第18話 お披露目のお知らせ

「え?衣装合わせ?」

 いつものメンバーに相変わらず美味しい朝食、穏やかな時間に似合わない私の間抜けな声。

 それを受けたディアは少しだけ苦笑を浮かべた。

「ルヴィニから連絡があってね、完成したユウの普段着を持ってきてくれるって。その時に神子のお披露目用の衣装の細かい部分を調整したいんだって」

「それはありがたいけど、もうお披露目用の衣装まで出来上がってるの?」

「仮縫い状態だけどね。お披露目はもうすぐだから、少し急いでくれたんだよ」

 思いもよらない情報が突然出てきた。

 お披露目はもうすぐ?

 そうなの?と首を傾げてサフィを見ると、彼も少し驚いたように目を大きくしていた。

「あ、うん、あの、ごめんね、これは僕のせい」

 申し訳なさそうにディアが言う。

「どういうこと?」

「つまり僕が神印持ちになったことで、国内外に正式な文書を出すことになったんだ」

「牽制と王家の種が存続することを暗に通達するということですね?」

 鋭く目を細めたシンケールス様が問い返した。

 あれ?

 シンケールス様、怒ってる…?

 そっと様子を窺うと、恐らく同じことを思ったディアが小さく息をついた。

 この世界に来てからシンケールス様が怒ったところなんて初めてだ。

 でもさっきまでの会話のどこに原因があるのか分からなくて、私は二人をきょろきょろ交互に見回すだけ。

 ゲートとサフィも困ったように肩を竦めていた。

「政治的な問題だよ。ユエイリアンはただでさえ他国より豊かで、人口もある程度維持できている。月光神様のご加護も他より厚い。そこへきて神子が遣わされたでしょう?どうしてユエイリアンばかり、っていう感情が他国にはあってね。そうとなれば神様からの恵は分かち合うのが道理だろう、とか訳の分からない言い分を訴えてくる所もあるんだ。承諾しなければまぁ武力行使に出るっていう物騒な輩もいるから油断ならないんだけど」

 こめかみを抑えながらディアが言う。

 いや、そりゃ頭も痛くなるよ。

「何それ。全然理解できない。待って、それって国の間で言語が違うから誤訳が生じてるって可能性ない?」

 思わずツッコんでしまった。

 だって「神様からの恵は分かち合うのが道理」!?

 その神様の意思に背いてるのはそっちでしょ!!

「月光神様の加護が何で授けられないか、考えたことないの?逆に何でユエイリアンが豊かか考えたら、学ぶことがたくさんあるんじゃないの?」

「ユウの言う通りだと思うよ。僕もね、ホント、動物と会話するほうが通じるんじゃないか、って思うんだけど。残念ながら誤訳は生じていないし、彼らは僕らと同じ人間なんだよ。信じられないけど」

「それで?分かち合うって、何を要求しようとしてるの?月下美人?生命の水?それとも私?」

 はぁ?って怒りにも似た感情が先走ったせいで、つい口から出たのは新妻が旦那様の帰宅時に食事かお風呂か問うようなセリフだった。

 そして言ってから気付く。

「あぁ、全部ね?」

「正解」

 はあ。

 やっぱりね、という言葉は大きなため息に変わった。

 冗談にしたって全然笑えない。

 しかもそこにディアが私の夫候補になったことが絡んでいて、各国に通達するってことは…。

「要するに月光神様の加護を王族が授かったことで、ユエイリアンの王家をないがしろにすることは月光神様に背く行為と同義になる。更に私は王族の妻になるから、おいそれと手は出せない。例えこの世界が一妻多夫制だとしても」

「それでも婿養子として神子の夫にしてほしいと言い出すことは目に見えてる。神子の意思が最優先だ、っていうのはみんな分かってるからね。神子が頷きさえすれば、それも可能だって」

「婿養子、って譲歩してるように聞こえるけど、結局相手の血筋が入るからあれこれ干渉してくるよね。しかもそれを利用して要求を通そうとすることもあるでしょ」

 俺たち友達だろ?なぁ、友達だよな?友達なんだから助けてくれよ、っていうアレに似ている。

 私を介してユエイリアンと縁続きになったんだから、自分たちのことも優遇してくれて当然だ、とばかりに要求してくるんだろうな。

 でも残念でした。

「そういうの、私には通用しないんだから」

 ふんっ、と鼻息荒く断言する。

 すると横からそっとティーカップが差し出された。

 視線を移せばサフィの穏やかな微笑みがあって、どうぞ、と促される。

「ユウがそう言ってくれるととても心強いですね。でも怒りにエネルギーを使ってしまうと、綺麗なお肌にしわが出来てしまいますし、疲れてしまいますよ?」

「確かに。そうね、うん。おバカさんたちを相手にしていたら、こっちがおかしくなっちゃうわ」

「そうですよ。ユウには月光神様から授かった力があるのですから、撃退法はいくらでもあります」

 サフィは落ち着いた様子で、自分もティーカップに口を付けた。

 私も彼に倣ってお茶を口にする。

 すっきりとしたミントと柑橘系の香りがするハーブティーだ。

 香りと一緒に息を大きく吸って肺を満たすと、それを全て吐き出すように息をついて、深呼吸。

 うん、ここは落ち着いて冷静に対処するのが大切ね。

 シンケールス様は気を取り直した私を見て、そっと笑みを浮かべた。

「神子のためなら、政治的な事情など二の次だと一蹴しても良かったのですが、どうやらその必要はなくなってしまったようですね」

「もしかして、それで怒っていらしたんですか?」

「当然です。私としては貴女がもっとこちらの世界に馴染んで、日常生活に何の不自由もなく過ごせるようになってからでいいと思っていたのですよ。貴女自身が神子としての務めを果たそうと決意してからのお披露目だって遅くはないんです。それを急かす様な日程を組むなど、言語道断です。が…、神子に異論がないのであれば、そちらの日程でお披露目を予定しましょう」

「ありがとうございます、シンケールス様。それと、ユウ、本当にそれでいい?」

 ディアは心底私を気遣ってくれているのだと分かる。

 なんなら「嫌だ」と言えば、本気で日程を変えてくれるような覚悟も持っている感じがするけれど。

「大丈夫。ディアに任せるよ」

 私は笑顔で答えた。





 朝食の後は、神子のお披露目に関して神殿でも予定を組まなければならなくなり、シンケールス様はサフィと一緒に執務室へ向かった。

 部屋にはゲートとディア、そして私の三人が残っている。

 ルヴィニさんが来るまでの時間は室内でゆっくりすることになった。

 私とゲートは並んでソファに座り、ディアは一人で対面に座っていた。

 いつもならディアから話が始まっていくのに、今日は静かだ。

 やっぱりお披露目のこと、気にしてるんだろうな。

 何だか少し表情が曇っているもの。

「ディア、私なら大丈夫だよ?」

 改めてそう言うと、ディアはまだ困惑しているようだった。

 浮かべようとしている笑顔は全然笑顔にならなくて、苦笑いにもなっていない。

 どこか悔し気な、苦虫を噛み潰したように表情が歪む。

「ホント、ごめん…ユウ。こんな風にユウの気持ちをないがしろになんてしたくなかった。振り回すようなことになって、ごめん」

「ディア…」

「僕の神印はまだ蕾だよ。それなのに各国に通達、って…ユウの未来を勝手に縛り付けるみたいで嫌なんだ。だからこれだけは絶対約束する」

 強い意志を宿した瞳が、まっすぐ私を見据える。

 そして、ぐっと両手に拳を作ってこう言った。

「もしもこの先僕を嫌いになったら、遠慮なく振って」

「え?」

「そしたら僕は潔く身を引くし、だけどちゃんとユウのことは護るから!」

 それは確かにディアの固い決意なんだと思う。

 だけど。

 少しだけ口をもごもごして「でも、好きでいていいかな…」なんて弱気な言葉を続けて、両手で顔を覆って伏せた。

 うん、聞こえてる。

 ばっちり聞こえてるよ。

 いつも飄々としているディアがこんなに必死になるなんて。

 私もあなたにごめん、て言わなきゃ。

 こんな風に真っ直ぐな想いをぶつけてくれること、やっぱり嬉しいよ。

「ディア、そんな風に言わないで。いつものディアなら、そこは「僕を好きになって」っていうところじゃない?」

「ユウ…。ムリだよ、いくら僕でもこの状況でそんな都合のいいこと言えない」

「んー、でもお披露目を早くする、って悪いことばかりじゃないよ?次の満月までにお披露目できたら、それだけ早く正式に生命の水を作れるし、必要としている人に渡せるってことでしょう?私としてはそうやって誰かの役に立てるのって嬉しいことだよ」

「それはそうだけど。でもお披露目したら、色んな所から色んな人間が好き勝手言ってくるんだよ?神子の気持ちなんてお構いなしなんだから。いや、そういう輩からは絶対護ってみせるけど!結局政治的にユウを巻き込むことになるのは確かなんだよ」

「そんなの当たり前じゃない」

「え!?」

 驚いた表紙に顔をがばっと上げたディアの目の端には悔し涙が浮かんでいる。

 あぁ、もう。

 何て純粋な人なんだろう。

 分かってるよ、ディアの心はいつでもあったかい、ってこと。

「この国で、というかこの世界で、神子は私だけでしょう?しかもこの世界を守護する神様が遣わしたんだから、他国が狙ってくることなんて想定の範囲内。政治とは無関係でなんていられないよ。多分それは月光神様も分かってる。だから私に「ユエイリアンを護って」って言ったの。そう考えたら、お披露目も各国への通達も、ユエイリアンを護るための一歩になる。私はそう思ってるよ」

「もう、何でそんなに前向きなの?」

「だって私、一人じゃないから」

「?」

「そうやって私より悔しがってくれるディアがいて、いつも側でサポートしてくれるサフィがいて、あったかく見守ってくれるゲートがいる。親代わりのシンケールス様もいてくれるし、最高に心強い。だから前を向いていられるの」

「…そんなこと言われたら、うじうじ悩んでる場合じゃないね」

 む、と口を結んで浮かべられた苦笑は、今度こそちゃんと笑顔がにじんだ。

「そうだよ。考えることもやれることもたくさんあるんだから。忙しくなるね」

「うん。僕は僕に出来ることを精一杯頑張るよ。というわけで、王宮に戻ります!」

 パン!と小気味よく両膝を叩いてディアは立ち上がる。

 気合十分だ。

「衣装合わせはルヴィニに任せておけば間違いないし、サフィールやアガートも一緒なら安心だもんね。ユウ、また夕飯の時にね」

「待ってるよ。その時に衣装合わせのこともちゃんと伝えるね」

「よろしく。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 そう言って見送る背中が、少しだけ大きく見えた。






 続く

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