第20話 薔薇の花は危険がいっぱい

 月光神様を祀る神殿には、四季を彩る花々が植えられた花壇があり、人々の目を楽しませている。

 さらに敷地内には、神様の加護を授かるための月下美人専用の温室があったり、薬草園があったりする。

 そこまでは私も知っている。

 でももう一つあったのだ。

 神殿には大切な役割を果たしている場所が。

 甘く蠱惑的な香りを漂わせる、一面の薔薇、薔薇、薔薇。

 赤、白、黄色、ピンクに斑模様まで、各種取り揃えております。と言わんばかりの見事な薔薇園。

 多分向こう側に広がっているのは秋薔薇かしら?

 しかも季節を問わず薔薇を咲かせるために、温室まで完備されていた。

 恐るべし、愛の花。

「すごいねぇ。危険がいっぱい」

 ルヴィニさんのおかげで薔薇に対する認識はそうなっていた。

 まさかこんな身近に危険が広がっていたとは。

 衣装合わせを終えた私が連れられてきたのは神殿が誇るこの薔薇園。

 時折神殿の敷地に来ていたカップルの目当てはこの薔薇にあったらしい。

 もちろん花壇に咲いている花を見に来たり、散歩を楽しんだり、ということもよくあるけれど、カップルで来ている場合はここへ寄ることが目的であることがほとんどだそう。

 それほど大切なものだったとは。

 因みにここの薔薇は一人一本ずつならいただいてもいいそうです。

「白い薔薇は、自分を相手の色に染めてほしい、もしくは相手を自分の色に染めたいという意味を持ちます。黄色は友好の証で、これからもっと親しくなりたい、という意味になります。桃色は相手に好意を持っている、斑模様は相手への想いが日に日に強くなっていくことを示し、深紅の薔薇は永遠に相手を愛している、と求婚をする際に相手に渡します。橙色は自分にとって相手が太陽のように光り輝く存在であることを伝える時に用います」

「えーと、つまり…告白する時は白い薔薇かピンクの薔薇で、友達以上恋人未満の相手には黄色、付き合い始めてから想いを伝える時には斑模様で、結婚してくださいが赤い薔薇。オレンジは夫婦間で渡す…みたいなことで合ってる?」

「はい。ただし、白い薔薇は告白ではなく、初夜を迎える時に互いに贈りあうものになります」

 おっと…それはそれは、なんていうか、情緒があると言えばいいのか、うん。っていうか

「私が絶対に受け取っちゃいけない薔薇よね!?」

「今のところは」

「…そうか、そうよね。今のところは。っていうか、今も今後も絶対受け取らないからね!?…三人以外からは」

 最後は二人に聞こえるか聞こえないか、いや、聞こえないでほしいと願いつつ、もごっと言ってみた。

 でも。

 二人の様子を見れば、聞こえていたんだな、と確信できた。

 だって、何だか真っ赤な顔しつつ明らかに喜んでるんだもん。

 そんな感激したような目で見ないで!

 これでも乙女なんだぞ!

 はず、恥ずかしいじゃないか!!

 ちょっと、どうしてフリソスさん(屋外なのでやっぱり同行してくれた)までそんな、感動したって顔してるんですか!

 聞かなかった振りして…お願い…。

「と、とにかく、薔薇についてはよく分かりました。今後全力で気を付けます」

「ええ、私たちも注意します」

「そもそも近づけさせないから」

「我々聖騎士団もお力添えいたします!」

「よろしくお願いいたします」

「「「はい」」」

 見事に揃った三人の返事を聞いて、ふぅ、と息をつく。

 所変われば文化も変わるって、当たり前だよね…。

 うかつだったわ。

 月下美人が特別な花なんだもの、他にもそういう花があったって不思議じゃないし、なにより月光神様が神印の模様に選ぶくらいだもんね、薔薇に特別な意味があってもおかしくない。

「月光神様は愛を尊ぶんだものね、神殿で薔薇を栽培しているのも当然、か」

「おや、以前一度だけお話ししたのを覚えていてくださったのですか?」

「薔薇が愛の花、って聞いて思い出したの」

「なるほど」

「因みに花のやり取りってそんなに効力があるの?」

「目に見えないものほど強く人の心を縛ると言いますから、想いを託す薔薇の花はとても大きな意味を持っていますよ。正式に婚姻を結ぶと、役所に届けを出して登録します。すると法的効力を持ちます。それまでは付くのも離れるのもある意味自由ですが、自分の想いを目に見える形にして相手に伝え、互いの心を結ぶという意味では法的効力を上回るほどの力も持ち得るでしょう」

 ということは、かつての世界で恋人たちが指輪を贈りあったり、ペアのグッズを持ったりするのと同じような感じかな。

 そうやって愛を確かめ合うというか、証にするというか、そういうことね。きっと。

「心は目に見えないけど、それを敢えて薔薇の花に託して伝えるんだから、想いの強さは推して知るべし、ね。…もしかしてお披露目をしたら薔薇の花が贈られてくることもあり得る?」

 ハッと思いついてしまって、思わず顔をしかめた。

 強制的に送り付けられてしまったらどうやって突き返せばいいんだろう。

 それに断るにしても「失敬な!」みたいな事にならないだろうか。

 国際問題に発展したら困る。

 考え始めると心配な展開ばかりが思いついて心配になる。

 そんな私の気持ちを察したのか、サフィとゲートは優しく笑みを浮かべてそれぞれに私の手をとった。

「大丈夫ですよ、貴女の心労を増やすようなことは決してありませんから」

「基本的に神子への贈り物は検閲を通すことになっているんだ。ユウに受け取る気がなければ、その時点で先方へ送り返せるから、心配するな」

「そうなの?良かったぁ。トラブルメーカーになったらどうしようかと思った」

 安心と同時に一気に気が抜ける。

「神子をお護りするための神殿ですからね。抜かりはありませんよ」

「それにトラブルは持ち込む奴が悪いんだ。神子は結果的に巻き込まれてしまうだけで、自分から問題を起こそうとしているわけじゃないだろ。ユウが気に病むことじゃない。きっと殿下とシンケールス様が鉄壁の護りを見せてくれるぞ」

「神子に仇なすような輩がいたら、攻撃することも躊躇わないでしょうね。あのお二人なら」

 綺麗な笑顔でそんな物騒な事を言わないでほしい。

 でも確かにあの二人ならやりかねないな、と思わず納得してしまった。





 …と、いう事があったんですよ。

 ランチタイムにシンケールス様にお話ししたところ

「ほう…、神子に無理やり薔薇を贈り付けるような不逞の輩がいるのなら、私が直々に成敗して差し上げましょう。わざわざ神子がお相手する必要などこれっぽっちもありませんからね」

 氷点下の微笑みを浮かべられた。

 多分この国で一番怒らせちゃいけないのはシンケールス様だ。

 一瞬で確信して私は固まってしまったのだけれど、同じくらい怒らせてはいけないと思われるサフィも絶対零度の微笑みを浮かべていたから、私の身の安全が保証されているのは間違いない。

 神殿にいる時は安心だから、私が気を付けるのは外出時。

 その時だってこの間みたいにみんながいてくれるだろうから、私は何か渡されても受け取らなければいいわけで。

 何なら最初から両手を塞いでいればいい。

 手を開くからいけないんだもの、ね。

 お披露目の時も手を握っておけばいいんだわ。

 と、一人で結論を出して自分の手を開いたり閉じたりしていたら

「どうした?」

 いつもと変わらない落ち着いた様子で成り行きを見守っていたゲートが気付いた。

「ん?あ、これは、ほら、お披露目の時にもしも何かを渡されても、手を握っていたら受け取らずに済むかな、と思って」

「ああ、そういうことか。だがずっと握っているわけにもいかないんじゃないか?」

「どうして?」

「集まった人たちに向かって手を振るだろうから」

 ゲートはそう言って香ばしく柔らかな風味の白身魚のムニエルを一切れ、口に運んだ。

「そうなの?」

 私の視線はサフィに向く。

「そうですね。きっとたくさんの人が神子を一目見ようと集まりますから、ご挨拶として手を振っていただくことになるでしょうね」

 いつの間にか穏やかな空気に戻ってサフィが言う。

 かつてテレビで観たことがある、ロイヤルファミリーのお手振り、みたいなことかな。

「でも握手を求められたらどうするの?」

 拒否したら「何この神子!お高くとまってイヤな人!」みたいにならない?

「距離は十分ありますし、この国の人間であれば握手を求めるようなことはありませんよ。神印持ちでない限り、神子の肌に直接触れるのは不敬罪にあたりますから」

「え?罪になるの?」

「はい。恐らく他国でも同じような扱いになるはずですよ。神子は神と等しい存在ですから当然です。万が一にも触れられることがないよう、常に貴女の周りには誰かがいますから」

「だからルヴィニもユウの肌に触れないよう、気を付けていたはずだぞ」

「あっ、そういえば採寸してもらった時に言ってたかも!あれってそういう意味だったんだ」

「本来は下着姿を目にするのも不敬に当たるのですが、職業柄許されている所があります。仮に着付けているときに手が肌に触れてしまっても、神子が嫌がらない限りは罪に問われません」

 なるほどね、そうなんだ。

 そりゃそうだよね、仕立て屋っていう仕事をしていたら試着だのなんだのって、距離はぐっと近いもの。

 仮縫いの衣装を合わせる時なんて特にちょっと触れちゃう、なんていうのはあり得る事だわ。

 それを罪に問われたんじゃ仕事にならない。

「大丈夫、私がルヴィニさんを嫌がって罪に問うことなんてないから」

「ルヴィニ様は職人の中の職人ですからね。細心の注意を払って仕事をしてくれていますし、私たちも必ず同席しますから」

「本当はドレスも夫が着付けるんだが、完成するまではやっぱり職人に任せる部分だからな」

「そうだよね、ディアが信じて連れてくるくらいだもん、さすが王家御用達!」

「彼への信頼は厚い」

「そうそう、彼への…って」

「「?」」

 ちょっと待って。

「彼?????」

 って言った!?

「ゲート、私の聞き違い?ルヴィニさんて」

「ああ、彼がどうかしたか?」

「!!」

 やっぱり聞き違いなんかじゃない。

 ゲートは、ルヴィニさんを「彼」って…。

「まさか、ルヴィニさんて、男性…?」

「もしかして気付いていなかったのか?」

 むしろどうすれば男性だと気付けたと思うのか。

 だってルヴィニさんていつも素敵なお化粧に上品な御召し物に、物腰柔らかでちょっとテンション高めの話し方で、あ、でも…。

 そう言えばいつもパンツスタイルだし、この前も一人で帰っていったし今日だって一人で神殿に来てくれてた。

 女性なら一人で出歩かないじゃないの…!!

 もっと早く気付くべきだった。

 私の眼は節穴か!!

 ドゴーンと大きなショックを受けていると

「まあまあ、ルヴィニ様は職業柄あえてあのような外見と口調にしていらっしゃいますし、私たちも説明しておりませんでしたから。ユウが勘違いなさってもおかしくありませんよ」

 サフィは気遣いながら慰めてくれる。

 でもその優しさが今はツライ。

 しかもどうしよう、下着姿見られた…!!

 罪に問う気はないけど恥ずかしい!!

 衣装合わせ時の事を思い出して、瞬間湯沸かし器のように私の顔は真っ赤になっていく。

「あぁ、もう、穴があったら入りたい…。ルヴィニさんにどんな顔をして会っていいか分からない…」

 精神的な動揺が激しくて、ランチどころではなくなった私に

「心配いりません。ルヴィニ様は女性です、女性。ね?そういう事にしておきましょう。もしくは今後出入り禁止にしましょうか?その方が神子が安心できるというならやぶさかではありませんよ」

 なんてシンケールス様が割と黒い微笑みで言うから

「大丈夫です。は、恥ずかしいのは今だけだと思うので…!!」

 と全力で「出入り禁止」を阻止することになるのだった。







 続く

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