第21話 ラウルスの民は神子様親衛隊
「あははははは、そっか、ルヴィニを出入り禁止にね。シンケールス様が。あはははは」
「もう、呑気に笑ってる場合じゃないんだから」
「ごめんごめん。最初にちゃんと言っておかなかった僕が悪いね、それは。でも。あははは」
ことの顛末を知ったディアがのほほんと楽し気な笑い声をあげたのは、夕食を終えてソファでゆっくりティータイムを始めた時のこと。
ホント、最初に性別も紹介してくれていたら、私だってちょっとは心構えが違ったのに。
…とはいえ、知っていたところで私が気に出来る事と言ったら、ルヴィニさんに迷惑がかからないよう、うっかり肌が触れてしまわないようにすることぐらい。
いや、触れた所で「あ、ごめんなさい」ってお互い言い合って終わりになるから、多分何も変わらないかもしれない。
けど!!
後から知るよりは恥ずかしさが違う。
それって大事な事よ。
「薔薇のことも、ディアなら真っ先に言い出しそうな事なのに、どうして何も言わなかったの?」
これは一部、八つ当たりに近い問いかけだ。
でもディアは全く気にかける様子もなく
「ん?だってユウが僕たち三人以外から薔薇を受け取ることなんてあり得ないと思ってたから」
あっけらかんとそう言った。
「どうして?」
「まずユウを一人にする、っていう機会は絶対にないし、部外者を手が届く距離に近づけることもない。だから突然誰かが押しかけてユウに薔薇を渡す、なんて芸当は出来るはずないんだ」
「バザールでは普通に買い物もしたし、たくさんの人と会話したけど」
「でも一定の距離は保たれていたでしょ?それに僕たちが側にいるんだよ、気安く近づいたり何かを渡そうとしたりなんてことは絶対しないよ。誰も死にたくないでしょ?」
とんでもない発言を笑顔でしないでほしい。
天使の笑顔で悪魔のような事を言い放つディアは末恐ろしい。
けれどそんな様子もすぐにいつもの飄々とした彼に戻って
「まあ、ラウルスの街の人たちはちゃんと分かってるから。むやみやたらと神子に近づこうとはしないよ。つまりユウにとってこの神殿とラウルスの街は安全な場所」
と言った。
そう言われてみればそうだな、と思い出す。
みんなとっても気さくでどんどん声をかけてくれたけれど、それ以外の接触はほとんどなかった。
適度な距離感で私は安心して散策が出来たわけだし、それってやっぱり信心深い人たちだからなのかな、と思っていたけれど…何となくそれだけじゃないような感じがする。
ディアが信頼している事からも、もっと特別な人たちなんじゃないかと思えてくる。
「やっぱりラウルスの人たちって特別なの?」
そう問い返すと、ディアはゲートと顔を見合わせ、それからサフィに視線を向けた。
私は彼らの視線を追いかけて、たどり着いたサフィの横顔を見つめる。
何やら思案顔。
これは答えを聞かなくても「特別」だということを物語っている。
ただし、どんな風に「特別」なのかはサフィの答えを待つしかない。
少しの間逡巡していたサフィは、一つ息をつくと
「いいでしょう、お話しておきますね」
そう言って、持っていたティーカップをテーブルに置いた。
「ラウルスの街は建国以来長きにわたって、神殿を支えてくださっています。特別信心深い方々ばかりで、月光神様のご加護も大きく、代わりに街をあげて神子をお守りするという役目を担っているのです」
「え?」
「食料から日用品まで、あのバザールで揃うことはもうご存知ですよね?」
「うん」
「そういう意味で神子の生活をお守りするのはもちろんのこと、例えば街によそから人が来ると逐一神殿と王宮に連絡が入ります。そしてその動向を皆で気取られずに監視し、不審な動きがあると街に常駐している衛兵に報告されます。場合によっては衛兵に加勢して不審者を撃退することもあるんです」
それは強すぎやしないか。
「…何か特訓でも受けてるの?」
「いいえ、全ては人々の心意気。月光神様のご加護に感謝し、報いたいと思っているから、神子をとても大切に思っているのです。月光神様からお預かりした神子のことは何が何でもお守りすると、そう誓っているのです」
「そんなに想ってくれているんだ…。ありがたいね」
「ええ。ですが、私たちにとってはある意味脅威でもありますよ?」
「神子を泣かせたら、きっと俺たちは街への出入りを禁止されるな」
「そうそう。王族も例外じゃないよ。みんな強いんだから。神子を不幸にしたら街の人総出で王宮に押しかけて猛抗議、なんてことになるんじゃないかな」
それはそれで国家として大丈夫なのか心配ではあるけれど、とにかく街の人までそんなに神子を大切にしてくれているなんて。
尚更私の身は安全だ。
それに私だって街の人たちの役に立ちたい。
神子として出来ることは精一杯頑張りたい。
…それにしても。
「そこまでたくさんの人が神子を大切に思ってくれてるのに、悲劇をたどる神子が多かったなんて。何だか悲しいね」
やるせないよね。
と、ぽつり呟いた。
それにはみんなも小さく息を吐く。
「薬も過ぎれば毒になる、っていうのかな。そんな感じ。人それぞれ受け取り方は色々だから。見守る、って言えば聞こえはいいけど、悪く言ったら監視でしょ?それに記憶はなくても神子は異界からやってくる。ここでの生活や習慣、文化、それと神子の役目、戸惑うことが多くて受け入れられない、って思うのも分からなくはないんだ」
「それでも数名は幸せな生涯を送られたようなので、必ずしも悲劇とは限りませんが…とにかく他国には特に注意しなければなりません。今頃手ぐすねを引いているでしょうから」
「そのことなんだけど、僕としてはちょっと腸煮えくり返りそうなんだよね」
ディアのキラキラしている瞳が突如剣呑さを増して据わった。
珍しいな、と思って少し驚いていると、サフィとゲートも同じだったようで、ディアの様子を注視していた。
「今日の昼間、カディームとデルニエールから使者が来てね…」
「第一王子と第二王子が婿入りした先だ」
初めて聞く言葉に首を傾げた私に、ゲートがそっと耳打ちしてくれる。
ディアは私が理解したのを確認してから言葉を続けた。
「両国から要請があったんだ。あっちの王子たちを神子の元へ婿入りさせてくれ、って」
「はぁ?」
思わず怒気を孕んだ声が出てしまう。
ちょっと何よそれ、厚顔無恥もいいところだわ!
無意識に握りしめた拳にぐっと力がこもる。
それを包み込んで宥めてくれたのは、ディアの華奢な手だ。
まだ手のひらは薄く、指も細い。
でも普段稽古を積んでいる手は、あちこちに硬くなった豆があって意外に力強い。
「当然そんなものは一蹴したよ。受け入れる義理なんてないからね。ただちょっときな臭くなりそうなんだ」
「まさか…」
「うん。両国は幸運ながらも一人ずつ王女がいる。ところが、二人とも懐妊の兆しがない。そこで複数いた夫を全て一新したそうだけど、王女たちの年齢を考えると妊娠するチャンスはあと数年内。かなりギリギリで大いに焦っているみたい。そのタイミングでユエイリアンに神子降臨の話を聞いたものだから、あわよくばと考えていたんだろうね。でもその話ははねつけられた。となると王家の血筋が絶えかねない」
「…でも王子がいるんでしょう?その人たちに子供が出来れば問題ないわよね?」
「それがね、どっちも「種無し」なんだ」
「え?」
つまり両国の王子も離縁されて出戻りってこと?
「珍しい話じゃない、って。そういうこと。で、ここからが面倒な話なんだけど、仮にユウが僕と結婚して夫婦になったとする。そうすると確かに僕の子かどうか、っていうのは判別できるよね?」
「うん。三カ月おきに、っていう期間があるからでしょ?」
「僕も王族だから例外なくそれに当てはまるんだけど、サフィとゲートは当てはまらないよね」
「…王族じゃないから?」
「そう。すると、二人には期間が関係ないから、子が出来た時は自分の子として二人とも育てることになる。その子に王位継承権はない」
ディアは丁寧に一つずつ確認するように話してくれる。
彼の話からすると、当該期間に妊娠した場合は、子供の父親がディアだと判断されるから、その子は王位継承権を持つ。
でも期間外に妊娠した場合はサフィとゲート、どちらも父親の可能性があり、逆に言えばディアが父親の可能性はないから、その子に王位継承権はない。
それは理解できた。
「待って、それと両国の王子がどう関係してくるの?彼らが「種無し」なら、私が彼らの子供を産むことはないでしょう?」
「それは向こうも重々承知してる。だからそれを逆手に取ろうとしてるんだよ」
「?」
「王子たちはいわば出戻りで、それはあちこちに知れ渡っている。だから王族の籍から抜けて、神子の元に婿入りさせようっていう魂胆なんだ」
「「!?」」
即座に反応したのはサフィとゲートだ。
視線が鋭く、不愉快だとすぐに分かる表情を浮かべていた。
鼻頭にまで皺が寄る。
そして二人は間に座っている私に身体を向けて庇うように腕を伸ばす。
まるで私を護るみたいに。
「王族でなくなれば、判別期間を設ける必要がなくなる。仮に子供の父親がサフィとゲートだとしても「既成事実」さえあれば、自分も父親だと主張することができるんだ。そうなると生まれた子供を向こうの王位継承者にすることも可能なんだよ。結局血筋があるとみなされてしまうからね」
「そんな…」
「しかもこっちの王位継承権はないから、余計に向こうにとられてしまう可能性が高くなる。それを目論んでる、ってワケ。一度拒否したくらいじゃ諦めないだろうね、あの二か国は。何か仕掛けてくるよ。だから見覚えのない人には気を付けて」
「うん」
あまりにも真剣なディアの瞳を見ていると、背中に悪寒が走り、背筋が凍る。
でも、私の動揺を見てとったディアは、そっと笑顔を浮かべて私の手を握りなおした。
「こういう状況は予想してたけど、それでも神子のお披露目をしなきゃいけないなんて、ホント、嫌になる」
「ディア…?」
「大丈夫だよ。ユウのことは絶対護り抜くから。僕たち三人で、必ず」
その言葉にサフィとゲートも力強く頷いてくれた。
うん、大丈夫…それは分かっているけれど。
「みんなも無事でいてね。誰かが傷つくようなこと、絶対に嫌だよ」
私は三人の手を取って強く願った。
その日の夜、いつものようにディアが王宮へ戻り、サフィも自室へ下がって、部屋にはゲートと私の二人きりになった頃。
いつもならベッドに入るとすぐに眠くなるのに、眠気が来る気配は全くなく、横になっている事さえ何だか苦痛を感じてしまう。
私が身体を起こしたらゲートも起きちゃうんだろうな。
そう思ったのだけれど、どうにも堪えきれなくてベッドの上で身体を起こした。
「ユウ?」
案の定ゲートも同じように身体を起こして、ソファからこちらへ来てくれる。
「ごめんね、起こしちゃって」
「いいんだ。問題ない」
優しい囁きは温かく鼓膜を揺らす。
ゲートはベッドサイドの近くにあった椅子を手にとり、静かに腰かけた。
視線が同じくらいの高さになる。
月明かりだけが窓越しに注ぐこの部屋で、ゲートの瞳ははっきりと輝いて見えた。
「眠れないなんて初めてだな」
「うん。全然眠くないの」
「殿下の話で不安になったんじゃないか?」
「ん…そうかも。ただ、私の安全が確保されてることはよく分かったの。でもゲートは?」
「俺?」
「それにサフィやディアは?心配なのは三人の方。私を護ろうとして自分を疎かにしない?それにカディームとデルニエールの事を考えたら、ゲートたちが狙われる可能性だってあるんだよ」
将を射んとする者はまず馬を射よ。
例えば三人のうちの誰かが誘拐されて、人質になってしまったら。
「無事に返してほしければ王子たちを婿にしろとか、もっと酷い条件を提示してくることもあり得るでしょう?」
「…あり得ない、と否定したいが…可能性で言えば殿下が狙われることは想定しておく必要があるな」
ゲートは冷静だった。
そしてどこまでも真面目で誠実な彼は、嘘を吐くこともしないし、誤魔化すこともない。
「こんな時、本当は安心させるようなことが言えたらいいんだけどな、今のユウが望んでいるのはそういう言葉じゃないんだろう?」
「うん。今はちゃんと状況を把握したいし、あらゆる可能性を考えた上で、自分に出来ることをしたい。ただ守られるだけじゃイヤ」
「なんとも勇ましい神子様だ」
優しく笑って、彼の掌が私の頭を撫でる。
「幻滅した?」
「いや、この上なく頼もしいと、改めて好感を抱いたところだ。が…出来れば深窓の姫君でいてほしい、というのが俺の本音だ。神子である以上、常に渦中の人になってしまうのは否めないがな」
そう言った彼の口からこぼれるため息は深い。
本音がどうであれ、事実は変わらない。
更にそれがどういうことか分からないほど、私もゲートも能天気ではないし、敢えて知らぬふりを決め込むようなこともできない性分だ。
ディアはきっと「こういうことは僕に任せて」と言うかもしれないけれど、だからと言って「はい、そうですか」と放り投げられる性質じゃない。
「殿下にも当然護衛は付いている。次期国王陛下になるわけだから、近衛隊の次に実力のある兵士が側にいるはずだ。恐らく「影」も常に行動を共にしているだろう」
「影?」
「ああ。地面に出来る影と同じように、いつもその存在を隠して秘密裏に殿下を護衛する者たちがいるんだ。だから余程不測の事態でも起こらない限り、殿下に危険が及ぶ可能性は低い。しかし殿下のあの様子だと「影」を全て向こうに送り込んでいることも考えられる。自分を囮にしようなどという大胆な策に出なければいいんだが…」
たどり着いた危険な可能性に、私の心臓はドクリと嫌な音を立てた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます