第4話「最悪の展開」

八時四十三分。

鏡の間以外の掃除を杜若ミライは手伝っている。若山サエと談笑をしながら。

仕事中の談笑を許してくれる鷲尾藤三郎は随分人が良いようだ。


「さぁ、そろそろ鏡の間に行くわよ」

「分かりました」


サエの後に続いてミライは歩く。夜は薄暗く、窓から差し込む月明かりが頼りだ。

辛うじて内装が目に見える。


八時四十五分。

ようやく時間が出来た。朝桐シュウは鷲尾藤三郎と一対一で先の進言について

説明した。


「孤立させないためか」

「えぇ。鏡の間で人が消えています。どうやらサエさんは一人で清掃をしているようですし、狙われる可能性は他の従業員より高い。ただ手伝いたいって気持ちも

ミライちゃんにはあるでしょうけどね」


彼はシュウが件の探偵だと信じている。本当の探偵はミライで、彼女の予知能力

からサエが狙われていることを知って実行している作戦。彼女の能力を隠して、

シュウは事実を交えて説明した。藤三郎は彼の言葉に納得した。

シュウはナインがゴウゾウにした質問と同じものを藤三郎に投げかけた。


「悪いが、私にも分からない。関連ばかりでは無いだろう?事件と言うのは。

愉快犯、なんて言葉もあるのだから」

「そうですね。それに犯人が中にいるとは限らない」

「何だって?」


中、を屋敷内と考えて犯人が外から侵入している可能性をシュウが示唆した。

その言葉に藤三郎は何故か怒気を発した。


「そんなことはあり得ませんな。侵入経路は入口のみで、壁に囲われている。

ここに来た際に見たでしょう。あの高さを登ることなど不可能だ」

「…すみません。気に障るようなことを。僕の勝手な妄想ですので

お気になさらず」


シュウは謝罪した。藤三郎にはミライが動いた理由だけ伝えられれば良かった。

ミライは問題なくサエに近づくことに成功した。部屋を出たシュウは先の

藤三郎の態度に違和感を持った。確かに高い城壁だったが、本当に登れないかと

聞かれると方法は色々あるはず。ロープや梯子を使えば上ることが出来そうだ。

彼の耳に悲鳴と何かが壊れる音が聞こえた。

慌てて彼は走り出す。廊下を抜け、階段を駆け下りる。そこで尻餅をついて

いたのはナナミだった。彼女は上を見上げて硬直している。


「大丈夫かい!?」

「あ…あれ…!」


震える指先が示すのは天井。ここは天井がガラス張りになっているので

光が入る。月光を何かが遮っていた。何かが壊れる、割れる音は何処から。

音源を探す。上から何かが降って来た。


「危ない!」


動けずにいるナナミを抱え、シュウは天井の下から離れる。瞬間、

何か大きな物が降って来た。物音と悲鳴を聞きつけて、ナインたちも

集まって来た。


「シュウ、一体何があった!?」


鏡の間で清掃をしているミライたちは来ていない。室内に籠っている

鷲尾藤三郎もいない。降って来たのは人。メイド服。最初に姿を消した

メイド、早川コハル。彼女の遺体が上に降って来た。砕けた天井から

ガラスの破片がパラパラと遅れて降って来る。穴の開いた天井には

血が付着している。


「ひっ!?…し、死んでいるの…!?」

「シュウ」


ナインは彼に目を向ける。


「やられたかもしれないね。犯人も動き出した。ミライちゃんの能力は

何時でも何処でも予知できるものじゃない。彼女が最初に予知したのは鏡から

見えた未来だ…」

「俺たちが動いたことでやっぱり未来は変わった。その結果が死体の登場って

訳か。なら、サエの失踪は無くなったと見ても良いのか」


遅れて二人組がここにやって来た。そして即座に悲鳴を上げた。顔が真っ青だ。


「う、嘘ッ…コハル…!」

「待て、無闇に死体に触れるのは良くない。警察が来た時に疑いの目を掛けられる」


彼女の気持ちは分かるが、不必要な誤解を生まない為にも現状維持をするように

した。ナインに行く手を阻まれ、寄り添う事も出来ずサエはその場に崩れ落ちた。

彼女の啜り泣きが夜の静かな館に反響する。


「頑張り屋さんなコハルが…誰が、こんなことを…!」


事態は動き出した。ここに来て最悪の展開が予想できる。コハルの死が確定。つまり

他の消えた従者たちも死んでいる可能性がある。だとしても解せないことがある。

犯人は今になって死体を人目に晒した。消えて何日も経過している。ずっと

彼女たちの姿が見えないのは何故だ?何故このタイミングで死体を晒す?

言葉を失うのも無理は無い。月明りに照らされるコハルにミライは目を向けた。

 視界が水面のように揺れた。

次は誰だ。使用人らしい服装では無い。執事でもメイドでも無いが男性だ。

彼は恐らく志賀ナオト、庭師だ。そこには先の予知では見られなかった人物が

いた。男だが、老齢らしい。上から垂れるロープを下へ引っ張って、持ち上げる。

ナオトの視点だろう。徐々に視界が上へ。同滑車。それを使うとたった一人の

人間でも簡単に重い物を動かせる。この話は理科の授業でも聞いた事があるはずだ。

この時に加わる力量の計算なども皆が知っているはず。ここは何処だ。景色を記憶

しなければならない。背後は壁。館の壁ではなく、そこを取り囲む壁だろう。

レンガの壁。下には井戸がある。多分、もう使われていない。恐らく二階の部屋

だろう。窓から花が見える。カルミアと呼ばれる花。その花には恐ろしい

花言葉がある。花言葉は「」まるで犯人に対する彼の感情を表している

ように鮮明に覚えている。

 視界が水面のように揺れた。見慣れた場所。ミライはシュウとナインに目を

向けた。


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