第22話 ゲートの神印1
翌朝、私は着替えを済ませて自分の身支度を整えると、着替え以外の身支度を終えたゲートとともに、朝のハーブティーを飲んで気持ちを落ち着かせた。
テーブルの上には昨夜、夜通しで作ったビーズのブレスレットが三本。
色は各々、この前三人にあげたイヤーカフとお揃いになるように作った。
そして天窓から見える月明かりの下で、月光神様へ祈りを捧げたのだ。
どうかゲート、サフィ、ディアの三人をお守りください、と。
祈りは確かに届き、淡い月光と同じ光がそれぞれのブレスレットに宿っている。
すっかり徹夜になったゲートの様子はいつもと変わらず落ち着いていて、特に眠そうにしていない。
私としては今すぐ寝てほしいけれど。
「夜通しの任務には慣れている。そう心配しなくていい」
と朝から美男子スマイルでそう言われてしまっては、それ以上「お願いだから寝て」とは言えなかった。
近衛隊では丸一日任務、ということは日常茶飯事だし、緊迫した場面も数多く経験してきたゲートにとって、穏やかに過ぎた「徹夜」の時間は休憩しているのとさほど変わらないそうだ。
「それに役得、だったしな」
ゲートはそう言って爽やかに笑う。
対する私は「あはは」と赤面状態で視線を逸らすしかなかった。
というのも、昨夜、月光神様に祈りを捧げているとき、交信状態になった私はぱたりと倒れたらしく、ゲートがしっかり抱き留めてくれたおかげで無事だったのだ。
そしてほんの束の間、ぐっすり眠りこけていた。というわけ。
朝日の眩しい光に起こされるまで1,2時間程度だったらしいけど、安心しきった私はゲートの腕の中で眠っていたのだ。
「短時間であの細かい作業をやりきったんだ、疲れて当然だし、何より俺の腕の中ですやすや眠ってくれるなんて、純粋に嬉しかったんだ」
少し照れたようにはにかんで笑う横顔はとびきりカッコいい。
普段はクールな見た目なのに、くしゃっとした顔で笑うなんてずるい。
不覚にも心臓が飛び跳ねて平静を装うことがやっとの私は、視線をそらして赤い顔を隠すので精一杯。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ゲートは優しく笑って大きく伸びをした。
着替えてきてもいいよ、と言いたいけれどきっと彼は行かないだろう。
例え神殿内とはいえ、私を一人この部屋に残すようなことはしないし、もうすぐサフィが来ることを考えれば、急ぐ必要もないと分かっているから。
となると、結局二人でソファに並んで座ったまま、静かなティータイムを過ごすことになるわけで。
でも。
ふと、隣のゲートを見ると、身長だけでなく座高も高い彼の横顔を見上げる形になる。
あ…。
朝日に照らされて彼の髪が柔らかな茶色に見える。
まつげもすっと緩やかなカーブを描いて上を向いている。
鼻筋も通っていてきれいな形。
唇は薄めかな、輪郭がはっきりしている。
時折身動きとともに首筋が動く。
決して太いわけじゃないのに、ゲートの首元はきゅっとしていて逞しい。
くつろげた襟元からのぞく喉仏が上下する。
こんな近くにゲートたちみたいな美男子が側にいる。
今やそれが日常になって、当たり前になるなんて。
改めて考えてみるとやっぱり少し現実味が遠のく。
この人が本当に私の夫になるかもしれない人で、他にあと二人、とびきりの美男子が夫候補として側にいてくれている。
しかも誰もそれを拒まず、押し付けもしない。
期待しているのはとても感じるけど。
「ねえ、ゲートはどう思ってる?私の夫候補になったこと」
唐突な問いに一瞬彼の動きが止まる。
そして少しの間を置いた後、鼻から小さく息をついた。
「今は…そうだな、少し戸惑っている」
ゲートは少しだけ微笑んでそう言った。
「神印が浮かんだ時は信じられなくて、でも瞬間的に嬉しいと思った。胸の奥の方が熱くなったんだ。ただ、冷静になって考えた時、俺に何が出来るんだろう、と不安がよぎった」
「不安?」
「ああ。前にも言った通り、俺は女性と接することがほとんどなかったし、どうしていいか分からなかった。何をどうすれば喜ばせることができるのかも分からなくて、とにかく自分に出来る事と言ったらユウを護衛することだけだったから、正直俺が夫になったとしてもユウを退屈させるだけじゃないかと思ったんだ」
「それで不安になったの?」
「そうだな。でも俺が苦手とすることは殿下とサフィの得意分野だったし、俺がどうしようとユウは自分から楽しみや喜びを見つけていたから、俺がユウを喜ばせる、なんて考えは傲慢でしかないのかもしれないと思うようになった」
傲慢、なんて言葉はゲートから一番遠い気がする。
けれど自嘲気味に笑う彼の様子から、それは本気だったのだと分かる。
「マールスパイを焼いた時もそうだ。最初から最後までユウは心底楽しそうで、輝いて見えた。それに厨房の様子を子供みたいに夢中になって目で追って、俺はそれを見ているのが…すごく、すごく幸せだと思ったんだ」
「そんな風に思ってくれてたの…?」
「だから俺は、ユウのそういう時間も楽しみも全て、護りたいと思った。いや、護ると誓った。これから先もずっと、護り抜くと…そう、自分に誓ったんだ」
ゲートの黒い瞳が真っ直ぐ私を見据える。
吸い込まれそう。
そう、直感した。
でも不意に彼の視線が下がり、その表情が陰を作る。
「ゲート?」
「…俺は殿下のようなことは言えない」
「?」
「殿下が、もしユウが自分を嫌いになったら遠慮なく振って欲しい、自分は潔く身を引く。と言っただろう?」
「うん」
「俺にはあんな風に言える覚悟がないんだ」
「そんな、覚悟だなんて」
しなくていいよ!!
私は思わず叫びそうになるのを寸でで飲み込んだ。
「覚悟なんてしたくない」
確かな決意を胸に秘めたゲートの黒水晶の瞳が、私の心の奥の奥まで射抜くように見つめていたから。
「こんな感情は、初めて知った。だから一体何なのか分からない。正直戸惑っている。でも俺は、ユウの傍にいたい。どんな形でもいい。傍で護りたいんだ」
「ゲート…」
熱を帯びる彼の瞳。
静かに水面を揺らされているような、私の心の奥。
「俺の覚悟は、何があってもユウを護り抜くことだ。命も、幸せも、未来も、希望も、願いも、全て護り抜く。ユウに誓って」
「ゲート」
「受け取ってくれるか?」
触れそうなほど間近に迫った彼の瞳が、答えを求める。
熱い彼の吐息。
震える私の唇。
溢れて歪み始める視界。
もう、ダメだ。
「ありがとう、ゲート」
私は自ら彼の胸に飛び込んだ。
込み上げる熱い雫に、頬が濡れる。
こんなに真っ直ぐで真摯な想いを、私は知らない。
サフィともディアとも全然違う。
ともすれば火傷しそうな程の熱。
でも、それがたまらなく嬉しい。
私を包み込む腕は誰よりも力強くて、確かな拘束。
きっとずっと、私をつなぎとめてくれる。
「ユウ」
「…ホントに、女性に慣れてないの?」
「サフィールが証言していただろ?」
「それにしては、熱烈だよ」
「そうか」
ゲートは照れくさそうに笑って、それから一つ、額にキスをくれた。
その瞬間。
「「!?」」
ふわり
柔らかな光が私たちを包み込む。
そしてゲートの額に神印が浮かんだ。
「ゲート、蕾が…」
「ん…?」
薔薇の蕾がゆっくりと開く。
そして半分ほど開いたところで、ゆったりと動きを止めた。
「五分咲き、みたい」
指先で触れて確かめると、ゲートも同じように骨ばった指で神印に触れた。
私は手近にあった手鏡を彼に向ける。
「これは…本当だ、咲き始めた…」
「ゲート、このまま、咲かせようね。一緒に」
「ああ。焦らずゆっくり、な」
「うん」
私はそっと彼の薔薇にキスをした。
続く
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