冥婚ミステリーツアー
鬱崎ヱメル
腕神社ー病院行き乗り口
元々、学校が嫌いだった。
自分が違っているのだと、間違っていると言われている気がするからだ。
無意識の断絶に、自分を殺して生きていた。
私があの子と、
それから猛烈ないじめに発展。
毎日毎日「気持ち悪い」と陰口を言われ続けた。
自分からそんな危うい証拠の残ることはしていないし、するはずもない。何かの間違いだという弁明も、全く耳を貸してもらえず無駄だった。
その挙句、噂をばら撒いた主犯格の上級生に、もし誰かに告げ口したら噂をネットにばら撒くと脅され何もできなかった。
あの子は転校し、どこかへと消えた。
いじめは中学校卒業まで続いた。
私は卒業式の日、大量の睡眠薬を口の中に押し込んで救急車で運ばれた。
意識を取り戻した時に、余計なことをしてくれた神様を恨んだ。
高校は私の縁もゆかりのない場所にあり、そこで三年間幽霊のように過ごした。
大学進学により、地元から離れるように海沿いのこの街に一人でやってきた。
大学は住んでいるマンションの近くの私立へ行った。
生活費は十分すぎるほど貰っていた。
自分たちが「普通」を押し付けてごめんなさいって、母さんは泣いてた。
私はすっかり自分の世界に篭る様になってからというものの、入学までの数ヶ月で、オカルト、とりわけ実話系心霊や怪談へとのめり込んでいった。
最初は動画投稿者のチャンネルをずっと見ている程度だったが、次第に書籍を集め出し、ネット上の怖い話まで追うようになった。SNS上のコミュニティにも所属するようにもなった。
しかしリアルの繋がりも欲していたのかもしれない。
大学には入ったものの授業以外の時間を持て余していた。
たまたま掲示板で見つけたオカルト研究会の文字に惹かれ、研究会の扉を叩いた。そして、そこにいた部長と残りのメンバーに訳を一部話した所、正式に勧誘され、研究会に入会することになった。
噂になっている心霊スポットにはとりあえず行ってみた。精神科病棟があった廃病院、飛び降り自殺の絶えないダム、金網が定期検査のたびに壊れている橋、呪いの家、いわくつきの場所は何度も行った。
もちろん何か起きたこともない。霊的な現象や電子機器の故障、異常な音声をマイクで捉えることもなかった。やはりそんなものは存在しないのだと、心底落胆した。
だが、久しく感じていなかった楽しいと思えた瞬間だった。
居なくなった美月に会えるような気がして彷徨っていたのかもしれない。
ある時部員の一人が、ネット上で国内で最も危険な心霊スポットを見つけたと興奮気味に喋り出した。
私の住んでいるマンションから離れたとある場所にある神社だった。
その名前を
目的地に部長の車で向かいながら概要を部員に話しじめた。
その神社は、立ち入り禁止になっている山中に存在していると言われている。社は豪華絢爛な装飾が施されているのにも関わらず、手入れされていないからなのか、荒れ放題になっている。
最も危険だと言われているのは離れである。
建築家である彼女はこの神社に異様な執着をしていた。
そして、ここに自分の最高傑作を立てようと言い出したのである。
法外な依頼金に乗った建築会社は多かった。
いざ工事が始まると問題が続出。
事故も多く、呪われた現場だと当時は話題だったらしい。
神社が邪魔だと壊そうとした大工は突然崩れた建材につぶされ即死。
彼女の金を掠め取ろうという魂胆で、共同出資を申し込んでいた地元の有力議員は出資金を払い終わった後に自宅で拳銃自殺。
建築家をしつこく追い回していた、親が勝手に決めた婚約者だというストーカーは自宅から失踪。
オカルト界隈でも知られているからなのか、調べれば情報が浮かび上がってくる。
建築会社はなんとか完成させ早々に撤退した。
完成披露会は行われなかった。
そして数ヶ月後、何と建築家の彼女は神社から御神体を運び出してしまったらしいというのが通説である。
そして、不自然な電話を知り合いの心霊ライターにしてきた。
「私は彼女に選ばれたんです」
取材と称して向かったが、家から漂う異様な雰囲気に逃げ帰ってしまったという。
ライターがSNS最後に残した投稿したのはとある記念写真だった。
異様に大きい体躯。
ねじ曲がった顔面は笑っている。
腕は長く、手前の障子に手をかけて開けた直後のように見える。
首はおかしい角度を取り、上下が反転している。
その投稿を最後に更新は止まり、しまいにはアカウントが消えてしまった。
そして結局、彼女は例のストーカーに逆恨みされ刺殺されてしまったという。
その事件を機に異常な出来事が頻発し、ついに人が死ぬと言う事態になってしまったらしく、地元の人たちが高尚な寺の坊主を呼び、危険性を鑑み、一帯の土地ごと封じ込めることになったと言われている。
二度と出て来れぬよう結界を作り、封印し続ける為にその山の周辺ごと立ち入り禁止にした。とまことしやかに囁かれているのだという。
ここからはネットの根も葉もない噂だが、死体がそのままとか、夥しい量のお札が貼ってある部屋には絶対に入ってはいけないとか、捜査がなされたのに早期に自殺として処理したのは捜査員にまで災いの被害があったからとか、包丁を刺された建築家は、最期に御神体までたどり着き、何かを願ったとか、大袈裟な尾鰭がついている。
好奇心に背中を押されて行こう行こうと大盛り上がり。愚かにも女子だけで、スマホ以外何も持たずに迂闊にも向かってしまったのである。
雰囲気作りの為の深夜、丑三つ時。
鳥居を抜けると異様な社が中央に鎮座しているのが見えた。
神社の真後ろから社を呑み込むように離れの建物がせり出している。
社の真横に離れの入り口が伸びてきていて、口のように開いている。
長い廊下になっており、壁には落書きがされている。。
いよいよ入ろうとした時だった。
「え、女の子だけじゃん。こんなとこいたら危ないっしょ!」
明らかにやばい風貌だった。
ある意味では幽霊よりも恐ろしい存在。
逃げようとして私だけが転んだ。
みんな逃げてと言い放った。
私の必死さが伝わったのか、振り返ることなく車へと走っていった。
誰かに髪を掴まれた。顔を覗き込まれる。
「あ!お前、サンドバックちゃんだった女じゃん。一目で分かった」
見上げると、みたくもない顔があった。
私と美月を陥れた張本人、それがコイツだった。
楽しいなんて思ったのがいけなかったのかな。
今回だって、初めて何か決めて行動に移したのに。
「うるさくするから他の女に逃げられたじゃねぇか!」
鳩尾の辺りを思い切り殴られた。
倒れた後、取り巻きにも蹴られしばらく息ができなくなった。
「じゃあ罰ゲーム受けてもらおっかな」
当然のように一人で社に入れと言われ、中へ蹴り入れられた。
「なんか持って帰ってくるまで帰ってくんなよ?」
恐怖の命令に逆らえるはずもなかった。
真っ暗な廊下を中を進んでいく。
頼りになるのはスマホの灯りだけだった。
明かりがないとか、そんな甘っちょろいものではない。闇そのものが、廊下の奥に広がっているのだ。
位置特定アプリで監視されているせいで逃げられない。
空気が重苦しくて冷たくて、なのに湿度、というか妙な水気があった。
生き物の体内のような「生っぽさ」があった。
だんだん奥に進んでいくほどに、冷えていくのを感じる。
ついに突き当たりが見えてきた。この建物が存在していること自体が信じられないのに、内部まで行って来なければならない。ここまで入ってきて気がついたが、ある地点を過ぎてから「人が立ち入った痕跡が一切ない」異様な空間だった。
落書きどころか傷ひとつ付いておらず、埃がうっすらと積もっていたのである。
事実が私を追い詰めてゆく。
勇気を出して突き当たりを曲がった。
すると、玄関があった。
開いた玄関扉の敷居を跨ぐと、また空気が変わった。
全く生気の感じられない冷たさだった。
一段上がった位置に横に引くタイプのドアが両開きで設置されている。
この場に似つかわしくないモダンで洗練されたデザインだった。
和風の玄関に別の画像を貼り付けてあるかのような強烈な違和感が漂っていた。
異様さを引き立てるのは、夥しい数のお札が貼り付けてあったことだった。
これ以上は進んではいけないと言われているような気がした。
体全体が危険信号を発している。
これは本当に引き返した方がいいと思った。
そんな私の意思とは無関係に、奴から届く呼び出し音がする。
震えるスマホを手に取ってゆっくりと耳元へ。
「とっとと奥行けよ。なぁ、いつまでかかってんだよ!遅えんだよ早くしろ!」
通話が一方的に切られた。
渡されていた壊れかけているカッターナイフで、引き戸が開かないように外から貼り付けてあったお札を一つ一つ必死に謝りながら切っていく。
最後のお札を切り裂いた瞬間、凄まじい勢いで戸が開いた。
喉から甲高い空気が漏れた。涙が止まらない。
吐きそうになりながらも奥に進んでいく。
私の背中が向いている入り口が、一人でに閉まった。
言葉を発せられなかった。現象を認識してしまったら、正気でいられないと思ったからだ。
玄関があり、一段上がると正面には閉まった障子があって、やけに高い天井にシャンデリアがぶら下がっており、そこに沿って左側には階段がある。
障子には内側からだろうか、物理的に不可能なほどありえない数の真っ黒な手形がべったりと付いていた。
障子に手をかけるが開かない。
ホッとして手を離したのも束の間、ぬっと障子にシルエットが現れた。そして、緩慢な動きで腕が取手へと伸びてゆくのが見えた。目だけでその動きを追う。
そして障子が、ゆっくりと開いていく。あまりの恐怖に目を開けられなかった。
すっーと戸を引く音が耳に入ってくる。
とん、と開き切った音がした。
光源はもう自分が持っているものしかない。
目を開けた。誰もいない筈なのに、空間の暗闇の中に何かいるのが分かった。
私はここで死ぬんだと思った。
敷居を跨いぐとそこは広い洋室のリビングだった。
スマホで中を照らすと、中心には血まみれ御神体があった。
御神体に貼り付けてある遺書を見つけた。
それに触れた瞬間、私の頭に映像が慣れ込んできた。
──────
────
──
これは、私、天才建築家の不幸な人生における、最初で最後の救いの話である。
私は物心がついた時から、人には見えないものが見えていた。
女というものが虐げられた時代、こんなことを言えば生きていけなかった。
そして、私は女性が好きだった。
両親は医者で教育水準も高く、大学までそこまでの苦労もなく進むことができた。
建築を志したのは高校生からだった。親に決められた名門の建築学科を卒業し設計会社を立ち上げた。私が親からの強引なお願いで請け負った、大病院の令嬢の家のデザインが気に入られ表彰。
一躍有名人になった。舞い込んでくるのはやりがいの無いものばかりだった。
この頃だ。婚約者を決められたのは。
両親は私が女性にしか好意を持てないことが理解できなかったのだろう。
仕事と家族からのストレスでどうにかなると思った私は、アトリエの近辺にある神社に立ち寄った。
「
お賽銭をし一周ぐるっと回って神主にお話を伺った。
祀ってあるのはこの辺りでカイナ様と呼ばれる珍しい狐の女性神だという。カイナ様にはそれは美しい女性を連れ添っており妻としていたという。決して豊かではなかったが、二人は慎ましやかに、そして仲睦まじく暮らしていた。
だがその幸せな生活は終わりを迎えた。カイナ様が里に降りて一週間ほど家を空けていた間に、美しい妻を連れているカイナ様を妬んでいたとある村の役人が、妻の女はこの山に災いを招く悪い狐憑きだと言いふらして回り、真に受けた村人に殺されてしまったのである。
怒り狂ったカイナ様は三日三晩暴れ回り、天変地異を引き起こし村自体が危機に晒されることになった。その怒りを沈めるため、この神社が建立されたという。
今までに聞いたことがない逸話だったが、その物語を聞き、心が痛んだ。
カイナ様の怒りがどれほどのものだったのかと考えただけで、妻の女性の苦しみを想像すると、悲しみと怒りで、涙が頬を伝った。
一通り取材を終え帰宅しようと社を見上げると、この局面で見えてはいけないものを視認してしまった。
「あの話聞いて泣いた奴なんて初めてだ。お前さん、良い心を持っているな」
屋根に人がいた。その人物からの声がはっきり聞こえてきた。
「ほう、お前も俺のように女を愛するのか、なるほど、面白いな」
不味い、見えてしまった。
「安い同情が癪に触ったのなら謝りますから許して⋯⋯」
屋根から飛び降りたであろう着地音。そして笑い声がする。
「ははは、別に食いやしないっての。俺が怒りを向けてたのは阿呆どもだけだから安心しな」
「えっ⋯⋯」
「驚く事じゃないだろ。俺はあんたみたいな心が別嬪な女は食わんよ」
「いえ、そんなことは⋯⋯」
「嫁さんの為にも泣いてくれただろ、そんなのあんたが初めてだった。本当に、ありがとうな」
頭を撫でられた。畏怖より先に大きな手の暖かさを感じた。
その日以来、私は「カイナ様」に気に入られてしまったようで、気分転換のために神社に立ち寄るたびに話しかけてくるようになってきた。
初めこそ鬱陶しいと思ってはいたが、次第に日々の愚痴やたわいのない雑談までするようになる。
あの暗黒の時代に、私のありのままを否定せずそれどころか肯定し、全てを受け入れてくれたのは、人ならざる彼女たった一人だけだったのだから。
彼女はただ私の話に耳を傾けてくれる。相槌を打ちながらただ聞いているだけ。大袈裟に否定も肯定もしない。それがどんなに私の心を潤してくれたか。
いつの間にか彼女が心の拠り所となっていくのは必然だった。
私はその頃から、あの社のそばに終の住処を作ろうと決意した。
あらゆるものを投じてついに建設した。
そして家の和室に御神体を安置した。
いつでも、彼女を感じることができた。ただそばに居られればそれで良かった。
あの逸話のように現実は襲いかかってくる。私には立て続けに金銭の違法な要求や作品の権利侵害、おまけに婚約を断ってから付きまとうストーカーの度がすぎる脅迫、さらには両親からの結婚の圧力に晒されたせいで、精神は限界を迎えていた。
この密かな幸福さえ、私が自分に対して正直でいられるカイナさんとの時間さえ、力ずくで奪おうとあらゆる不幸がやってきた。私は心からの救済を乞うた。自分がありのままに生きることを認めない人間を消し去って欲しいと願ってしまった。
私は束の間の平穏を手に入れた。
お前のそんな願いは不相応だというが如く、その程度の幸福すら叶わなかった。
急に家に訪ねてきたストーカーに、逃げようとした背中から包丁で刺された。
滅多刺しだったと思う。途中で背中の重さが無くなった。
奴の上半身が消し飛んでいた。
「美奈子!そんな⋯⋯こんなことが何故起きるんだ、俺の時代から何年経ったと思ってる⋯⋯ッ!」
最後の力を振りしばって、唯一の理解者に、最愛の人の元へ行く。
力なく彼女の御神体に抱きつく。
「い、いの⋯⋯カ、イナさ⋯⋯んといら、れただ、け、で⋯⋯もう、いい、の⋯⋯」
「俺は守れなかったのか、また⋯⋯」
「冥婚、しましょう」
「⋯⋯あぁ、妻が証人になってくれる。愛しき妻よ、すまないな。俺が、浄土に行っても会えはしないだろうが、先に天から見守っててくれ」
女性は私の手を握ってくれた。この人の事、頼みますね。頭の中で響いた。
結局、封印されて私は死んだも同然だった。
────意識が戻った。
これを読んでいる方がいるということは私はもう死んでいるのでしょう。世間には狂気の建築家と映っているとは思っていますが、それは違います。
彼女は私のことを否定しない初めての存在でした。不器用ではありますが、私のことを尊重し、愛してくれたのです。私はどんな形であれあの方の役に立ちたかったのです。それほど心惹かれたのはある出来事がきっかけでした。
大工は私の盗撮写真をネタに金を要求してきました。
地元の議員は出資する代わりに今までの全ての作品の権利譲渡を迫ってきました。
勝手に決まった婚約者は結婚してくれなければ殺すと言ってきました。
そういった私を害するものを彼女は殺してくれたんです。やってもらったことに報いたくなったのです。
純粋に誰かを想うということが、こんなに愛おしいなんて知らなかった。この遺書を読んだあなただけはおぼえていて欲しい。怪異に惚れてしまった、物好きがいたことを。あぁ、やはり死ぬのは嫌だ、あなたを感じながら死にたかった。
私は、この世界が嫌いだ。いっそ、全て壊れてしまえばいいのに。
手紙はここで終わっていた。
涙だろう、文字が一部ふやけていた。
違う。本当は、彼女も世界から愛されたかったんだ。
真後ろに何かがいるのが本能で理解できた。
死ってこんなに近くにあるものなんだ、とやけに冷静な自分がいた。
「いいな、あなたち二人が羨ましいよ⋯⋯」
御神体の横に寝転がって、目を閉じて状況を確認する。
よく見たら、壁には真っ赤な手形だらけだし、ラップ音はどんどん頻度が上がっているし、そこらじゅうからしている。
誰かの気配はもうすぐそこからしてる。というか息が当たってる。顔に。
うわ、体触られてるんだけど⋯⋯
「いいやもう。殺すなら早くしてよね、どうせ私の人生終わったし」
何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
誰も聴いていないだろうと本音を全てぶちまけてしまうことにする。
一度でいいから美月にあってから死にたかった。
私は本当に彼女を愛していた。
「あーあ、いいこと何もないじゃん、人生クソゲーすぎる!」
悲しくはあったが、涙は出なかった。
ぼやいているうちに気配が完全に私のことを捕捉できる距離まで急接近してくる。
鳥肌が全身に立っているんじゃないかと思う。
「できるだけ痛くしないで下さい⋯⋯」
急に体を持ち上げられた。
お姫様抱っこ?どういうこと?
ソファと思われるところに座らさせられた。
「いつまで狸寝入りしてんだ。とっくにバレてんだよ」
右耳に聞こえてくる吐息にいよいよ死を感じた時だった。
首に回された腕の筋肉質さに驚いた。
恐る恐る目を開けると、電気が煌々と部屋を照らし尽くしていた。
そして隣に、いかにもガラの悪そうな女性がいた。
髪はかなり短くぱっと見は男性にしか見えない。
金髪というか、白っぽい金髪だろうか。
巫女のような服を着ていた。
「ここにきて命乞いしない女なんて久しぶりだな」
低くてハスキーな声だった。
こちらに顔を近づけて、私の顔を品定めをするかのように見つめられる。
恐怖と興味で頭がごちゃごちゃになってフリーズしてしまっている。
「面白い女だな、おいおいなかなかどうして可愛いツラしてるじゃねぇか」
「えっ、あ、あのう、これは一体どういう⋯⋯」
左側に新たな存在がいることに気がつくことができなかった。
「そうですね。貴女にしてはいい趣味だと思います」
肌は真っ白だったが、かなりの美女が隣に座っていた。
黒のノースリーブのトップスに、クリーム色のようなロングスカートを着ている。
声は落ち着いた大人の女性、といった聞き取りやすい声だった。
まさかこの人ってもしかして。
「ここで会ったのもなんかの縁ってやつだな」
「学生の貴女が戸を開けてくれたおかげで私たち婦妻はやっと外に出ることができました。本当に、有難うございます。これできちんと冥婚できました」
「あぁ、まあそういうことだ。お前のおかげで受肉もできたことだし。今、なんかして欲しいことあるか?」
その時、戸が空きあいつらがぞろぞろと入ってきた。
「サンドバックちゃんさぁ、遅いしこんなとこで油売ってるしさ。この写真ネットにばら撒いちゃってもいいよね。どっちも実名入れて女が好きな女でーすって!」
自分がさっきよりも心の底から恐怖に怯えていることを思い出した。
「たすけて⋯⋯」
瞬間のことだった。
恐ろしいほどの殺意が両脇から湧き上がっているのが肌でわかった。
あぁ、この二人は人間じゃないんだと瞬時に理解した。
「未だにいるのか、こんなに不快な人間が」
「ええ。全く許し難い。殺してしまって構いませんね?」
「あぁ、キツいお仕置きが必要なようだ」
「さあ、地獄で後悔なさい⋯⋯」
起こったことは断片的に覚えている。電気がふっと消え、消え真っ暗な中響き渡る絶叫。何かを引きちぎり潰す音と地響きがするほどの獣の咆哮。人間だったものがそこらじゅうにぶち撒けられた。
そのように建築家の「美奈子さん」と祟り神の「カイナさん」から聞いた。
安心したのか気を失ってしまった。ブラックアウトする直前、とても懐かしい誰かが私を力一杯抱きしめてくれたような気がする。
目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。
足元に視線を向けると、長くて美しい黒髪の女の子がいた。
「あっ⋯⋯目が覚めたのね!良かった、本当に、良かった⋯⋯」
ぎゅっと抱きつかれた。
「み、みつ、き⋯⋯?」
うそだ、こんな都合のいいこと。
「声がしたの、真琴ちゃんが危ないって。車で飛んで行って、それでね、う、それで⋯⋯」
空白の時間を取り戻すように二人で抱き合った。
「良かった、本当に良かった⋯⋯」
彼女と抱き合った時に花瓶に花が刺してあった。
「あの花は持ってきてくれたの?」
「うん、さっきまで二人の女の人がいてね、私が来るまで真琴ちゃんのこと見ててくれてたの。その時に置いていったの」
あの二人だ。きっと美月を連れてきてくれたんだ。見えなくなっているとしても絶対に直接会って会ってお礼をしようと思った。
また、美月と過ごせるという喜びに、今は目一杯浸ろう。
三日ほどして退院した翌日、私と美月がルールシェアで住むことになった二階建てマンションの隣に、あのお二人が引っ越してきた。
目を白黒させて驚いていると何か困った時は連絡をと何でも屋の名刺を渡された。
婦妻二人だけの小さい会社を立ち上げたらしい。
「私、前世というか生きてるうちは幸せではなかったかもしれません」
「死ぬ間際、必死に祈ったんです。あの人ともっと愛し合いたい、離れたくないって。そしたらカイナさんが私を怪異に変えて生き返らせてくれたんです」
「まぁ、俺も一目惚れだったしな。無茶したから封じられちまって、お前さんに助けてもらった。恩返しって言っても迷惑だろうが、何かあったら言ってくれ。女房と力になるからよ」
そういうと他の住人へと挨拶に向かった。
こうして、婦妻がお隣に越してきたのでありました。
確かに彼女らは受肉した怪異です。
でも、そんな二人が愛し合ってもいいじゃないかと思うんです。
どうか末長く一緒にいてくれたらなと思います。
───今朝4時頃、異臭がするとの通報により××神社の内部を調べたところ、行方不明になっていた6名の遺体が発見されたということです。遺体の損傷が激しく、個人を特定するのは難しいとされ、この猟奇殺人事件の謎は深まるばかりです。
その後、私は美月と共にいちゃつきながら、その何でも屋に勤めることになるのだが、それはまた、次機会にしようと思う。
このお話はひとまず、めでたしめでたし。
冥婚ミステリーツアー 鬱崎ヱメル @emeru442
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