第11話 お忍び散策の日(その4)

 のどかな田園風景を抜けて、神殿が見えてくる。

 行きと同じように声をかけてくれた農夫さんたちと挨拶を交わし合い、ようやくたどり着いた神殿の入口にはすでにシンケールス様が出迎えに来てくれていた。

「ただいまもどりました!」

 元気よく声をかけると

「おかえりなさい、神子」

 とシンケールス様も返してくれる。

 誰かがこうして出迎えてくれるのなんて久しぶりすぎて、ちょっと照れくさい。

 でも嬉しい気持ちの方が大きく上回っていて、自然と早足になったくらいだ。

「そのご様子だと、街の散策は楽しめたようですね」

「はい!みなさんとても良い方ばかりで、おまけもたくさんいただいてしまいました」

「おやおや。そのマールスがそうですか?」

「そうなんです、パイを焼こうと思って買ったら、こんなにたくさん入れてくださって」

「きっと嬉しかったんでしょうね。厨房には話を通してありますから、いつでも使えますよ」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「あなたのその笑顔が何よりのご褒美です。さあ、中へお入りください。皆さんもお疲れ様でした」

 そういってシンケールス様は私たちを中へと促した。



 部屋に戻るとすぐに普段着用のワンピースに着替えて、ラウルスの街で購入した品々(おまけも多数)をテーブルに並べる。

 サフィはリラックスできるように髪も解くか聞いてくれたけれど、今日の髪型が気に入っていた私はこのままでいることにした。

 バザールで揃えた日用品はサフィがクローゼットに片づけてくれて、テーブルの上に残ったのはシンケールス様と彼等へのプレゼント。

 それから趣味に使う糸やビーズ。

 裁縫道具はサフィが貸してくれることになっている。

「綺麗な糸を見つけましたね。こちらのビーズはどう使うんです?」

「アクセサリーを作ってみようと思って」

「すごいな、こんな小さな粒を扱えるなんて職人みたいだ。」

「成功するかどうかは作ってみないと分からないけど、ルヴィニさんが選んでくれたワンピースに合うものが作れたらいいな、と思って」

「僕も裁縫は習ったけど、アクセサリーまでは作れないな。アガートは?」

「俺は基本しか習ってませんよ。出来るのはボタン付けと繕い物くらいです」

 それでも男性なら十分だと思うけど、そうだ、この世界は違うんだっけ。

 案の定ディアはちょっと深刻そうに

「ねえ、僕たち得意分野に偏りがあるんじゃない?サフィールは?裁縫得意?」

 と心配し始めた。

「特別得意というわけではありませんが、神官服を縫うぐらいは出来ますよ」

 今朝と同じようにサフィは困ったように笑った。

「もしかして今日の衣装はサフィが作ってくれたんですか?」

「はい。原型は私たちの衣装とほとんど変わりませんし、後は裾や袖を調整すれば完成ですから」

 事も無げに言うけれど、やはりここでもサフィの技術はいかんなく発揮されている。

「きっとサフィは得意なものがないんじゃなくて、全般的に得意なんだと思うわ」

「ホント、その通りだよ。でもいいなぁ、男のロマンだよね~、自分が作った服を奥さんに着てもらうってさ」

「ディ、ディアマンテ様!?奥さんだなんて、そんな、ユウに失礼です」

 サフィは耳どころか首元まで真っ赤になった。

 何がどう失礼なのか全くわからない私は首を傾げて彼を見上げる。

 隣ではディアも同じポーズ。

「お二人ともそんな顔をして…。からかわないでください。私は食事の用意をしてきますから」

 いつになく足早にサフィは部屋を出て行ってしまった。

「ユウはともかく殿下は面白がらないでください」

「だってホントにうらやましいじゃない」

 ディアはぽつりと呟いた。

 それはどう聞いても、嫉妬という後ろ暗い思いからかけ離れた温かく切なげなもので、ディアの横顔は穏やかだ。

 一度私の顔を見てからディアは続けた。

「サフィールは色んなことが出来るんだよ。これまでずっと「神子のため」って、料理、洗濯、掃除、裁縫、野菜の栽培や薬草について、それから音楽も習ってたっけ。器用だから大抵のことは何でも出来て。それなのにすっごく控えめでさ。自分は神官だから、っていつも言ってて。今だってそうだよ。確かに僕は王族でアガートは貴族。身分があることは分かってる。だけどサフィも「神印もち」なんだよ?僕たち三人は平等にユウの夫候補で、すでに関係は同等なんだ。もっと言えば神殿は国家から独立しているから、神官ていうのはそれだけで特別な身分なんだけど、サフィールは自分が捨て子だった、ってところに帰結しちゃう。そんなの関係ないのにね」

「…ディアはサフィのことも大切に思っているんですね」

「うん。ユウは僕の兄上たちのことは聞いてる?」

「はい。お二人ともユエイリアンにお戻りになっている、って…」

「よくある話だよ、王族同士の結婚だとよりシビアになる。だから兄上たち以外はほとんど誰も「仕方ない」って、納得もしたし割り切りもしたんだ。でも傷つかないはずないよね、兄上たちはひどく落ち込んで食事も喉を通らないくらいだった。そんな二人に神殿へ来ないか、って誘ってくれたのがサフィなんだよ」

「サフィが…?」

「そう。神殿なら独身男性ばかりだし、神官は結婚しないからね。二人も少しは気が楽になるだろうから、って。神殿にも仕事はたくさんあるし、人目を避けて生活することもできる。兄上たちは二つ返事で神官になることを選んだ。今では王族でいた頃よりのびのびと生活してるよ」

 ホッとしたようにディアは言う。

 そっか…二人とも神殿に…。

 サフィがきっかけをくれたおかげで、居場所が見つかったんだね。

 それはとても良かったと思うけれど半面、もしかしたらサフィはちょっと複雑な心境なのかもしれない。

 私にはとても嬉しいと言ってくれたけど、ディアの兄上たちのことを考えたら手放しで喜べなくても無理はない。

 二人を神殿に招いた本人に神印が浮かんで、神子との結婚が可能になるなんて…。

 そういうことも絡んでるのかな…。

 いつの間にか眉間にしわが寄ってしまう。

「ユウ、そんな顔しないで」

「あ…」

 ディアは私の額をそっと撫でた。

「僕ね、神子がユウで本当に良かった、って思ってるんだ。ユウは自然と僕たちの想いを受け止めてくれるから。その髪型も、サフィールが一生懸命結い上げたんだよね。それを気に入って解かずにいてくれる。そういうの、すごく嬉しいんだよ。それに僕たちの話し方のことも、何も言わずに受け入れてくれた。この世界のことを知らないにしても、おかしい、って思わなかった?僕たちがずっとユウと対等に話してること」

 指摘されて初めて気付く。

 サフィはともかく、ディアとゲートは私に敬語を使わない。

 私としてはその方が気楽だし、二人ともそういうキャラなんだな、としか思わなかったから特段気にすることもなかった。

 でもこの世界では王様が私に「拝謁する」くらいだから、身分で言ったらこの国のトップになるわけで。

 いや、そんなことは考えただけでも背筋が凍る。

「変わらないでくださいね?」

 二人にも敬語を使われるようになっちゃったら恐縮しちゃう。

 そう思って恐る恐る二人を見上げると、今度はディアとゲートが顔を見合わせて苦笑した。

「ユウの望みとあらば、これまで通り変わらずに話をさせてもらう」

「僕も。だからユウももう敬語は使わないで。ね」

 ディアはずっと気にしていたのかもしれない。

 かつての記憶から影響を受けている私にとって、二人は由緒正しき王子様と貴族様になるから敬語を使わない方が違和感があるんだけど、二人の立場から考えると普通に話した方がいいんだよね。

「分かった。じゃあもう敬語は終わり!これで大丈夫?」

「いいね、サフィールにも同じようにしてあげて。きっと喜ぶから」

「うん。そうする。ゲートも、こういう感じでいい?」

「もちろんだ。その方が気楽でいい。すまないな、本当はユウの望みを叶えるのが俺たちの役目なのに、俺たちの方がユウに叶えてもらっている」

「ううん、そんなことない。お互いさま、って感じでいいと思うの。私は二人が最初から気軽に話しかけてくれて嬉しかったし、感謝してる。もちろんサフィにも。まだまだ分からないことだらけだけど、三人のおかげで今日もすごく楽しかった。ありがとう」

 やっと伝えられた。

 神子の役目とか、女性の役割とか、分かってくるにつれて大変な事やしんどいことも出てくるかもしれない。

 それでも三人が側にいてくれたら何とかなる気がする。

 転生した世界でパニックに陥ることもなく、少しずつ前向きに物事を受け止められているのも三人のおかげ。

 だから。

 私はそっと小さな包みを手に取る。

「それは…?」

「あの、二人とも服装に決まりってある?」

「僕はないよ」

「俺は一応この隊服を着用する決まりになっているが」

「じゃあ、装飾品は?」

「人それぞれだな。派手なものでなければ特に何も言われない」

 よし、それなら大丈夫そう。

 あとはサフィにも確かめたいんだけど…サフィにはシンケールス様と一緒に食事の時に渡そうかな。

 そう決めて、私はディアとゲートの方を向いた。

 きょとんとした二人が私を見つめる。

「これ…二人に似合うと思ったから。今日のお礼に」

 手のひらにコロンと転がる三つのイヤーカフ。

 オニキスはゲート、ダイヤはディアの手に渡す。

 サファイアはサフィに。

「え、っと…ユウ、これって…僕たちに、買ってくれたの…?」

「うん。どう、かな?」

「あの、うん、すごく、何ていうか、すごく…どうしよう、すっごく嬉しい」

「まさかこんなサプライズが待っているとは」

 二人は口やら頭やらを抑えながら、肩を震わせたり天を仰いだり、ゲートはちょっと目頭を押さえたりし始める。

 ん、これは喜んでくれてるのかな。

 挙動不審な二人の様子を眺めつつ、早くサフィにも渡したいなぁと思っていると

「どうしたんですか?お二人とも。食事の用意ができましたよ」

 ナイスタイミングでサフィもワゴンを押しながら戻ってきた。

「はい、サフィ」

「え?」

「今日のお礼です」

 手の中にイヤーカフを隠して、彼の掌にそっと置く。

 私が手を放してようやく姿を現したそれに、サフィの瞳が徐々に大きく見開かれた。

 で、停止。

 あれ?

「もしかして神官はアクセサリー禁止、とか?」

「い、いいえ、いいえ、まさかそんな決まりありません!そうではなく、あの、これは、ユウが、私に?」

「うん。あ、付いている石は違うけど、三人お揃い」

「ディアマンテ様と、アガートと、私、ですか?」

「そう。それを見つけた時にね、三人のことが思い浮かんだから」

「いつの間に購入したんですか?私たちはちっとも気付きませんでしたよ…」

「ふふ、ナイショ。付けてくれたら、嬉しいな。と」

「付けます、すぐ付けます。ありがとうございます!ユウ」

「喜んでくれて良かった」

 言うが早いかサフィは「鏡、鏡…」と動き出したけれど

「サフィ、付けてあげる。鏡なくても大丈夫だよ」

 どう考えても私がやった方が早い。

「ちょっとだけかがんでね」

「はい!」

「右と左どっちがいい?」

「み、右で!」

「はーい」

 素直にかがんでくれたサフィの右耳にイヤーカフをはめる。

 サフィは右側だけ髪を耳にかけるから、小さなサファイヤがきらりと輝くのがよく見えた。

「出来たよ。とっても似合ってる」

「ありがとうございます!ああでもやっぱり鏡が必要ですね」

 確かに、このままじゃサフィは自分で見られないもんね。

 そして彼が再び鏡を求めてクローゼット付近へ移動していくと、先ほどまで挙動不審だったディアとゲートが揃って私の前に並んだ。

「ユウ、僕たちにもつけて」

「よろしく、頼む」

「うん」

 二人もサフィと同じように右耳にカフをはめた。

 何だかいたく感動して、二人も姿見でカフを確認しに行く。

 良かった、ひとまず喜んでもらえたみたい。

 胸の中があったかくなるような、三人のそわそわした様子を眺めて、私はワゴンに用意されていた料理をテーブルに並べることにした。

 そのすぐ後、シンケールス様も揃って食事になったのだけど、三人の様子を見たシンケールス様が肩を震わせながら笑いを噛み殺していたのは内緒の話。





 続く

 

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