第7-1話 勇者
……いつからだろう。
『自らの死を、望むようになったのは』
王都で開かれている夜会には、各国の重鎮が集っていた。己の価値を示すかのように煌びやかな衣装で身を包み、贅沢な料理に舌鼓を打っている
その中に勇者の姿もあった。女中の指示でドレスを着ているが、煌びやかさはない。
重鎮を煌々とさせているのは装飾品。それも、自然が作り出した輝き──宝石ではない。
重鎮たちは自慢している。身に着けている装飾品を。それを見る者たちは目を輝かせ、美しさに目を奪われている。
魔物を嫌う人間が。魔物を殺すことしか考えていない人間が。
魔物を身に着け、目にして、喜んでいる。
「皆の者! 沈まれ!」
大きな声が、会場の雰囲気を作り出していた小さき声たちを飲み込む。
会場の奥。集った重鎮がいる所より少し高い場所に、人間が立っていた。その者は会場の静けさを感じ取り、瞳で周りに指示をする。会場にいる音楽家たちが音を奏で始め、兵士が重厚な扉を開く。
一人の人間が、姿を現す。夜会の主催者。国王だ。
国王は威厳を示すように、ゆったりとした足取りで、玉座へと向かう。
「勇者様! 国王の前へ!」
国王が玉座に座ると、声が響く。
名を呼ばれた勇者は歩く。無表情で淡々と。
「──シャー!」
勇者が国王の前まで来ると、奇怪な音。いや、声が会場に響き渡る。
勇者の前に連れて来られたのは、手足を縄で縛られ、身動きできない獣人。
人間に似た姿をし、人間のように集団生活を行っている魔物。
人間と異なる部分は頭頂部に耳。臀部に尾がついていること。そして、獣じみた醜悪な顔。
「剣を抜け」
勇者は国王の言葉に従い、腰に携えていた鞘から剣を抜く。
今から始まるのはただの座興。
勇者が魔物を殺す。そんなありふれた光景が披露される。
勇者は背中から感じた。重鎮たちが獣人に向ける感情、表情を。
それは目の前の国王と同じ。
隠すことのない嫌悪。そして、魔物の死に歓喜する醜悪な笑み。
国王は勇者に命を下す。
「勇者よ。忌々しき魔物を。魔王を。殺せ」
……いつからだろう。
『魔物に、同情するようになったのは』
勇者の剣によって、醜悪な顔が地へと落ちた。
……勇者は思い出した。戦う理由を。
勇者は辺鄙な村で暮らす少女だった。しかし、ある日。『お前は勇者だ』と、見知らぬ大人に告げられ、戦場へと連れ出された。
最初から今のような力を持っていたわけではない。
何度も死と同等な痛みを、苦しみを味わい、現状から逃げ出したいと、思う時もあった。
それでも、勇者の足は戦場へと向かった。
なぜか?
自分のためではない。身近な人のためでもない。
あらゆる所で目にした同胞の笑顔を悲しみに変えたくない。
その一心で、勇者は戦場を駆けた。
でも、勇者は知ってしまった。
笑顔を浮かべるのは。涙を流すのは。
人間だけではないことを。
勇者は苦しんでいた。
笑顔を浮かべることができる魔物を殺すことで。
勇者は泣いていた。
誰かのために泣くことができる魔物を殺すことで。
勇者の心は死んだ。
同じ心を持つ魔物を殺すことで。
勇者は死を望んだ。
だが、勇者に死が恵まれることはなかった。
『勇者は魔王に殺され、魔王を殺す宿命にある』
この摂理によって、勇者は命に嫌われていた。
老いることのない体。自害できない体。人間に殺されない体。魔物に殺されない体。そして。
勇者を殺すことができない魔王。
だから、勇者は待つことにした。勇者を殺せない魔王を殺して──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます