第6話 別離

 いつからだろう。


 『』


 いつからだろう。


 『』


 そして。


 いつからだろう。


 『』



◇◇◇◇◇



 魔王討伐から二ヶ月が経った。


 新たな魔王の誕生が近いのではないか、という噂が流れている。


 人間たちに恐怖と死の空気が広がっている。ことはない。それは一昔前までのことだ。


 今は誰も恐怖を抱えていない。死が迫っていると感じていない。


 安寧の空気が広がっている。


 今回も勇者が魔王を討伐してくれると、疑っていなかった。


 そんな人間たちの想いは、勇者宛てに送られた書状からも見て取れる。


 書状の内容は王国で開かれる夜会への招待。


 一昔前なら『夜会』ではなく、『魔王討伐の作戦会議』と記されていただろう。


「……」


 女は魔法で書状を灰へと変えた。


「ちょっと! 掃除中にゴミを増やさないでよ!」


 箒を持つ少女は声を飛ばす。


「後、部屋で火の魔法は禁止! 火事になったらどうするの!」

「……」


 女は何も言わず、少女を見つめる。


 一ヶ月前に比べ、容姿に変化はない。けれど、成長している。


 生を死へと誘う力が。


 当然だ。少女が食しているのは勇者の夢。成長しない方がおかしい。だが。


 力には限度がある。


「ねぇ! 聞いてるの!」

「お前は、何をしている?」

「は? 何って見てわかるでしょ」


 少女は女に箒を見せつける。


「掃除よ。そ、う、じ」


 女は箒を見ない。少女だけを瞳に入れていた。


「ん? どうしたの?」


 視線を逸らさない女に、少女は首を傾げる。


 女は動き出す。箒を握る。


「あら。めずらしい。掃除を手伝って──っ!」


 女は手に力を入れ、箒の持ち手を粉砕した。


「……な、何するの?」


 少女は戸惑った表情で、口を開く。


「何を戸惑っている。お前は全てわかっているだろ」


 冷たい口調で呟く女は、壁に立てかけていた剣を手にして鞘を捨てる。そして。


 突き刺した。


 逆手に持った剣を。


 己の心臓に。


「……」


 少女から表情が消えていた。


 少女の瞳に映る。


 心臓に突き刺さる剣。


 血が伝ってこない剣身。


 心臓の鼓動によって押し返され、地に落ちる剣。


 衝撃な光景。しかし、少女にとって衝撃ではない。


 少女は女を見据える。


「あなたは死ねない」


 少女は淡々とした口調で言う。


「死にたいのに」


 少女は剣を拾う。


「あなたを殺せるのは、己以上の力を持つ者のみ」


 少女は女の心臓に剣先を当てた。


「だから、あなたは私を育てた」


 女は何も発さない。身動きもしない。それはもう。


 処刑台に立ち、死を待つ人間そのものだった。


「でも」


 少女は腕に力を入れる。しかし、刃は女の体内に侵入しなかった。


「私は、あなたを殺せない」


 少女は力を抜く。


 手から零れ落ちる剣。女の目は、落下する剣を追う。


「……お前らは、いつからそんなに弱くなった」


 落ちた剣の音が、閉じられていた女の口を切り裂いた。


「違うわ。あなたが、強くなり過ぎたのよ」

「……」


 女は剣に手を伸ばす。しかし、握ることはなかった。


「……」


 少女は女に背を向け、外に向かう。玄関から入ってきた風が、女の顔を上げさせた。


「あなたとの生活。楽しかったわ」


 少女は去って行った。


 そして。


 翌日。


 新たな魔王誕生の一報が、全世界に広がった。

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