第3話「危機回避を目指せ」

夕食は従者たちも共に。

テーブルを取り囲む面子には黒髪に銀の雫のイヤリング…若山サエもいた。

彼女は楽しそうに主人である鷲尾藤三郎や市姫ナナミたちと談笑している。

この空気の中、切り出すのは気まずいが事件解決と未然に被害を防ぐため。

その場しのぎに過ぎないが、大事な事だ。


「あの、藤三郎さん。少し良いですか?」


ミライの言葉に彼は反応した。


「どうしたのかね」

「私、ここにいる間、ずっと衣食住を一方的に提供して貰ってばかりですし

何かお手伝いをさせてください」

「えぇ?」


突然の頼みに困惑する藤三郎。彼に頷いて貰わなければ作戦は進まない。

このままではサエに危機が迫り、彼女が姿を消してしまう。彼のすぐ近くに座って

いたシュウが口添えをする。それも小声で囁いた。


「どうか、話を合わせてください。詳細は後程、二人だけで」

「むぅ…そ、そうか。じゃあ…」


藤三郎はさり気なく見せられたメモに沿って話をする。


「サエ。彼女と鏡の間の掃除をしてきなさい」

「わ、私!?分かりました。ではミライさん、食後に一緒に掃除をしましょう」


サエは柔和な微笑を見せて言う。ミライがシュウに目配せすると彼は小さく

頷いた。作戦の大前提、手伝いをする。どうにか彼女と共に行動できるように

なった。そして時刻は八時三十分。彼女が姿を消すまで残り二十五分。

鏡の間へ向かう道中、彼女と色んな話をした。ちょっとした世間話。そしてサエから

聞かれたのはシュウやナインとの関係だ。彼女はちょっと恥ずかしがりながら


「こ、恋人…とか」


と、話を出して来た。慌ててミライは否定した。


「ちょっと複雑なんだけど…親戚みたいな感じかな。あぁ、でもサエさんと

藤三郎さんのような関係にも近いかも」

「曖昧ね。深入りはしませんよ。でも素敵な人ね」

「もしかしてタイプ?」


そう聞くと彼女はポッと頬を赤らめて頷いた。どうやら彼女の好みは知的なシュウ

ではなく、クールなナインがタイプらしい。彼は荒事を専門としている為か

シュウよりもがっしりした体格。話し合いでは収まらないトラブルがある。過去にも

何度か犯人が激昂して武器を振り回すという事態があったが、ナインは素早く相手を

取り押さえたのだ。決して表舞台には出て来ない裏稼業人…戦闘を生業としていた

らしい。だが彼はそんな日々に疲れていた。


「でも、やめておくわ。思いを寄せて見守る愛もあるものよ」

「そうなの?」

「もう少し大人になれば貴方も分かるわよ。それに私は結婚なんて望まないの」


結婚も恋愛もしない。男性とは友人関係のままでいたい、その思考にはサエの

過去が関係している。彼女は付き合っていた男性から裏切られ、全てを失い

途方に暮れていた過去がある。金も全て奪われてしまった彼女は仕返しをする気も

消え失せていた。資産家、鷲尾藤三郎は金持ちだ。しかし彼は人を見下したり、

貶すことは絶対しない。彼女は偶然、彼と出会って愚痴ったらしい。


「だったら私のもとで働くか。仕事をしてくれれば衣食住を提供しよう。お金も

君が必要なものも揃えよう。結婚や恋愛だけが幸せの形ではない。幸せの形は

人それぞれさ」


彼を敬愛する理由となった過去。


「他の人たちもサエさんみたいな過去を持っているのかな」

「どうかしら。でも求人票なんて出さないだろうし、きっと彼からスカウトを

受けたのでしょうね」


様々な過去や経緯を持って従業員たちは鷲尾藤三郎のもとへ集まった。彼らの関係が

少しだけ見えて来るかもしれない。そしてそれが今、崩れかけていることにも

気付いた。

最も長く従者として仕事をしている執事がいる。初老の男、田所ゴウゾウ。彼が

声を掛けたのはナインだった。


「何だ」

「失礼ですが、貴方は何か格闘技を?」

「?」


突然の質問に戸惑う彼にゴウゾウは申し訳なさそうに苦笑を見せた。


「あーいや、すみませんな。お連れの方々と比べて、随分と体格が良いように

見えたのでつい」

「やってはいたが、こうやって指摘されたことは無かったな」

「執事として長く過ごしていますからね。様々なお客様を見かけるのです。仕事に

よって体付きや癖がある」


ゴウゾウの人を見抜く力は長年多くの客人と触れ合って来て培った能力。


「アンタの目から見て、今の従業員たちの関係はどう見えるんだ」

「もしや、疑われているのですか」


彼は訝し気な目を向ける。身内を疑われていることに不満があるのだ。


「ただ気になっただけだ。俺は他の二人ほど頭が良いわけじゃない。俺の立場は

ボディーガードに近いかもしれないな。過去の依頼人が俺の事をそう例えていた」


彼の言動がそのように見えるらしい。そう見えるように動いているつもりは無いが

自分の事を聞かれれば彼はとりあえずの答えとして選択している。意外と相手も

納得するのだ。消えたシオリと関係が深いのはサエ。二人は同い年だが働き始めた

時期はサエが先。ゴウゾウ、サエ、シオリ、その次にナナミ、ナオト、そして最後に

コハル。仲良く活動している。


「防犯カメラの設置はナナミが言い出したことなんだってな」

「そうです。彼女はICTに通じている。パソコン等の機械にとても詳しいのです」


その手に詳しい故に防犯カメラの設置を提案したのだろう。白銀荘で人が

消え始めたのは一カ月前。既に三人が姿を消し、ミライの予知能力で今日は

サエが姿を消すかもしれない。彼女が単独行動をしない限りは可能性はかなり

低くなっているはず。そしてこれは犯人としても誤算のはず。相手の選択は

幾つかある。予定調和として標的の変更、または犯行を諦めること。


「シオリとナオト、そしてコハル…アンタから見て三人に共通点は無いか」

「私には思いつきませんな…何か思いつきましたら伝えます」

「助かる」


ランダムに姿を消したのだろうか。犯人へ繋がる手掛かりは今のところ

見つかっていない。

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