行われる神子様のお披露目も同様でしたね」

「その通りです。フリソデが神子の特別衣装であると神殿が定めれば、国からも新たに仕立てたものを神子に贈ることになるでしょう。場合によっては神殿と国から同時に発注されることもあります」

「なるほど、あのお着物と同様の物を二着、同時に仕立てなければならない、ということでございますね?」

「それは可能でしょうか?」

「職人たち総出で作業にあたれば可能です。しかし二着が限度でしょうな。現在着物の仕立てはセイランともう一人の仕立て師ソウライの二人がそれぞれ陣頭指揮をとって制作にあたっておりますから、各一着ずつ担当することになるでしょう。彼等にとって最高の栄誉ある仕事になります、喜んでお引き受けいたします」

 町長さんは心強い返事をくれる。

 ディアは嬉しそうに口角を上げた。

「では二点目ですが、これは食に関するものです。あなたももうご覧になったように、神子にとってボレアンの食材や料理は馴染み深く、愛着のあるものです。そのためショウユをはじめとする調味料を一定量、国として仕入れさせていただきたいと思っています。ただしこれに関しては、王都で流通させる場合とさせない場合において仕入れる量が変わってきます。それはボレアンの経済に直結してきますから、町長のご意見を伺いたいのです」

「ふむ、それは振袖と似たような問題になりますかな。こちらの調味料を王都で流通させていただくことは、町の財政が潤うことになりますが、その分現在の生産量では供給が追い付かない可能性が出てきます。なにぶん時間のかかる調味料ですから、一朝一夕である程度の量をご用意するのは難しいのが実情です。今回おいでいただいた皆さまは美味しく味わってくださいましたが、王都の料理とこの町の料理は大きく違っているでしょう。王都の皆さまのお口にあうかどうかも分かりません。まずは神殿や王宮でのみお使いいただくのがよろしいかと」

 町長さんの返答はこちらも想像していた通りだ。

「分かりました。では神殿と王宮で使う分を仕入れさせてください」

「承知いたしました。どの程度の量を納められるかはゲンゲツとご相談いただく方がよろしいでしょう」

「そうします。さて三点目ですが…これが最大のポイントになります。これまでの話の中で、今後この町とボレアンを行き来する機会も人の数も増えるでしょう。そのため国では王都とこの町をつなぐ道の整備を行う必要があると考えています」

 ディアがそう告げた時、町長さんの表情が明らかに戸惑いを見せた。

 ここまでの流れから薄々予想は出来ていたと思うけど、それでも簡単に答えを出せる問題ではない。

 だから町長さんが深いため息とともに黙り込んでしまうのも無理はなかった。

「懸念されているように、整備が進めば他の町との交流が今よりも容易になり、それはこの町にとって利益になることも多々ありますが、不利益を被ることもある。慎重に検討しなければいけないと思っています」

 町長さんの不安や心配もあらかじめ予測していたディアは親身になって語りかける。

 それでも町長さんの口は重く閉じられたまま。

 これまでとは打って変わって、沈み込むような沈黙が流れる。

 ディアの言葉を一つ一つかみ砕くように長い時間をかけて町長さんは思案する。

 私はそっとディアに視線を向けた。

 ディアは根気強く町長さんの言葉を待っている。

 諦めや妥協といったネガティブな感情は一切浮かんでいない。

 多分断られることも想定している。

 そしてディアは、その選択すら受け止めようとしている。

 そんな気がした。

 だってディアは駆け引きをする素振りすらない。

 ボレアンが神子にとって特別な場所である以上「神子のため」と言ってしまえば、町長さんだって断れないと分かっているはず。

 でもディアは絶対それを口にしない。

 そんなことをすればこの町と国の関係は良くならないし、それどころか町の人々を苦しめかねない。

 きっと私も、いつか辛くなってしまう。

 ディアは色んなことを考えつくして、その上で誠実に、真摯にこの町と向き合うことにしたんだろう。

 機転が利いて話術も巧みなディアなら相手を言いくるめることも出来ると思うけど…そうしないディアはとっても格好良い。

 だから。

「前向きに検討していきたいと思います。時間をかけて」

 町長さんは顔を上げて真っ直ぐディアと向かい合う。

 その視線が伝えるのはディアへの信頼感。

「共に、民の幸せのために最善の道を模索していきましょう」

 デイアはそう告げて、町長さんと堅い握手を交わしたのだった。





 町長さんとの話し合いはその後和やかな雰囲気のまま進められ、まずはボレアンと王都の間に限定した交流を持つことで話が決まった。

 ディアと町長さんは他にも今後のやり取りの方法や、定期的な町への訪問、食材の仕入れについてなど諸々詳しい打ち合わせをし、しばらくの期間様子を見てその後の対応を決めていくことなどを取り決めていた。

 もちろん今日答えが出せるものばかりじゃないから、それはお互いこれからの課題として持ち帰り要検討、となっている。

 どのくらい話し合っていたんだろう。

 集中して聴いていたから時間の感覚が薄れている。

 今日はこの後何をしようかな。

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると、前方から何やら賑やかな声。

 さらに美味しそうな匂いが漂ってくる。

 吸い寄せられるように少し足早に廊下を抜けて客間の襖を開ける。

 と。

「おう、待ってたぞ!神子」

「グラナートさん!!お帰りなさい!」

 そこには大小さまざまなお皿に盛られた料理が所狭しと並べられ、漁師さんやゲンゲツさんたちと一緒にグラナートさんが出迎えてくれた。

「すごい!!これ全部皆さんで作ったんですか?」

「そうなんだよ。こっちのエリアは漁師のマシオさんが教えてくれた漁師飯で、そっちはゲンゲツさんから教えてもらった味噌料理。漁から戻ってずっと作ってたんだ。食べてみてくれるか?」

「はい!」

 早朝、暗いうちから海に出ていたグラナートさんの帰りが遅かったのはこれが理由だったのね。

 料理から漂う香りはたまらない誘惑。

 お昼にはまだ早いけど、ちょっとずつなら食べられそう。

 私たちが席に着くとグラナートさんは慣れた手つきで料理をとりわけてくれる。

「まずは新鮮さが命の漁師飯から食べてみてくれ」

 渡されたのは分厚い白身魚のお刺身が乗った海鮮丼。

 お刺身の下には大葉が敷かれ、刻みショウガがご飯に混ぜこまれている。

 ほんのりお酢の匂いがするから、これは酢飯にしてあるみたい。

「いただきます」

 上手くお刺身、大葉、酢飯を一口分お箸で掬って口へ運ぶ。

 !!

「美味しい!!」

 新鮮なお刺身の甘さと大葉独特の香りが鼻に抜けて、酢飯を噛むとショウガの香りと辛みが絶妙なアクセントになる。

 そこにお醤油の香ばしさも加わって…なんて最高!!

 ある程度想像できていた味だけど、それ以上に美味しくて思わず満面の笑みが出ちゃう。

 そのままグラナートさんに視線を向けると

「っ」

 彼は顔を真っ赤にして一瞬固まる。

「?」

 少し首を傾げてみれば、グラナートさんは少しぎこちない動きをしながら

「み、神子、次はこっちだ」

 次の料理を勧めてくれた。

 白身魚に白みそが乗っている。

 はむ、と口に入れるとまろやかな甘さが広がる。

「これも美味しい!」

 美味しい食事は幸せいっぱい。

「おっ、おう!よかった!いや~あれだな、やっぱり神子はここの料理が好きみたいだな」

 そう言うグラナートさんは一体誰に向かって喋っているんだろう。

 ちょっと挙動不審になってるんだけど…、何かあったのかな。

 私はサフィやゲート、ディアに視線で問いかけてみる。

 でも三人は苦笑しただけで、何も言わずに首を傾げていた。

 よく分からないけどまあ大丈夫、ってことだよね?

「ほら、神子。今度はこれだ」

 相変わらずぎくしゃくした動きでグラナートさんが勧めてくれる料理を私は心から美味しく味わう。

 ゲートやディアはお代わりをするくらいどの料理も大絶賛され、マシオさんもゲンゲツさんも、もちろんグラナートさんも嬉しそうだ。

 すっかりお腹いっぱいになった私も大満足。

「ごちそうさまでした!」

 私はグラナートさんたちに感謝して、ボレアン料理を満喫したのだった。







 続く

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