第30話 ボレアン遠征(その4)
食卓に並んだお昼のご馳走。
水炊き、里芋の煮っ転がし、ジャガイモのきんぴらとじゃがバター、それからつやつや輝く炊き立てのごはんと優しい味のお味噌汁。
魚の煮付けに焼き魚…と、和食のフルコースが完成。
その隣にはグラナートさんが腕を振るったジビエ料理。
町長さんたちも一緒に食卓について、みんなで「いただきます」。
和食についてはもしかして食べ慣れているんじゃないかな、と思ったんだけど
「これはなんとまろやかな…!!」
里芋の煮っ転がしを口にした町長さんが感動してくれる。
「お口に合いますか?」
「ええ、もちろん!!とても柔らかなお味です。この町でよく食べられている料理と似ておりますが、神子様のお作りになったものは繊細で上品なうえに食べやすく、ずっと口の中で味わっていたいほどです」
「そう言っていただけて嬉しいです」
「この町は港町で魚介類が豊富ではありますが、その保存には塩を使います。野菜などの作物も長く持たせるために塩漬けにしますので、全体的に塩味の強い食事になっております。海仕事に山仕事が多いものですから、明るい時間はほとんど外に出ておりますので普段の食事にはあまり手間をかけられず、単調な味付けばかりになってしまうのです」
確かに体力を使う仕事が多いと味付けは濃い傾向にある。
仕事の合間に食事を摂るとなったら、食材が痛まないように塩を多用するのも納得だ。
「日本」だって昔は漬物とみそ汁、焼き魚…みたいな食事が多かったんだもの、ボレアンのような小さな町がそういう食文化になるのも分かるかも。
和菓子に似たものがお茶菓子にあったから、砂糖が貴重品で手に入らない…っていう事はなさそうなんだけど…。
「甘味は普段お召しあがりにはならないんですか?」
「そうですねぇ、我々男性はあまり口にしません。甘味は女性たちのためにこしらえているんですよ」
「女性に?」
「はい。何しろ男たちは肉に魚といった食材をよく食べますから、塩味の濃いものを好みます。けれど女性はそうはいきません。あまり塩味の効いた食事ばかりになってしまうと身体にもよくありませんので、女性にとって日々の楽しみの一つとしても菓子を作っております」
なるほど、そういうことか。
腑に落ちた私は頷きながら久しぶりの和食に舌鼓を打つ。
その間にゲンゲツさんや漁師のご主人たちはじゃがバターに口を付けたようで
「これは!?」
「美味い!!」
と驚きと感激の混じった様子で豪快にかぶりついている。
サフィも私の横でじゃがバターをフォークで一口サイズに切り取ってから口へ運ぶ。
「どう?」
「ほくほくして口当たりも良く、ポテトの甘味とブッロ(バター)のコクがたまりませんね」
大満足といった様子で味わっている。
「そこにちょっと醤油を垂らしてみて。病みつきだから」
「こちらをですか?では早速…っと…!?」
青い瞳がまん丸になって輝く。
ふふふ、バター醤油の魅力にノックアウトですね?
「ユウ、この味はどういうことでしょう!なんというか、とても信じられません!ショウユとブッロは全く別の、相いれないものだと思っていたのに、こんなにバランスよく溶け合うなんて」
「うんうん、分かるよ。ブッロは王都の料理でよく使われているけど、それに醤油が合うなんてびっくりだよね」
「とても罪な味です。これを知ったら他の食材でも試したくなります」
「マイス(とうもろこし)にもよく合うんだよ。焼いたマイスに醤油を付けてね、ちょっとだけ焦がすの。そこにブッロを乗せたら最高!」
私が言い終えると同時にあちこちからゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえる。
みんな想像したみたい。
すぐにグラナートさんが
「神子、明日試してみよう!ブッロならまだまだたくさん持ってきているんだ。町長、この町にマイスもあったよな?」
身を乗り出して提案する。
町長さんも嬉しそうに
「もちろんです。新鮮なものをご用意いたします」
そう応えていた。
みんなで作った和食のお昼ご飯は好評で、もちろんグラナートさんが作ってくれたジビエ料理も格別だった。
獣肉って独特の臭いがしそうだと思っていたけどそんなことはなく、さらにジューシーでホロホロとほぐれやすく調理されている。
これには町の人々も驚いて「こんなに美味い獣料理は初めてだ」と喜んでいた。
私たちが作った料理はそれぞれレシピを書き起こして町長さんへプレゼント。
ついでに今回の食事でボレアンにはブッロ(バター)がないということが判明したため、後日今回お世話になったお礼として国からブッロを贈るようディアが手配することになった。
昼食の後は町の人たちも解散して各々の店や家へ戻っていった。
私たちの世話係として町長さんは残ろうとしてくれたのだけれど、お屋敷にあるものの位置が確認できたサフィが「あとは自分たちでできます」と告げ、町長さんにも休憩してもらうことにした。
食休みも兼ねて私たちはソファに腰かけ、四角いテーブルを囲んで調査の記録を付ける。
「これで無事にショウユが見つかって月下美人はおひたしとやらに出来そうだな」
私がずっとそう呼んでいたため、ソイソースから「ショウユ」と呼ばれ始めたお目当ての「醤油」は、グラナートさんだけでなくサフィやディア、フリソスさんたちにも好評だ。
彼等にとって身近なバターと相性がいいこともプラスになっている。
「因みにショウユは他にどんなものと相性がいいんだ?」
「そうですね…醤油とお砂糖があれば大抵の食材は美味しい料理にできますよ。王都の食文化に当てはめるなら…あ、ムニエルに使えます」
「ムニエルに?」
「はい。白身魚とブッロを使ったムニエルがありますよね?そこにシトロニエ(レモン)を絞ってお醤油を垂らすんです。さっぱりして美味しいですよ」
「それも美味そうだな…他には?」
「好みがわかれるかもしれませんが、ナスを素焼きしたものにおろしショウガと醤油をかけて食べるのもいいですね」
「「「ナス?」」」
これにはグラナートさんだけでなく、サフィやゲート、ディアも口をそろえて疑問を浮かべる。
そうか、この世界だとナスは違う呼び方なのね。
そう言えばこれも今回分かった事の一つだ。
私は自動翻訳機能で問題なくこの世界の言葉を使えているようなのだけど、私がかつていた世界の言葉を、つまり日本語を使った時は時々翻訳されずにそのままの音声で彼らに認識されることがある、ということ。
ラウルスのバザールで目にしたことのある食材ならこちらの世界の呼び名も分かっているからいいんだけど、あの時見ていない食材については日本語で発音しているようなのだ。
小麦粉がそのまま通じることから、この世界でも小麦粉という認識なのか、それとも私がこの世界の小麦粉を認識しているからなのか、よく分からないけれど普段は特に不便さを感じることもないから問題ない。
何とかナスに関する知識を並べて説明すると
「分かったぞ、メランのことだな」
とグラナートさんが理解してくれた。
私も覚えましたよ、ナスは「メラン」ね。
この世界の野菜たちは少し形が大きかったり色が濃かったりするけれど、私の記憶にあるものと大差ない。
アメリカで採れた野菜が日本のものより数倍大きく、色が鮮やかなのと同じだ。
ユエイリアンに来てからナスを食べた記憶はないんだけど、どんな料理に使うんだろう。
ナスと言えば生姜焼きも美味しいけど、お味噌と和えても美味しいんだよね。
思い浮かべた途端、口の中に香ばしい田楽味噌の味がよみがえってくる。
ああそうだ、あれも素朴であったかい田舎の味だわ…。
「ナス…メランは万能ですよね。生姜焼き、田楽、それにあぶらみそ、お味噌汁に入れてもいいし揚げ浸しもいいなぁ。麻婆ナスっていうのもあるし、夏野菜カレーも美味しい。お漬物もあの食感がたまらないし…」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ神子。もう一度最初から言ってくれるか?メランのショガヤキ??デンガーク?」
何だか面白カタカナ語になっているグラナートさんの言葉でハッとする。
多分今の呟きは全部「日本語」で発音されたんだ。
これは近いうちに食材と呼び名を確認して一致させなきゃいけないな、と自分の課題を発見し心に留める。
そして私は自分が知りうる知識の中からグラナートさんに求められるまま、和食について答えていくのだった。
ひとしきりグラナートさんの好奇心に応えた所で、いつの間にか空気少しがひんやりしたのを感じ取って、お昼ご飯を食べてから随分時間が経ったことを知る。
東の端にあたるこの町は、陽が傾くのも早いようだ。
それでも食後の運動だと言って、調査記録をつけ終えたディアやゲートはまだ外でトレーニングを続けている。
室内の警護にあたっているのは国から派遣された護衛団で、フリソス団長も同じく室内で私たちの周囲を警戒しながら軽いトレーニングをしていた。
「空気が冷えてきましたね。ひざ掛けをどうぞ」
サフィはすぐに気付いたようで、ふわふわもこもこした手触りの良いひざ掛けをかけてくれた。
「ありがとう。サフィは大丈夫?」
「ええ、私はユウよりも着こんでいますからね。それより疲れていませんか?早朝に出発してこちらへ着いて、市場を散策して昼食に腕を振るって、少し頑張りすぎていないか心配です」
そんなサフィの言葉に
「それもそうだな。俺もすっかり嬉しくなってあれこれ聞いちまったから、すまない、十分に休めなかっただろ?」
グラナートさんまで心配してくれる。
「大丈夫です。私もとっても楽しかったし、久しぶりに懐かしい味を堪能出来て嬉しかったから」
「そうか…。神子の言うワショクっていうのは、俺にとっては未知の味だったが、神子の料理はどれも優しい味がした。それに素材の味が引き立つものばかりで、何といえばいいか…そうだな、眠っていた味覚を呼び起こされるような感覚がしたよ」
「眠っていた味覚…?」
「ああ。普段俺たちが作るソースはいくつもを組合せて味を作り上げていく。単品で味が決まることはなかなかない。だがショウユはそれだけでも十分料理が成り立つ。それも素材の味を決して殺さない。それどころか素材の旨味を引き出している。食材が山の物だろうと海の物だろうと、畑の物だろうと関係ない。王都の料理は素材がソースを纏う感覚だが、今日の料理は素材とショウユが見事に一つになっていた。これは衝撃だ」
熱っぽく語るグラナートさんの瞳は真剣そのもの。
さすが国一番の天才料理人の感覚は鋭い。
私にとっては慣れ親しんだ和食の味わいだから西洋料理とどう違うかなんて言語化できないけど、グラナートさんにはその違いがはっきりと分かっているんだと思う。
「それに生魚があんなに美味いとは驚いた。今までポルトでも生魚を食べたことはあるし、自分で釣り上げたものをさばいてすぐに食べたこともある。でも臭みを消すためにシトロニエを使ったり、香辛料をかけたり、軽く湯通ししてから食べることが当たり前だと思っていた。そう言うものだと思い込んでいたんだな。ここで食べた生魚は少しも臭みはなかったし、身が引き締まっていて歯応えが心地よかった」
「良い発見でしたね」
「そうだな。それにまだ見つけられそうな気がしてるんだ。明日の朝、夜明け前に魚屋の主人と一緒に船に乗ってくる。そこで獲れたものとここの調味料を使って俺も何か作ってみたい。…で…ものは相談なんだが、俺はこれからもう一度市場の方へ行って食材を見てくるつもりだ。昼に食べたものとは違った食材を購入してこようと思ってる。神子の知恵を貸してくれるか?」
「もちろん!グラナートさんがどんなものを選んでくるのか楽しみに待ってます」
「良かった!!それじゃあ神子のお眼鏡にかなうものを揃えてくるよ」
そう言ってグラナートさんは足取り軽くお屋敷を出発していった。
早いうちにお目当てのものが見つかったおかげで、自由に使える時間が増えたのはラッキーだったみたい。
「もしかしたら新しい料理が誕生するかもね」
「彼のことです、必ず何か見つけてきますよ」
サフィも楽し気に頷く。
それから彼はずっと気になっていたらしい、あの月下美人の着物へ視線を移した。
王都にはない衣装だから珍しい…だけではない。
「ユウ、あの後町長からこちらの着物を一度神子に着ていただけないかと打診がありました。確かにこの町を離れれば、彼らがこの見事な衣装を纏ったあなたを目にする機会はほとんどないと言っていいでしょう。どういたしますか?」
「そっか…そうだよね。私なら大丈夫だよ、いつでも着替える…けど着物の着付け方はちょっと分からないな、誰か教えてくれるといいんだけど」
「では町長に相談してみましょう。私もぜひ着付けを教えていただきたいですし」
そう言ってサフィはすぐに護衛の人に話をつけて、村長さんに連絡を取ってもらうことにした。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます