第28話 ボレアン遠征(その2)

 一度町の住民は解散し、町にいつものにぎやかさが戻り始め

「それでは皆さま、お屋敷へご案内いたします。申し遅れましたが、私はこの町の長のケイシュウと申します」

 と丁寧に名乗ってくれた町長さんに案内された「国司の館」は、敷地内に町の住民がいつでも使用できる「祈りの間」を併設している立派なお屋敷だった。

 しかも驚いたのはその建物の外観。

 まるで平安絵巻に出てくるような、純和風の平屋造りのお屋敷なのだ。

 加えて町長さんを始めるとする住民の衣装も「水干」と呼ばれる…牛若丸を想像してもらえば分かりやすいかな、あの丸い襟に動きやすさ重視で作られたあの衣装に似ている。

 因みにやっぱり外に出ているのは男性ばかりで女性の姿はない。

 だから女性の衣装がどうなっているのか分からないのだけれど、お屋敷に入ってから私の予想が正しかったことが判明。

 神子用にカスタマイズされた客間には立派なお着物が衣桁(いこう)にかけられていた。

 裾に向かって青から濃紺、そして緑がかった黒へとグラデーションが施された生地に、満開の月下美人が刺繍されている。

 一目見ただけでも職人がその技術を余すことなく発揮し、精緻な模様を浮かび上がらせ、着物に仕立て上げたことが分かる。

 それに合わせる帯も見事なものだ。

 細かい金の粒子が上品に輝き落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 帯どめに鎮座しているのは赤い珊瑚。

 どこからどう見ても一級品のお着物はとても重厚で厳かな空気を放っていた。

「あれは…」

「はい、いつか神子様にお召しになっていただけたらと思いご用意していたお着物でございます。長い時を経て、ようやくお渡しできます」

「私に、ですか?」

「もちろんでございます。このお着物は祖先が柄を考案し、それを実現できる技術や染料が揃うごとに少しずつ作り続けた物で、それぞれの職人が何代も受け継ぎ、ようやく先ごろ完成したのです。その矢先、神子様がおいでになるとお知らせいただき、まさに月光神様の思し召しだと町中が喜びに沸きました。神子様、本当にありがとうございます」

 町長さんの目じりには涙が光る。

 そんな風にして作ったこの着物を私に…?

 なんてすごいものを用意してくれていたんだろう。

 それにこの月下美人、まるで本物がそこに咲き誇っているみたいだ。

「ボレアンの皆さんは月下美人をご覧になったことがあるのですか?」

「いえいえ、今いる者たちはまだ絵でしか見たことがありません。この月下美人は柄を考案した祖先が月光神様に夢で見せてもらったものだそうです。月光神様は仰いました。正しく神のお導きを信じていれば、必ず本物の月下美人を見ることが叶うと…」

「そうだったんですね…」

「はい。あぁ、いや、これは大変失礼いたしました。どうぞこちらでお休みください」

 どこか熱に浮かされたように饒舌になって話す町長さんはハッと我に返り、少し気恥ずかしそうにしながらソファへ案内してくれる。

 うん、なんていうかこのお屋敷にソファがあるのは何だか不思議なんだけど、妙に馴染んでいるようにも見える。

 全体的に和風テイストなんだけど、所々に洋風が混じっているのはさすがファンタジー。

 このお屋敷を管理しているのは町長さん一家らしく、慣れた手つきでお茶を用意してくれた。

 私の眼は自然ときらめく。

 だって「急須」に来客用の「湯呑」に緑茶!!

 しかも茶柱が立っている!!

 到着早々縁起がいい!!

 内心盛り上がっていると、その様子を感じ取ったサフィが「ユウ?」と視線で問いかけてきた。

 このお屋敷の感じはよくテレビや漫画で見かけてきたし、お着物が飾られた客間の畳やふすまはなじみ深い。

 磨き上げられた板の間とソファという組み合わせも「現代日本」ではスタンダードだった。

 そして用意された「緑茶」。

 これがあるということは山の斜面を利用した茶畑があるはずだ。

 ここまで酷似していたら期待だって否が応にも高まるというもの。

「サフィ、きっとここにあると思う。私たちが求めているもの」

 確信をもってそう言うと、サフィは嬉しそうに頷いた。

 町長さんは私たちの様子を優しく見守りながら、外で荷卸しをしたりお屋敷に荷物を運びこんだりしているゲートたちの分もお茶を用意してくれた。

 可愛らしい和菓子のようなお茶菓子も用意され準備万端に整った頃、ようやくディアたちもお屋敷の中へやってくる。

「みんなお疲れ様!荷物、ありがとうございます」

「ユウにそう言われたら疲れなんて吹っ飛んじゃった」

 本来なら王子様であるディアは私たちと一緒に先に休んでいてもおかしくないんだけど、今回の一団の中で「最年少」の彼は自称「下っ端なんだよ」ということで、率先して荷物の上げ下ろしをしていたみたい。

「おかげで馬たちの世話も済ませられました。殿下、ありがとうございます」

 少しだけわざとらしく改まってゲートが言う。

「我々は今後の警護体制の確認もできました。殿下のおかげです」

 と、本気で感謝して丁寧にお礼を告げているのはいつも真面目なフリソス団長。

 どうやらディアのおかげで人手は十分足りたようで、聖騎士団と護衛団の軽い打ち合わせまで済ませられた様子。

「皆さまお疲れ様でございました。さ、こちらへおかけください」

 町長さんが促してくれて、彼らはそれぞれソファに腰かけたのだけれど。

 あれ?

「グラナートさんは?」

 一人姿が見えない事に気付く。

「あぁ、彼なら先に市場を見に行くと言って出ていった。料理人としての好奇心が抑えられなかったようだ」

 恐らくそれはいつものことなのかもしれない。

 ゲートは苦笑しながら教えてくれた。

 おや、それはちょっと許しがたいフライングだわ。

 私だってワクワクしているのに。

 ちょっとだけきゅっと口を結んだ私を

「ズルい、って顔してる」

 ディアがからかう。

 そう言うディアは何だかとっても楽しそうに目を輝かせている。

「確かに僕も早く町の中を見てみたいな。この町の様子は予想以上だよ」

「そうだな。まるで違う国へ来たようだ」

 お屋敷の内装を見渡しているゲートもいつもよりテンションが上がっているように見える。

 となれば「お願い」発動しても大丈夫かな?

「私も早速市場へ行ってみたいんだけど、いい?」

「よし、行こうか」

 ゲートは快く承諾してくれて、私たちは市場へ繰り出すことにした。







「すごい!!」

 そこはまさに純和風の市場が広がっていた。

 様々な魚介類を売る露天商が連なり、その合間合間には加工された製品も並べられている。

 旅番組でよく見かけた風景が目の前にある。

 市場にはもちろん野菜など畑で採れた作物を売るお店もあって、串焼きなど調理されたものを売っているお店もあった。

 香ばしい炭火焼きの匂いが食欲をそそる。

 そしてそれは私の良く知るあの匂い。

「醤油の匂いがする」

 その言葉にサフィたちがピクリと反応した。

 鼻をくすぐるこの匂いは、醤油に魚介の出汁が合わさった独特のもの。

 私は町の人々に見守られながらその香りの元へ進む。

 そして。

「ここ…」

 たどり着いたのは海鮮串焼きのお店。

 店主は小麦色の肌としなやかな筋肉が印象的な青年で

「神子様!?い、い、い、いらっ、いらっしゃいませ!!」

 私の姿を観止めた途端、カチコチに身体をこわばらせて迎えてくれた。

 それでも串を回したり団扇を仰ぐ手は止めないところはさすがだと思う。

 だから私は間近でふっくらとした焼き身に変化していく「イカ」や「エビ」にくぎ付けになった。

 ウソ…本当にあった…!!!

 目の前で美味しく焼かれていくそれらにはしっかり刷毛で「醤油」が塗られていて、時折炭火に触れて「じゅっ」と音を立てた。

「あのっ、その調味料、どこで手に入りますか!?」

「はっ、はいっ!ここここ、これ、こち、こちらはっ、あのっ、あそこにっ!!」

 そう言って青年が指さした先。

 白い土蔵のようなものが見える。

 すると私たちを案内してくれていた町長さんが

「あちらの蔵の中で作っております。早速行ってみますか?」

 と問いかけてくれた。

「ぜひ!」

 私はサフィたちに視線で確認してからお願いした。

 そして市場を抜けて少し歩いたところにある蔵へたどり着くと、その中からあの人が姿を現した。

「おう!ここは宝の蔵だぞ!」

「グラナートさん!!」

 そう、彼はどうやら先にここへ来ていたのだ。

 グラナートさんはすっかり蔵の持ち主たちと打ち解けた様子で、色々味見をさせてもらっていたらしい。

「ここの調味料はどれも複雑で不思議な味がするんだ。神子も試してみると良い」

「これはこれは神子様。私はこの蔵でこちらの調味料を作っております、主人のゲンゲツでございます。おいでくださってありがとうございます。さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 促された先にはいくつもの調味料が並べられた円卓。

 そこには取り分ける用の小皿も揃えられている。

「国からの知らせで神子様がお探しになっているものは伺っております。しかしそれがこちらにありますかどうか…どうぞお試しください」

 ゲンゲツさんは真っ先に手前に置かれた濃い紫のような、黒茶色の液体が入った小皿を渡してくれた。

 その香りをすんとかげば、私の中に確信が生まれる。

 ほんの少し小指で掬って舌先で触れると懐かしい深みのある味が広がった。

「これです…!美味しい…」

 一言感激に満ちたため息とともにこぼすと、わぁっと歓声が沸き起こる。

 それは私たち調査団だけでなく、町の人たちみんなの喜びに満ちた声で。

 さざ波のように町中に響き渡っていく。

 町長のケイシュウさんもゲンゲツさんも歓喜に頬を紅潮させて、互いに顔を見合わせ頷き合っていた。

 私はなじみ深い醤油の香りと味の余韻までしっかり味わってから、小皿の中で小さく揺れるその液体を見つめた。

 これは本物の、醸造された一級品の醤油。

 スーパーで買える大量生産のものだって日常使いしやすく美味しいものだったけど、それとは比べ物にならないくらいコクと旨味がある。

 これにかつお節が加わったおひたしを作ったら、それこそ料亭の味わいといった最高の一品ができるだろう。

 さらに私は目の端に見えていたもう一つの「小山」が気になっていた。

「ゲンゲツさん、あちらにあるのはお味噌ではありませんか?」

「はい!どうぞこちらもお試しください」

 すぐに手元に引き寄せて、滑らかなペースト状の調味料を小皿にのせて手渡してくれる。

 あぁ、この匂い…なんだかホッとする…。

「やっぱりお味噌だぁ…。それも塩辛さのない優しいお味噌。これでお味噌汁を作ったら身体も心も温まりますね」

 そうゲンゲツさんに言うと、彼はもはや言葉も失うほどに喜んでくれていた。

 そして

「オミソシル?」

 と反応したのはグラナートさん。

 彼の瞳もキラキラと輝きが増している。

「グラナートさん、ここには私たちが求めていた以上のものがあります!今度はゆっくり市場を見てみましょう。きっと美味しいものがたくさんありますよ」

「そうか!よし、行こう!神子」

「はい!!」

 私たちはゲンゲツさんにお礼を行って、再び市場へと足を進めた。







 続く

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