第10話 お忍び散策の日(その3)

 「ひだまり亭」を出て、噴水広場からそれぞれの通りを見回す。

 ひしめくように建ち並ぶ露天商は、大体がおおまかな種類ごとに集まっているようだ。

 直射日光の当たらない通りには生鮮食品、その隣の通りには軽食の屋台、日光が差し込む通りには生花店や小物店。

 衣食住のすべてが揃うこのバザールはユエイリアンの文化が凝縮されている。

 まずは一番関心のある「食材」から見てみることにした。

 色つやもよくたわわに実った野菜や果物が所狭しと並んでいる。

 どれも記憶にある食材とほぼ同じ。

「わあ、美味しそうなリンゴ!色もすごくいい!」

「こちらではマールスといいます。少し酸味のある甘さが癖になりますよ」

「いらっしゃい!よかったら少し食べてみるかい?」

「いいんですか?」

「もちろん!ほら、どうぞ」

 見るからに人の良さそうな店主のおじさんが、手際よく四分の一ずつ切り分けて私たちに味見させてくれる。

 シャクという音に、甘酸っぱいあの味。

「うん、美味しい!!」

 名前は違っても間違いなくこれはリンゴ。

 少し酸味が強いから、アップルパイにもいいかも!

「サフィ、このマールスでパイを焼いたら美味しいと思うんです。どうでしょう?」

「それはいいですね。では買って帰りましょう。」

「はい!えーと、ご主人、こちらのマールスが欲しいのですが」

「あいよ!いやぁ、ご主人だなんて、照れるなぁ。せっかくだからたくさんおまけしよう!」

 そう言っておじさんは袋一杯にリンゴ、いや、マールスを詰めてくれた。

 こちらのお店では一カゴいくらで売買するらしい。

 おまけとあわせたら二カゴ以上になっている。

 私はおじさんに言われるまま、銀貨を二枚渡した。

「こんなにたくさん、いいんですか?」

「いいのいいの!本当に美味そうに食ってくれる顔をみたら、こっちが嬉しくなるってもんだ。神殿長様にもいつもお世話になってるし、それ使って美味いパイを焼いてやってくれ。な!」

「ありがとうございます!!」

 せっかくのご厚意は素直に受け取ることにして、満面の笑みでお礼を言うと

「お、おお、おう、また来てくれな!」

 と、おじさんは顔を赤くしながらサムズアップした。

 私の両腕でやっと抱えられるくらい、たくさんのマールス。

 それをひょいっとゲートが持ち上げる。

「重いだろう。良い買い物ができたな」

「はい、ありがとうございます、ゲート」

「いいんだ。今日の俺の役目だからな。次はどうする?」

「パイの材料を揃えたいんですが、どこへ行けばいいでしょう?」

 サフィを見て問いかける。

「それならあちらに商店がありますから行ってみましょう。小麦粉や調味料も手に入りますよ」

 その提案にのって、私たちは歩き出す。

 通りを歩いているとあちらこちらから声をかけられ、挨拶を交わしていく。

 露天商で働いているのは男性ばかり。

 街へ出てみると女性の少なさは際立っていた。

 男女比8対2も納得せざるを得ない。

 屋外にいるのは親子連れでさえ男性ばかり。

 職業選択の自由があるとはいえ、見かけた女性はみんな屋内にいた。

 そして窓越しにこちらを見ると控えめに手を振ってくれる。

 フードを被ったまま歩いているのは私くらいだし、サフィやゲートだけでなくディアも一緒に歩いているから目立つのかもしれない。

 女性たちにも笑顔で軽く会釈しながら通りを歩くことになった。


 数時間後、私たちはアップルパイ(マールスパイ)の材料を無事に買い揃え、再び噴水広場へ戻ってきた。

 小麦粉だけでなくハチミツやシナモンも買えて、準備はばっちり。

 バターは定期的に直接酪農家さんから乳製品と一緒に購入しているとのことで、ここで買うのは控えた。

 道行く人から声をかけられたり、時々お店の人たちから「持っていって」とお土産をもらったり、私たちの荷物は予想より膨らみ、今ではサフィやディアも荷物を持ってくれている。

 バザールの中を半分ほど見て回ったところで歩き疲れたこともあり、青空の下に用意されたテーブルセットに座って少し休憩することにした。

 途中で買った屋台の軽食も並べる。

 揃って「いただきます」を言うと、それぞれ好きなものから手にとった。

 因みに私の前には少しずつ色々味わえるように、みんなが取り分けてくれた。

 ベーグルのような生地に野菜やお肉を挟んだものに、野菜や魚、お肉を串焼きにしたもの、なんと焼きそばのような料理も屋台で売っていた。

 ここでは食べ歩きすることも想定された料理がたくさんある。

 私以外の三人はここへ来ることも多いから、顔なじみのお店も多くて「おまけ」がたくさんついてきた。

 おかげで昼食には十分すぎるほどの料理が揃っていた。

「これだけ並ぶと圧巻ですね」

「ある意味フルコースだよ。でもラウルスの料理を知るにはちょうど良かったかも。庶民の味っていうのかな、どれも素朴でシンプルだけど食べやすくて食材の味がよく分かる。僕はこういう料理の方が好きだな」

「だからってしょっちゅう一人で出歩くのはお控えください、殿下」

 ゲートにちくりと注意を受けて、ディアは「えー」なんて、ちっとも反省していない声を上げた。

 そんなやりとりを楽しく眺め、私はなじみがあるような、初めてのような、不思議な感覚で目の前の料理に手を付ける。

 まずは食材そのものの味を確かめようと串焼きから口に運んだ。

 うん、美味しい。

 弾力のあるお肉はそれに反して柔らかく焼かれていて、噛むと肉汁が口の中一杯に広がる。

 塩コショウのみ、というシンプルさがまた食欲をそそった。

 バザールを歩いて分かった事は、ラウルスの食文化は記憶にある世界でいうところの西洋料理がメインだという事。

 ただし各地方から出稼ぎに来ている人々のためのお店も点在していて、そうしたお店の料理も人々は好んで食しているようだ。

 基本的にはパンやパスタにスープ類や魚料理もしくは肉料理を一品あわせて食べるのが一般的。

 フルコースはパーティやお祝いごとがある時にのみ供されるのだとか。

 食材に関してはリンゴが「マールス」と呼ばれているように、名前が違っているものもあるけれど、特にこれと言ってカルチャーショックを受けるような珍しい食材はないように見えた。

 新鮮な食材を好むラウルスの人々は、大体が二日に一度、このバザールへ来て食材を買う。

 夕方近くになると一部の食材は価格が下がるため、仕事帰りの男性たちがたくさんやってくるそうだ。

 そんなところも、記憶の中の世界と同じで何だか親近感がわく。

 安くておいしい、が一番だものね。

「そういえば神殿では禁止されている食べ物はないんですか?」

 昨日の食事も今日の食事も肉や魚が使われていて、それをサフィたちも普通に食べている。

「特にありませんよ。月光神様は「愛」や「優しさ」「信頼」などを尊ばれますが、何かを禁止なさることはありません。私たちが人の道に外れたことをしない限り、ご加護を授けてくださいます」

「その証拠、と言ってはなんだけど、ユエイリアンは他の国と比べると随分人口も情勢も安定しているんだ。奪い合って争うよりも、互いに補い合う方がよほどメリットがある、って気付いたから。まあそうは言っても欲深い人間はまだまだいるし、助けが必要な地域もたくさんあるけど…、人がいれば何とかなる。一人でも多く健やかに、幸せに生きられる国を作っていくのが僕たち王侯貴族の役目だから」

 頑張るよ、とディアは力こぶを作ってみせた。

 こういう時の彼はとても大人びて見える。

 それに頼もしい。

 ディアが言うと本当に実現していきそうな気がする。

 決意も覚悟も、しっかり背負っている。

 私よりずっと「大人」だ。

 でもそういうものを敢えて感じさせないように、飄々として見せる強かさがある。

 そしてそんな彼を受け止め、ありのままでいられるくらいに打ち解けているサフィとゲート。

 三人は神印が浮かんだからこうして集っているだけではないような気がした。

 最初からお互いのことを知っていたし、何気ないやり取りも気取らず、気まずさや緊張感もない。

 ゲートは近衛兵だったからディアと面識があっても不思議じゃないし、そんな二人が神殿を訪れる事もあっただろうから、サフィと接点があってもおかしくない。

 でも何となく三人にはそれだけじゃない「絆」みたいなものがあるような気がする。

 三人が作り出す温かい空気。

 その空間に私もいる。

 それが何だかとても嬉しくて、私は思わず笑みをこぼした。





 それから少しして食事を終えた私たちは、再びバザールを見て回ることにした。

 今度は小物や雑貨、洋品店を回る。

 日用品を売る店からアクセサリーを売る店まで、たくさんの店舗がレンガ造りの建物内に並んでいる。

 食器は陶器で出来たものやガラス製のもの、金属製のものや木製のものもある。

 アクセサリーも宝石をあしらったものから金銀細工のものまで、ありとあらゆるものが売られていた。

 どれもこれも職人さんの技術が光る逸品ばかり。

 眺めているだけでも楽しめるお店がずらりと続いている。

 ただ、時折店内に入って商品を見てみるものの、シンケールス様へのお土産として「これだ」と思えるものが見つからない。

 うーん、何がいいかなぁ、と考えあぐねていた時だった。

「あら!お揃いでお買い物?」

 と聞き覚えのある声がした。

「ルヴィニさん!」

「せっかくだから私のお店にも寄っていって。お茶ぐらい出すわ」

 彼女の声に、私たちは店内へ入っていく。

 そこは外から見るよりもずっと広く、高級感漂う一角と庶民的で手にとりやすい雰囲気が共存している不思議な空間だった。

 入り口から広めの通路が一本、店の奥まで続き、その片側がパーティなどに着るようなドレスなどが展示され、もう片側に普段着と思われる既製品が展示されている。

 パーティなどに着ていくようなオシャレ着はオーダーメイドがほとんどらしく、展示品よりも生地や小物が多く陳列されている。

 すぐに採寸ができるよう、姿見や作業台、メジャーなども置かれていた。

 出迎えてくれた店員さんは、七三に分けられた髪をきっちり固め、黒いベストとズボンに革靴を履き、見た目はきりりと整えているけれど

「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」

 と、柔和な表情や眼差しと口調でとても親しみやすい。

「さあ入って入って」

 ルヴィニさんは店の奥まで私たちを促し、すぐにお茶の用意をしてくれた。

「ここは私のお店兼工房でね、ほら、あっちで作業をしている彼らと接客担当の彼と私と、5人でやってるの。ふふ、それにしても今日の御召し物も素敵ね、よく似あってるわ。フード姿がとっても可愛らしい」

「ありがとうございます」

 彼女に褒められると何故だかとても嬉しい。

 つい頬を緩めて肩をすくめると

「あら、そんな仕草もとってもキュートよ」

 そういうルヴィニさんの方がキレイで可愛いと思う。

 彼女は私たちの前にティーカップを置き、クッキーまで用意してくれた。

「それで、この辺りでは何か目ぼしいものは見つかったかしら?」

 ルヴィニさんはスッと足を組んで、カップに口をつける。

 彼女の問いはタイミングばっちり。

 私は素直に

「実はちょっと見つからなくて」

 と切り出した。

「何をお探しなの?」

「シンケールス様へのお土産です。何かないかな、と」

「まあ、そうだったの。神殿長様へのお土産ねぇ…何がいいかしら。ちょっとお店の中を見てみる?」

「ぜひ!」

「お店の中なら自由に歩いてもいいわよね?」

 ルヴィニさんはサフィたちに視線を向ける。

「ええ、いいですよ。私たちも目が届きますし」

「僕たちも自由に見てるから、ユウもゆっくり見ておいでよ」

「俺たちのことは気にするな」

 三人は口々にそう言って、私とルヴィニさんが連れ立ってお店の方へ歩いていくのを見送ってくれた。

 ルヴィニさんは展示された洋服の横を通り窓際近くの棚へ案内してくれる。

「うちはこういう小物やアクセサリーも置いてるの。ファッションはトータルコーディネートが大切だから。どれかピンとくるものがあるといいんだけど…」

 陳列された小物は可愛らしいものもあれば上品なものもあり、色々なデザインや形のものが揃っている。

 材質も様々で、どれも手の込んだ逸品だ。

 その中に、ふと目に留まったものがあった。

 オニキス、サファイア、ダイヤをそれぞれあしらったイヤーカフ。

 石はどれも小ぶりで控えめな印象だけれど、綺麗に研磨されていて美しい。

 そしてもう一つは銀で作られた月下美人模様の髪留め。

 私はそっと三人の様子を窺う。

 店内を自由に見て回っている三人は、私のことも気に留めつつ、けれど自由に見させてくれている。

 チャンス、かも。

「あの、ルヴィニさん」

「なあに?見つかった?」

「このイヤーカフ三つと、そこの髪留め…素敵ですね」

「…なるほど、そういう事ね。いいわ、おまけしちゃう」

 ルヴィニさんはぱちっとウィンクしてから、すぐに個別包装してくれて、無事に購入することができた。

 みんな、喜んでくれるといいな。

 そう思うと心の中が温かくなる。

「はい、おまたせ。きっとみんなびっくりするわよ」

 彼女のいたずらな微笑みに、私もつられて笑みが浮かぶ。

 それから私たちはルヴィニさんが作り始めてくれた私の洋服の様子を見たり、ドレスのデザイン画を見せてもらったりした。


 そうして日が傾き始めた頃、私たちは神殿へと歩みを進めることにしたのだった。







 続く

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