第2話「ミライの鏡」

鏡の間。部屋には本がぎっしり並べられている本棚とテーブルと椅子。そして

壁に掛けられた大きな楕円形の鏡がある。表面はピカピカに磨かれている。

使用人たちが掃除をしているのだ。


「では、私は仕事があるので。何時でも声をかけていただいて結構ですので」

「えぇ、ありがとうございます」


市姫ナナミが部屋を去ってから、三人は鏡に目を向けた。鏡の中に三人の姿が

映っている。ナイン、杜若ミライ、朝桐シュウ。この順番だ。


「鏡に特別何か仕掛けがあるようには見えないが…」


ナインは本棚に目を向けた。そのうちの一冊を手に取る。題名は鏡。

鏡と呪術の関連性について書かれている本だった。


「鏡は呪術的な意味合いを持っている道具だからね。魔を退ける力があるとして

呪詛返しに使われていた」


本棚を見ていたナインは気になる点を見つけた。彼は他の2人を呼び、指さした。

奇妙に一冊抜けている。よく見れば一冊だけでなく何冊か本が抜けている。


「元々無かったとか?」

「元々無いなら、この倒れ方はしないと思うよ。他の段を見てごらん」


他の段も本が無い場所があるが、本立てで倒れないようにされている。だがこちらは

途中から本が抜かれたように倒れている。一番下になって倒れている本を手に取った

シュウはブックカバーを外した。


「こ、これって…!?」


背表紙に赤黒い飛沫。真っ先に思いついたのは信じたくない事だ。冷静にナインは

この飛沫の正体を口にする。


「血痕…だな」


誰かが殺傷された。鏡の間で姿を消した者たちは何者かによって殺傷されて

何処かにいるはずだ。最悪の場合も考える必要がある。他の場所も調べてみる。


「犯人がいるとして、だよ」


ミライが不意に口を開いた。


「どうやって逃げるのかな。どうやって人を隠すんだろう」

「中からは危険だろう。これ」


シュウが見つけたのは鏡の間の掃除当番が記載された表。これには誰が何時にこの

部屋に来て、何時に出たかを記載するようになっている。最後にこの部屋の掃除を

担当したのは案内してくれた市姫ナナミと久能シオリというメイド。


「消えた人の名簿もあるよ。シオリさんもその一人」

「だとしたら、ナナミさんには話を聞かなければならないね」


鷲尾藤三郎は気を利く男だった。使用人たちを最後に見かけた日時や場所まで

記憶していた。彼らを大切にしており、それを受けて使用人たちも彼を大切に

しているのだ。家族のような愛に満ちた関係。


最初に消えた人物は使用人の中で最も経歴が浅いメイド、早川コハル。

藤三郎が最後に見かけたのは夜の大広間。白銀荘の屋敷の入り口のホール。

そこで掃除をしている彼女を見かけたらしい。その日は彼女が掃除担当。

まだまだ新米で、他の使用人たちから指摘を受けることも多いが彼女が

頑張っている姿を彼はよく見かけた。

大広間、視界を遮るようなものは無い。館内に監視カメラを設置したのは

人が消えているということで危機感を抱いた市姫ナナミが藤三郎に進言し、

実現した。


「ナイン」


ミライに呼ばれて彼は頷いた。監視カメラは万能ではない。死角があるのだ。

ナインもシュウもこの手に詳しい。死角になり得る場所にナインとシュウが

印をつける。


次に姿を消したのは志賀ナオト、庭師をしていた若い男。彼を見かけたのは

昼間。共に昼食を取ったのが最後。彼に次の予定を聞いていた。昼食後、午後からは

屋敷内にある花瓶に飾られている花の手入れをすると言っていたらしい。夕食の

時間になっても彼は来なかった。彼は消えていたのだ。ここで、もう一人の目撃者がいる。姿を見かけたのはナナミの先輩メイド、若山サエ。彼女を探し出すことに

して、鏡の間と呼ばれる部屋を出ようとしたときだった。ミライは鏡に映る自分と

目が合った。水面のように揺らぎ、鏡に映る自分の姿が変化した。

 黒髪のメイドは両耳に銀のイヤリングをしている。彼女はどうやら鏡を拭いている

らしく、軽く背伸びしながら腕を動かす。彼女が掃除をしながら何か喋っている。

読唇術など持ち合わせていないミライでは何を話しているか把握できない。彼女の

視線は右後ろに向いている様だ。彼女は掃除を中断し、何かを拒絶している様子。

彼女の姿が不自然に途切れた。体が逆さまになって…。鏡には何者かがいるのを

確認した。小柄な体躯で踏み台に上り、上に掛けられている時計を弄っている。

時計の時刻は八時五十五分。部屋に差し込んでいるのは月明りだ。昼間の眩い

日光でも、夕方の赤い光でも無い。


「黒髪に銀のイヤリング…もしかして若山サエじゃないか。藤三郎から話を

聞く際にも同席していた。彼女は銀色の雫のイヤリングを身に付けていた」

「不自然に体が途切れた…そして時刻は八時五十五分か…夜だな」


ナインとシュウが続けて話す。


「今日、姿を消すのは彼女かもしれない。なるべく誰にも覚られず、自然な形で

彼女と一緒に行動できると良いかも…」

「なら、こういうのはどうかな?」


被害に遭う可能性を考慮して、サエの身辺にいたいと考えるミライにシュウは

ある策を提供する。自然な形で、そして受け入れられる可能性がある作戦。

実行の為には周囲に話す必要がある。大勢が理解を示して貰わねば。

事件解決まで滞在が許された三人。夕食の時間。作戦を開始する。


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