第16話 神子の平日(その4)
その日の夜、いつものメンバーが揃った夕食時に、ディアから調査団についての進捗が報告された。
現時点では調査団を結成し、表立って調査を進める部隊と、内密に調査する部隊の両方を派遣する方向で話が進められているらしい。
「これに関しては父上、つまり国王の勅命が下る予定だからかなり本格的な調査が行われる予定だよ。ただ、それだけ重要な任務になるから、人選に時間がかかりそう。神殿にも協力を仰ぐことになるし、派遣していただく神官の人選はシンケールス様にお願いすると思います」
ディアはいつになく真剣な「仕事モード」でそう告げた。
ある程度予測がついていたシンケールス様も神妙な面持ちで頷いていた。
私からは月下美人に授けられる加護について、月光神様に祈りを捧げて聞いてみることを報告する。
シンケールス様は
「神子ならば月光神様のお言葉をいただくことも可能でしょう。過去にはそういった事実も書物に残されています。ただし神子によって違いもあるようですし、全てが事実かというと少々眉唾のようなところもあります。気になることがあれば、可能な範囲で試していく方がよさそうですね」
との見解を示してくれた。
そして今夜のお祈りについては、サフィが補助としてついていてくれることになった。
もちろんゲートは護衛任務があるから、いつも通り室内にいてくれる。
特別な道具はないから、お風呂で身体を清めたら衣装だけ整えて、すぐにお祈りを開始することにした。
そしていよいよ、お祈り用の衣装を着て天窓の下で膝立ちになり、胸の位置で両手を合わせて組んだ。
念のため私の周囲にはサフィが配置してくれたクッションがいくつも置かれている。
姿勢については自由でいいと言われたのだけれど、なんとなくお祈りと言ったらこういうポーズかな、と思って膝立ちしてみたけれど、床に敷かれたふわふわの絨毯のおかげであまり痛くはない。
夜の静けさだけが部屋を包み込んでいて、これなら集中してお祈りできそうだ。
私はしっかり目を閉じて心の中で呼びかけた。
―月光神様、どうか私に知恵をお授けください―
そう、呟いた時だった。
ふっと目の前に白い光が広がり、意識が軽く、どこかへ飛んだような感覚がした。
次の瞬間、私の意識はふわりと漂うように浮かび上がり、いつかの夢と同じ空間にいた。
「由羽、よく来てくれましたね。待っていました」
「月光神様…」
「あなたが人々のために力を尽くそうとしてくれて、とても嬉しいわ。だから一つだけ大切なことを教えます」
「はい」
月光神様は慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
そしてすらりと伸びた長い指と、温かな手のひらで私の頭を撫でる。
まるで幼子にそうするようにそっと、優しく。
「あなたの想いの強さが、加護の強さや大きさに関わります。あなたの真っ直ぐで純粋な願いは、そのまま人々への祝福になるのです。ただし、それを受け取る人間の心の清らかさや、想いの強さ、そして誠実さによって効果は変わります。更に、邪な思いを持ってあなたから祝福を受けようとする人間にとって、あなたの力は仇となる。神子の力は毒にも薬にもなるのです」
「…どうしてそんな力を…?」
「私はあなたの幸せを何よりも願っています。そのためには人々を助けるだけでなく、あなた自身を守る力が必要です。だから私はあなたに加護を授けました。いいですね?あなたの力は、想いの力。それが人々への加護となり祝福となる。しかしそれは、受け取るに値する人間にだけもたらされるものです。どうかその力をもってユエイリアンを、そして清き魂をもつ人々を救ってあげて。そしてあなた自身も。どうか幸せになって」
月光神様はそう言って切なげに顔を歪め、私を抱きしめた。
ふわりと伝わる温もりと、ひだまりの匂い。
何だかとても懐かしい感じがする。
はっきりと思い出せるわけじゃないけど、私は以前にもこうして誰かに抱きしめられていたような気がする。
とても美しく靡く、月光神様の色素の薄い金髪は絹糸のよう。
彼女は一度私を思い切り抱きしめてから、その細い腕を解放した。
「困ったことがあったら、またこうして会いに来て。私はいつでもあなたを見守っているわ」
そう告げて、彼女の姿が白い光に溶けていく。
「月光神様…ありがとうございます」
私のその声はちゃんと彼女に届いただろうか。
さっきまで広がっていた光はいつの間にかブラックアウトした。
暗転した意識の中で、ふと感覚がはっきりとした瞬間、私はとても心地よい温もりに包まれているような気がした。
そして思考がぼんやりとしたまま、鈍い瞼を押し上げる。
「ユウ、お戻りになりましたね」
「サフィ…」
彼は私の上体を起こす様な恰好で横抱きにして、腕で私の肩を抱きながら片足で背中を支え、柔らかなクッションの上に座っていた。
いくつかのクッションが私の両足を優しく受け止めてくれている。
そして隣ではゲートが心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
「私…」
身体を起こそうとすると、すかさずサフィが背中をしっかりと支えながら、私を起こしてくれた。
華奢だと思っていた彼の腕はとても逞しくて、ほんの少しだけ驚いた。
でも思考はまだぼんやりしている。
ゲートは常温になった果実水が入ったコップを私の口にあてがってくれた。
素直に受け止めて、こくりと飲み込むとそのスッキリとした感覚が喉を下りていく。
「美味しい…ありがとう、ゲート」
「ああ。ユウ、大丈夫か?まだ少し意識がはっきりしていないようだが」
「うん…。でも身体の感覚ははっきりしてるの。何だか変な感じ…」
そう言うと、まだ脱力しかけている私の身体をサフィが抱え直した。
「恐らく月光神様と交信なさった影響でしょう。今夜はこのままお休みください。ベッドへ運びますから」
あっさり抱き上げられて、私はそのままベッドへ。
ゲートが毛布を被せてくれて、さっきまでとは違う温もりに包まれた。
それが少しさみしくて
「二人ともお願い、もう少し側にいて」
両手を伸ばすと、すぐに温かくて大きな手が私の手をしっかりと包み込んでくれた。
「ありがとう」
「いいんですよ。こちらこそ、ありがとうございます」
「どうして?」
「こんな風に頼ってもらえて嬉しいんだ、俺たちは」
「ふふ、それなら…いつでも私は頼ってるよ。二人がいるから、安心していられるの。ディアも…彼がいてくれるから、毎日楽しい」
「それは明日直接殿下に言ってやってくれ」
「うん。そうする」
他愛もない会話をしているうちに、また身体の感覚がぼやけていく。
鈍ったままの思考も、いつの間にか眠気に変わっているような気がする。
そして手のひら全体で感じていた二人の温もりが、指先だけの感覚になってきた頃、私の意識は自然と途切れていた。
翌朝、唐突に覚醒した頭でハッと起き上がると、そこには朝の光にぴったりの穏やかな表情で私を眺めていたサフィとゲートがいた。
二人並んでベッドサイドに椅子を並べて、それぞれどこか満足げな顔にも見える。
やだ、ちょっと、乙女の寝顔を見てたの?
よだれだとか目ヤニだとか、心配なことがたくさんあるのに。
反射的にそれらがないか、手で触れて確かめていたら。
「まるで猫みたいですね」
「子犬じゃないのか?」
なんて口々に言って顔をほころばせる。
もはやどっちでもいいくらい、この甘い微笑みはなんだろう。
慣れないシチュエーションに私の顔はあっという間に熱くなった。
でも「あれ?」と気付く。
「二人とも、ちゃんと寝た?」
「はい」
「ああ」
同時に返事が来るけれど、二人の反応はそれぞれ違う。
サフィは眩しいくらいの笑顔で、ゲートは何故か真っ赤に染まった顔でそっぽを向いた。
うん?
どうしてそんな反応になるのか疑問だけれど、二人がちゃんと眠れたならいい。
私が呑気に眠っていたのに二人は徹夜した、なんてことになっていたら申し訳ないもの。
二人とも顔色はいいしクマもないから大丈夫だね。
「さてと、私も起きて身支度します!」
「おや、もう大丈夫ですか?もう少しゆっくり休んでいてもいいんですよ」
サフィはそう言ってくれるけど、私は首を横に振る。
「ううん、頭はスッキリしてるし、天気もいいから朝食前に散歩でもしたいなと思って」
「そうですか。分かりました。ではお支度の準備をしましょうね」
「お願いします」
私はベッドから抜け出すと、そのまま洗面所へ向かうのだった。
続く
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